其の十九「すき焼きと引越し」
岸辺家（平日）の昼。満が作った焼きそばを早々平らげ、光司は炬燵の中で腹ばいになって蜜柑を食べている。こんな風にニートをしていないと満の焼きそばをもう食べる機会もない、なんて話をしている。食にも一期一会がある。そう考えると人生がペーソスに染まって見えてくるから不思議である。高校の頃閉店したラーメン屋の話をする光司。僕にもある。元城町の寶珍樓。あそこは県内広しといえどもあそこでしか味わえない希少な味のラーメンを食わせた。鶏がらや豚骨だけでどうにかなる味ではない。ガラスープの臭みを消すのに何かが入っているのだが、それが何だかわからない。あの絶妙な味のラーメン。あの店の親父はそれを誰に教えることもなく突然ぽっくり死んでしまった。あのラーメンはもう二度と食えない。それを思うと悔しくてたまらない思いに襲われるのだ。満にもあった。父親の作ったミートソース。母のとも誰のとも違う唯一の味。レシピにはない味だというのだが、そういうコツというもの。一流の料理人は持っているのだろう。光司も綾子の独身時代のロールキャベツが懐かしい。あれが食えたらなあ。男の感傷話である。（そのころポラリスでは房枝がミートソースを作っている。味をみているが、首を傾げている。良人の味にはどうにも程遠いのだ）
檀野さんのお宅でソーラーパネルが設置完了したお祝いに、お肉パーティをすることになった。岸辺＋秋葉家も呼ばれたがその話を夕食の刺身盛り合わせの前でする一家の女性陣。（鯛、鮪の赤身、トロ、サーモン、鰤かカンパチ、光り物もあったし貝類もあった）満は関係ないから行かないという。議員秘書の話がしこりになっているような雰囲気である。
留守番の満。マチュピチュ３０００ピースが佳境に入っている。完成直前である（番組スタッフがせっせと徹夜でこのピースを埋めた逸話を聞いたが、番組作りというのはそんなところがほんとうに大変なんだなと思った）。来々軒で牧本さんに性格の天邪鬼（あまのじゃく）を指摘されて否定する満。その通り、彼は絵に描いたような天邪鬼ですよ。夜になっても帰ってこない房枝＋秋葉家一家。
翌日。引っ越しの支度を始める一家。光司に昨日、議員秘書の話題が出たか探りを入れる満。出なかったの答えに、肩透かしを食ったような表情。引っ越し前に出前を取ろうと房枝が言い、話題は食べものに移るがそこで満が、ここは３ヶ月前と同じ献立、「すき焼き」だと主張して譲らない。昨日一日中肉を食べていて、房枝＋秋葉家はもう肉は辟易しているのにすき焼き。三ヶ月前に刻みつけられたすき焼きの記憶を再び甦らせ、一家の結びつきを確認する、その重要な儀式が残っているとでもいうように言うから、秋葉家女性陣はシラケているが、房枝はふたたびお肉でもいいようなモードに転換。三ヶ月の間に岸辺家秋葉家に起きた様々なトラブル。それを収めてきた満への謝礼的な意味合いからも、ここはすき焼きにすべきと自ら主張する満。この会話劇。延々と10話、見続けてきたが、金子茂樹の生み出す言葉の洪水のために、生田斗真の台詞遣いも小池栄子の台詞遣いもどっちも、どちらかといえば嫌味なのに対し、清原果耶の台詞回しは清々しく、爽やかですらある。これは彼女の若さゆえと言うことではないと思う。このドラマがほのぼのしたあったかいホームドラマになったこと。その真の功労者は場を和ませた清原果耶と原田美枝子によるものではないのかと思えるのだ。
トーク・フェンシング。話の重箱の隅をつつくことをそう名付けた満。論争に詰まると話題をそらすのも得意技。
タクシーの運転手になろうとしている光司。もし春海がＤＪになったらラジオを車で流して聴けるからでもあるようだ。家に居場所がなかった光司に、満は居場所を作ってくれた。クラッチもそうだし、岸辺家もそうだ。綾子と房枝も４年に一度と言わず、毎年岸辺家ですき焼きはやろう。そんな話題も出た一家の夜、満のマチュピチュの最後のピースが埋まった。何かをやり遂げるっていい気分だ。満は今、それを味わっていた。
其の二十「コーヒーとマラソン」
運送屋さんに春海の自転車を運んでもらうのを頼み損ねてしまったことに気づき、慌てる岸辺家＋秋葉家一家。誰が乗ってゆくかで秋葉家３人でじゃんけんをしたが、結局綾子が負けて、満の案内で乗ってゆくことになった。そして春海は光司と、ボルボで帰ることに。光司がタクシー運転手になることに、春海は「お父さんがやりたかったらやればいいと思う」。この一言に光司は絶句。一旦車を停め感慨に浸る光司。初めて春海に「お父さん」と呼ばれた！ もう言わないという春海にたまには言ってほしいと突っ込み、４年に一度くらいはと約束のようなものをとりつける光司。一方綾子と満の話題は河川敷でやった学生時代の綾子のソフトボールの話になっていた。満の変な応援のせいで負けたという綾子に、あのチームじゃどっちにしても敵わなかった。攪乱戦法に出たんだよという満。満は最後に、お願いをひとつ綾子にして帰ってゆく。それが何だったか。
翌日。マチュピチュの額縁を買い、壁に飾る満。それにしてもこうして見ると、インカの誇る遺蹟の壮観さが、３０００ピースで見事に甦った。アンデス山脈の緑の中のそれはやはり人類の誇る孤高の神秘の一つだ。
学校の帰り道、陸くんに逢う春海。第一志望、（春海と同じ）常聖付属にしたから。受かるわけないじゃんという春海に、御守りを手渡す陸くん。同じ高校に行きたいから頑張ることにした。陸くんはさばけた少年である。受かるのも落ちるのも人生。何であれ受け入れる度量が彼にはあるようだ。
その夜。岸辺家では満が房枝と二人きり、牡蠣の土手鍋を食べている。あつあつで舌が火傷しそうな土手鍋。いつか家族が食べそこねた土手鍋。どんな味がしただろう。クラッチは貸し切りでパーティをやっている。満は部外者。淋しいが帰るほかない。秋葉家では綾子がロールキャベツを作っていた。手のかかる料理だから滅多に作らない。あの河川敷であの日、満が綾子にした「お願い」とは、このことだったのだ。独身時代の綾子の味とまったく変わらない味がここにある。幸せにひたる光司。その頃、満は自室でノートにでっかくひとつの言葉を書いていた。「やれ」。満の決心のときが近づいている。そう感じさせる夜だった。
朝。居間で洗濯物をたたんでいる房枝。キッチンにあったパンを炬燵で食べながら、満が房枝をつくづく見て言った。「はいはい、わかりましたよ」。え？ 何が？ 首を傾げる房枝に、議員秘書の面接を受けると言いだす満。何だかんだ言って、スーツに７万も出して買い（犬の散歩のバイトで明日香さんにそんなに貰ったらしい）、翌朝、パリッとスーツを着て、ネクタイを締め、珈琲を淹れる満（満のトレードマーク？でもあった�爐弔爐犬凌欧阿使鵜瓩�きれいに直っている）。感慨無量なのだろう。房枝がカメラで写真を撮りだした。母さんの分も淹れようかと珈琲を淹れ直す満。出かける満だがいつになく引き締まった表情をしている。決戦に挑む表情だ。折しもその日は年に一度のハーフマラソンの日。応援に出ている秋葉家の面々や仲間たちに、そして「スーツにあってるぞーっ」と明日香さんに応援されて「行ってきます！」と橋を渡ってゆく満。感極まって込み上げてくるものもあったが、一旦、衆議院第一議員会館に着くと、友竹議員の関係者に囲まれても物怖じしない度胸はさすがであった。脚本：金子茂樹。演出：中島悟。
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