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2019年11月14日23:22

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さらば美しき日々

私が小学6年生になったばかりの4月、家に帰ってくると、なぜか血だらけの親父が肩で息をしながら、玄関に座り込んでいた。

 顔は血だらけ、ズボンには穴が開いていて膝小僧がこんにちはをしていた。そして髪の毛は元々禿散らかっていた。例えるのならば、海原はるかの様なハゲ方である。

よく見ると、それはかわいらしい白い子犬を抱えている。

「お父さん、その子犬どうし・・・」
『grrrrrrrrrrrヤヴァイ!ババァがきやがった。アンゴルモアだ!大魔王が降臨しやがった!』

 そう言うと、ルパン三世よろしくオヤジは庭を乗り越えて、そこに止めて置いてあった自転車をこいであっという間に姿をくらませた。もちろん子犬も一緒である。というかどう考えても大魔王は親父自身だと思う。ノストラダムスもきっとそう言う。

親父の姿はまるでお宝を盗み、車に飛び乗ったルパン3世のようであった。ただし、実物は気の毒な子犬を小脇に抱えたただの負傷したハゲ親父であるのだが。

その後すぐに、母親が鬼の形相で息を切らせて帰ってきた。

「あんた、あのバカを見なかった?」
ここは嘘をついたほうが賢明だと判断し、
『いや、見てないよ。』
と、答えた。しかし、さすが、私の母親である。親父は正しかった。アンゴルモアはここにもいた。

「あんた、嘘ついてるね。」
『うん、あっちに行った。』
と、私は即座に親父の逃げた方向を指差した。

さて、母親に話を聞いてみると、どうやら、近くにある公園に親父が自転車で散歩をしに行ったらしい。

 その後、母親は近くにある商店街に買い物に行った。たまたま、買い物を終えて帰ってくる途中、子犬を前のかごに入れてウキウキウェイクアップ気分で帰る親父を発見。
そう、言い忘れていたが、母親は大の生物嫌いである。

「あんた、まさか、その犬を飼うんじゃないでしょうね」

 と、商店街の真向かいの道路を走る親父にどなったらしい。その声を聞いた親父はケツを上げ、自転車を力強く漕いで、スター競輪選手よろしく逃走を図ったらしい。その後、どこかで盛大にすっこけたのだろう。

 



 そのうち帰ってきた親父は犬を小脇に抱えたまま、玄関で深くうなだれていた。母親が仁王のように立ちはだかっていたからである。2人のアンゴルモアがついに対峙したのである。

母親は攻撃、いや、口撃を開始した。「犬は家では飼えない」「みんな、この家の者は犬嫌いである」

 挙句の果てには、「そういえば、あんたは、財産を持っているって言って嘘ついて、だまして私と結婚した」「あんたは、初デートのとき、小汚いラーメン屋に連れて行った」「あんたは臭い」だのもう言いたい放題。と、ここで、親父が反撃をした。








『い、い、犬鍋にしてくっちゃおうかと思ったんだ・・・。』

 あの時の親父の声は、まるで蚊の鳴くような小さな小さな声であった。

あれから時が過ぎ、親父が必死になって飼うことができた犬も15年前に老衰で死んだ。
だが、今でもあの時の怒られた親父の顔は思い出すことができるし、犬と遊んだ楽しい日々も昨日のことのように思える。

家の中では、女衆に馬鹿にされ、息子にも白眼視される中で、犬こそが親父のよりどころだったのだろう。

まあ、犬も、親父がどうしようもない芸をしこませようとしていたため、よくかみついて反抗していたりしたのだが。犬の前足をつかんで後ろ足二本で立たせて前にジャンプさせ、『ほらほら、見てみろ。犬キョンシーだぞ、、、、ギャァ!この野郎噛みやがった』とかやってたから、犬が噛むのも至極当然だと思われる。

当時は修羅場だったが今となっては全ての思い出が美しい。

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