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2020年06月07日16:38

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心理学の問題で、たった一人を生かすか

あとの四人を犠牲にするかって話があった。

今考えなおしたら、まったくもってばかばかしい話だよな。

だって、たった一人を残しても、その後、四人のうち、また一人が犠牲者となりうると仮定するなら、みんな一度は死ぬことになる。

でも、考えてみるんだよな。

怨恨がもしあったらって。

死にたくないって言って殺されたのか、仕方ない私が死んでみんなが助かるなら死んでも良いかって死んだとしたら、そのあとが変わってくる。


恨みが残されたものには、出てくる。


夫が死んだから、私も死にたいだとか、それが誰かの子供だとして、その子供が死んだら、かわいそうにって言って、同情するけど、自分の子供が死んだら、そんな言葉だけでは、気が済まない。

命を取り戻すすべがないから、死は絶対的なものになる。


同じ時間を共有することに意味を見出していた。


みんな、家族が殺されたらって考えない。


家族の誰かが死んだら、そのあと、その人から得られていたものを他の誰かが背負うことになる。


その苦しさは、まるで、欲望の奴隷と同じように、人の人生を狂わす。


昨日まで、得られていたものが、得られなくなった苦しみ

その絶望感は、いかほどか。

数値化できない。


それが平気だっていう人だっている。


それが絶望だという人だっている。



結局、その人次第だよな。


料理が得意だったら、これから先、食うには困らない。だけれども、できない人だったら?体が不自由で動けない。そもそも手がなかったら?手が動かなかったら?

足がなかったら?目が見えなかったら?臭いが分からなかったら?痛みが分からなかったら?


ほら、何か一つでも失ってみたら、ものすごくこわくなる。


あったものが、なくなる苦しみ

手に入れようとして、手に入れられなかった苦しみ


どちらがどれだけ苦しいのかなんて分からないけれど、どちらも、「ない」という共通点がある。

だから、結局は、みんな自分と戦っているんだよ。自分の器の小ささと。


誰かのおかげさんで生かされていることを嫌だというけれど、その誰かのおかげで生きているんだ。失えば分かるさ。


どれだけの絶望か、挫折か。


知らなきゃいけないことは、どうやら、実践できていない自分にあるようだ。
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