其の十七「トンカツと占い」
岸辺家の夕餉。この日の献立がトンカツだと聞かされていた満は、急遽献立が変わったことに文句を言ったり、ゴネたりぼやいたり。何しろ昼飯抜いてまで待っていたというから、よっぽど好きなのだろう。それはともかく、食卓では占い師のお爺さんの話になる。最近見かけないね。ポラリスでその話をしたら、牧本さんが、あの爺さん腰のヘルニアをやったらしいと教えてくれた。ここ数日、冷える日が続いているから無理もない。
歌舞伎揚げ？を食べながらマチュピチュ３０００ピースに挑戦中の満。これやっていると、空腹を感じないという。光司さんはベースをさわるようになってから、マチュピチュ・ジグソーパズルに興味を失ったようだ。商店街のご近所さんの有志が集まってバンドのジャム・セッションをやったが、イントロからシンセが音外すは、２人いるギターが代わる代わるトチるは、「ロッキーのテーマ」がまるで「グロッキーのテーマ」。光司さんは失笑を隠せずにいる。けれどもこういうセッションは周りが下手であった方が楽しいのかも知れない。
キッチンでトンカツのロース肉に衣をまぶしている房枝。それにしても分厚いトンカツである。このくらい厚いトンカツはぼくも揚げたことがあるが、厚すぎて芯まで火が通りにくい。じっくり揚げないと半生のトンカツが出来てしまう。料理人によっては電子レンジをとどめに使う人もいるらしいが、詳しくは知らない。
今宵。塾へ行かなかった春海。高校受験したくないとゴネ出したのだ。春海は満とさしで話したいというから、満に頭を下げる綾子だが、満は目の前の揚げたてのトンカツを食べたくてうずうずしている。春海の将来とトンカツとどっちが大事って、トンカツに決まってんじゃん。この断定が可笑しくて痛快なほどである。ところで、春海に話を聞けばラジオ・パーソナリティになりたいという。高校を出てからでも遅くはないんじゃないのか。このあと一連の会話がたたみかけるように延々と続く。セリフ量が半端ではないし、ワンシーンが長く、けっこうな長回しなので、覚える方は大変だろう。だが、観ている分には内容が屁理屈と揚げ足取りをふんだんに散りばめたこの会話、楽しんで見ていられるし実際面白い。
「満兄ちゃんて、人の人生は冗舌に語るくせに、どうして自分の人生になると途端に迷子になるんだろうね」。
ほんとうに、満にふさわしい職業って、ラジオ・パーソナリティなんじゃないのかと、ふと思った（それにしても、第１回から思っていたけれど、満の髪というのはどうしてつむじのところだけはねているんだろう……つむじ曲がりだから？）。
馴染みのラーメン屋「来々軒」で夜ふけのラーメンを食べる岸辺家の面々。変なこってりスープとかではない、昔馴染みのオーソドックスな醤油ラーメンである。こういうラーメンは旨いのだ。変なラーメンのチェーン店の料理人は、大概がどこの国の料理にも精通していないし、中華料理を学んだわけでもないから、料理に関する抽斗をあまり持っていない。彼らのラーメンの味を見れば、訊かずともそれぐらいはわかる。素人が思いつきでつくるとああいう悲惨な代物が誕生してしまう。おまけに彼らはものの味もわからない味音痴ときている。肉や骨髄の臭み消しの工夫もしていないし、食べると吐き気が込み上げてくるそのまずさ。�爐海辰討雖瓩鉢爛灰�の深さ�瓩箸いβ臉擇複欧弔陵彖任鬘欧弔箸睛�き違えている（ラーメンは厳密には中華料理ではなく、日本料理であると反論がありそうだが、ベースになっているのは中華の麺料理で、それを日本人向けに改良したのが日本のラーメンなのだから、どうあっても多少は中華の精髄を知っておいた方がいいに決まっている。実際、中華の料理人（日本人）が作ったラーメンは例外なく旨いし創意に富んでいて、彼らの創作ラーメンはほとんどが傑作と言っていい出来栄えだった）。
それにしても占いのお爺さん。春海のおじいちゃんに似ていると思ったが、演じているのは同一人物だろうか。占い。信ずるのはいいと思う。モチベーションが向上するようだったら、その占いのお陰であろう。だが、過ぎたるは猶（なお）及ばざるが如し。信じすぎるのは危険。依存しすぎるのはその人の人生を台無しにします。また、人生が上手く行かなかったら、占いを憎んだりアドバイスをくれた人のせいにしたりする。なんてのは人間として最低の生き方。お前が悪いんだ。人のせいにするな。
ここんとこ、ベースで歌を歌ってから、光司と春海の関係がスムーズになった。やっと父子らしくなれるのだろうか。話が合う。それだけでもうれしい光司である。
其の十八「ラーメンとフリーマーケット」
考えていることとやることが、仕事に直結しない満。何をやっていても残る違和感。って、それを言い訳にして怠惰に暮らしている満。あのね。それは贅沢というものですよ。
田原の新しいバンドのライブを観る光司。全然だめだと田原はいうが、ベースを聴いているとそんなに悪くないし、グルーヴしていた。演奏したのは、ズタボロのナンバー「タイプな女」。やはりカッコいい曲だ。
朝。畳の間で荷造りをしている綾子と房枝のところへ光司が飛び込んできた。何で昨日気づかなかったんだろう。議員秘書ですよ議員秘書。満くんにぴったりの職業。
元の家に戻る支度を始め、断捨離に出す品をフリー・マーケットで売ろうという綾子と房枝。フリー・マーケットでは綾子と房枝の断捨離の品が、価格の安さからか、飛ぶように売れている。ただ、３０００円で売っていた毛皮のコートが買われ、フリマの先の方で５０００円で売られていた。それを目ざとく見つけた満はテントに帰るなり綾子に噛みついた。檀野さんが来店。議員秘書の話をし始めるが、満はそんなこと聞かされていない。たったそれだけのためにごね出す満。どれだけへそ曲がりなのだ。こじつけ、屁理屈。つむじ曲がり。ふざけるな。
フリマの帰り道、思索にふけるらしき、満。目の前の街角を過ってゆく、いろんな仕事をする人たち。保育士。花屋。米屋。運送屋。介護士。どれもみな大変な仕事。楽な商売など一つもない。
「あまり悠長にかまえて選り好みしていると、乗り遅れるぞ」。牧本さんにも言われてしまった。
「満さんって、小学生の頃の初恋をずーっと引きずりつづけている高校生みたいですね。……初恋を超えることなんて一生ないんですよ」。クラッチの海星くんにも言われてしまった。明日香さんからメッセージを預かっているという海星くん。たった２文字。小雪ちゃんがそれを満に告げた。
「やれ」。
やるしかないのだ。いまがその時なのだ満くん。帰り道で占い師のお爺さんにも言われた。
「やれ」。
来々軒の出前をやらないオヤジが出前を始めた。時代は変わるのだ。いつまでも変わらないなんてのは、人間が勝手に決めつけた幻想に過ぎない。お前も変わる時が来ている。脱皮しろ。いつまでも古い鎧（よろい）を着けているんじゃない。脚本：金子茂樹。演出：丸谷俊平。
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