ホーム > mixiユーザー(id:67174439) > mixiユーザーの日記一覧 > 統合失調症の始まり

mixiユーザー(id:67174439)

2019年10月22日12:27

9 view

統合失調症の始まり

僕が統合失調症を発症したのは、2011年の春。
今振り返れば、大体その前後あたりから、周りから見ればおかしいと思えることが始まりだした。具体的には、自分で舌をかみ切ってしまいそうになってタオルを加えたり、眠りに入りにくくなったり、体感的に苦しくなって夜中大木に抱き着いていたり。

この話をすると切っても切り離せない話がある。

2010年の冬ぐらい。その頃、僕は修行を始めた。すべてを変えるための修行。そして2011年の、あの夜を迎えることになる。

苦しむようになってからも、それらを楽しんでいる自分がいた。どこか霊的な何かによるものだろうという期待感があった。同じ時期、不思議な感覚が芽生え始めていたからだ。霊能力関係セミナー参加して、その先生から才能を見いだされたり、駅の構内で花の匂いを感じたり、水晶のエネルギーが感じられるようになったり、見えない存在の気配を感じたり。これらはすべて修行による成果だと思っていた。ただ、そうは問屋は卸さなかった。

夜中、僕はうなされていた。
布団に横になっていると、女性が多くの男性に侵されているような声が聞こえてきた。その声は実際の音声とは異なり、霊的な音声に近い。どこかで実際に起きているのか、僕は眠れず、胸が苦しくなり、マンションを出て、先生に救いを求めて歩き出した。ぶらぶら歩きだした時、神社を通り過ぎた。それから少し歩いた後、また胸が苦しくなり、死を覚悟した。先生は、僕が死ぬかもしれないと宣告していたことを思い出した。空地になぜか靴を脱ぎ捨て、死場を神社に求めた。

神社にたどり着き、参拝した。境内の端のほうで、座禅を組んだ。それから数時間座禅を組んだまま、夜が明けた。神社の管理人の女性が僕を見つけ、おにぎりを差し出してくれてくれた。僕は1000円札を差し出すと、彼女は断った。僕は、そのお札を財布の中に戻すことにためらった。実は声が聞こえていた。お札を風に乗せて、道路まで運び、そこを通り過ぎる親子がお札を拾ったら、運が開ける、そんな声が聞こえていたのだ。そして親子は拾わず、通り過ぎた。僕は失望した。さらに引き続き座禅を組んだ。そして声はこう言った。早く死んだほうがいい、これから大変になるから、死んだほうが楽だと言う。僕は素直にそれに従った。思考はマヒしていたのだろう。後先考えたりはしなかった。従うだけだった。鞄にあった紐を取り出し、首に巻き付けた。そして、一気に首を絞め始めた。何度力を入れて絞めても、、僕は死ななかった。そして、見えない玉が僕に近づいてきて、それが当たったとともに、僕は気を失った。気づいた時には、救急員が僕に呼び掛けているところだった。

それから、入退院を繰り返し、7年過ぎた2018年。僕はあらゆる出来事が統合失調症と霊的現象の絡み合った現象だと感じている。ただはっきりと区別が出来ない。その巧妙さが神なる存在の力なのだと感じている。

僕の病名は統合失調症。症状は幻聴。この世は絶妙に出来ている。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する

2019年10月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記

もっと見る

過去の日記

2019年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月