mixiユーザー(id:66952172)

2020年09月30日08:43

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人って変わるんだよね

ちょっと思い出したことがあるから、書いておこうと思う。


昔、人がやることに、なにこれ?って難癖つけてた時期がある。

実際自分がやってみると、全然できなくて、自分の発言が馬鹿だったなって思ったことがある。


親になってみれば、きっと分かるんだと思うんだけど、子供の成長を願うのは当たり前でだからこそ、厳しくする。

あまりに厳しくしすぎて、ひねくれる気持ちも分かる。

でもさ、自分がもし逆の立場になったら恐ろしくてしょうがない。


憎々しい相手に、お金を渡し、ご飯を作り、服を与え、なんなの、こんなものって言われたら、親は子供になんて言えば良いんだろうな。


ごめんね、こんなものしか用意できなくて。

自分はみすぼらしいものを着ているのに。


それとも、ありがたく思えよ、お前こそ、何にもできてねーじゃねーか、悔しかったら稼いでこい!

と突き放すか。


黙って我慢するかの三択だと思うんだよね。



でも、なんか、分かるんだよね、親の自分の不甲斐なさとか、どうにもしてやれないやりきれなさとか。


そういう気持ちを考えてあげないんだろう?って考えたら、子供たちは、自分に自信がないんだと思う。


もちろん、才能に恵まれて、そんなの余裕!って言う子もいるだろうけど、そうじゃない方の子供たちは、どんどん新しいことをするのに、臆病になったり、恐怖心を抱いたりするんだよね。


それは、学年ごとに、こうしなきゃいけないってことが決められているから。


一律に。


まるで、貧乏でも金持ちでも同額を支払えって言ってるみたい。


ないものをどう産出するんだろうな?


無理やりやると体を壊すし、かと言ってずるい方法を見つけると、罰せられたり、訴えられたりする。
仲間外れにもなる。



結局、資本主義の世の中じゃ、持ってるお金の額で人生が決まる。



きっと逆になったら、こてんぱんに復讐しちゃうんだろうなって思う。


昔お金持ち、でも、今は貧乏
昔貧乏、でも、今はお金持ち


昔貧乏だった人は意地でもその、お金持ちの地位を守ろうとするでしょう。

逆に、今貧乏だった人は意地でも、お金持ちになろうとするでしょう。



両者が争うなんて目に見えてる。


だって、妬ましいとか、疎外感っていうのは、理屈じゃなく、感じてしまうものなんだから。


もっとわかりやすくいうと、目の見えなかった人が目が見えるようになったのと目が見えていた人が見えなくなってしまったのと、どちらがどれだけ不幸なんだろうな?

言葉にすれば同じ。

だけど、与えられていることにも気付かない、当たり前と思える日常が本当は嘘で、嘘だと思える日常が本当は現実なのかもしれない。


自分がされてしまったことを他人がしていたら、腹立たしくなる。

それがエゴなんだろ。自分大好き。でも、他人がそれをしていたら許せないあの感情。

それが妬みなんだ。


あの子はOKで、私はダメ。

事情があるのかもしれないのに、表面だけをなぞる。


自分の不幸を棚に上げて、他人の不幸には知らん顔。


そういうのが蔓延しているように思う。

思うんだよね。

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