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2020年01月15日05:17

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「三月のライオン」を観て思ったこと(村山聖八段(死後贈九段)のこと)

羽生さんの将棋は相手の読み筋を上手く外してくる。将棋があっちへ逸れ、こっちへ逸れしているうちに、相手は自分を見失い、悪手を気づかずに指してしまう。
村山八段の将棋はまったく違う。相手の読み筋だろうと何だろうと構わず、一直線に突き進む。そして自分の読み筋を最後まで貫く。
NHK杯で村山八段の恐ろしい将棋を観たことがあります。相手は名人になったこともある羽生世代の強豪、森内俊之九段。この一局。仕掛けの局面で村山はそこから数十手先の王手飛車を読んでいた。森内も強豪だから、指しているうちにこの局面が王手飛車に向かってまっしぐらに進んでいることに気づくが、その読み筋を外そうとさまざまな手段を講ずるものの、そのどれもが村山の読み筋。最善手を指しても村山勝勢の局面に至ってしまう。途上たった一手、粘る綾があったが、それも村山の優勢を覆す手ではないことが局後に判明。つまり直接の敗着は森内がその粘る手を見落としていたことで落ち着いた。そして、村山は件の王手飛車の綾を発見しその局面に至ると、その時点で即詰みまで読み切る。つまりこの将棋、森内は負けるほかなかったのです。仕掛けの場面からここまで読み切る棋士なんて、将棋の歴史長しといえども、過去に例がない。村山が本物の天才だと言われたのはそのためです。けれども、彼は重いネフローゼの持病に加えて、膀胱癌にかかっていることを隠していた。すでに将棋のできない身体になっていたのに、無理をおして指しつづけた。最期のNHK杯での羽生との九分九厘勝ちだった将棋を、たった一手のポカのために負け将棋にしてしまった村山にそれが象徴的に表れていました。終盤は村山に聞け。奨励会時代、プロ棋士の記録係をしていた彼が感想戦で、プロも気づかぬ詰み手順を指摘するということが関西の将棋会館では日常的に行われていた。ある一局で観戦の御大、内藤国雄九段が言う。「駒が仰山あるんや。詰んどるやろ」。控室で検討が始まるが誰ひとりわからない。その後終局して感想戦でこの局面が指されるが、その時内藤に控室の棋士が来て耳打ちした。「先生、村山君が、詰みがないと言うとります」。プロの高段者ですらわからない終盤の綾を村山ひとりが読み解いていたという驚異。こんな事実を思い返すにつけ、もし仮に将棋をしてはいけない身体じゃなかったら、羽生より先に永世名人になっていたかもしれないと思うと、彼の患っていた病気のことを心から憎いと思わずにはいられません。
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