mixiユーザー(id:66769082)

2020年07月04日08:18

22 view

まわりうた

よきあまの みかとはいして
  たまめさめ またてしいはと かみのまあきよ

(良き天の 帝拝して 魂目覚め 間立てし岩戸 神の真開きよ)

解説

魂(たま)は「たましい。」、真は「(〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕)完全・真実・正確・純粋などの意を表す。」、よは「感動・詠嘆を表す間投助詞。〜なあ。〜よ。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「間立てし岩戸」は「間に立てた岩戸」の訳になるので、これはいわゆる古事記の、伊邪那岐命と伊邪那美命が別れ別れになった、黄泉比良坂の千引の岩戸のことかと思われる。

なんちゅうか……、解釈が難しいが、歌から感じるニュアンスは、要するに魂のレベルでは天帝を拝することで、その魂が目覚めるが、心身的には黄泉(≒地獄)を塞いでいた戸が開くことでもあるので、大変に苦しいことにもなる、といった感じか。

これは大局で見れば目出度いことだが、個人個人においては恐ろしい時節になってきたということかと思われる。日月神示でいうところの「うれしい、こわい世界」が来たということかと思われる。

「神の真開き」もまあ、ある意味怖いと思う。(永遠の世に生きる)神としての位が完全に開く、ということなのだろうから。

これは霊界の神だけでなく、やがて神上がりする現界の我々自身も含まれているようだ。そもそもナギ(=現界)とナミ(=霊界)を隔てていた岩戸が開かれるならば、現界霊界の区別もなくなるので、当然と言えば当然ではあるが。

個人的レベルでは、霊界(=自分の心)と現界(=自分の行動)が一つになるということだろう。その結果、たとえば今まで善行をしてきた人は、ますますその行いを強くし、愛善の道を進むだろうし、今まで裏で悪事を働いていた人は、もうそれを隠すこともせずに悪事を働いてしまう、ということだろう。

身魂磨きが大事と神示等で、これまでさんざん言われてきたが、この時節が来て、これほど合点を行くとは思わなかった。

清く正しく美しく、神様の御心に合うように生きようといくら努力しても、現実は何も変わらんし、誰にも理解されないし、かといって何の利益があるわけでもなく、無駄に年ばかり食うばかりで、後はこのまま朽ち果てて行くのみの、鳴かず飛ばずのじり貧続きだが、今の時節にして思うのは、人として全うに生きて死んでいくことがどれだけ大事で価値があるか、ということだ。

高倉健さんの座右の銘「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」のように終われると良いが、取り返しのつかない過ちを何度も犯している身としては、それも難しいかもしれない。後は良心神が判定してくれることだろう。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する

<2020年07月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

最近の日記

もっと見る

過去の日記