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2019年05月27日19:20

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ルドルフ・フォン・リッベントロップ元SS大尉が死んだとSちゃんのブログに書いてあった


今月の5月20日に最後のドイツ軍戦車エースと言ってもよい、ルドルフ・フォン・リッベントロップ元親衛隊大尉が亡くなった。このニュースはミクシィのマイミクの誰かが英語のニュースをアップしていて知ったのだが、詳しいことは前述の日記に書いた僕のドイツ人友達のPの娘のSちゃんがフェイスブックにこのニュースをアップしていたので、知ることができたのだった。リッベントロップ元SS大尉は98歳になったばかりだった。Sちゃんは彼女の書いた日記を僕のホームにも表示されるようにリンクしてシェアしてくれたという、とても親切なことまでしてくれた。

Wir senken die Fahnen und Standarten und rufen zum letzten Appell:
SS Hstuf. Rudolf von Ribbentrop

Sちゃんのフェイスブックには、「(ナチスドイツ式に)軍旗と部隊旗を下げて、(弔いのための)最後の点呼をしよう。SS大尉 ルドルフ・フォン・リッベントロップ」ということが書いてあった。

さらに、まだリッベントロップの葬式が終わってないのに、その著書とサインをネットで売っている男がいると、「リッベントロップ氏はまだ葬式が終わっておらず棺桶が地中に埋まってもいないのに、もうこんな不道徳なことをしている奴がいる。本当に腹が立つ」ということが、彼女のコメントで書いてあった。

誠に、お父さんが現代史の博士号を持っているだけあって、家庭で正しい教育がなされているようである。彼女の将来の夢はドイツ連邦軍の女性将校か警察幹部になることらしが、彼女のような軍人か警官がいればドイツは正しい規律と秩序を取り戻すだろう。


ところで、リッベントロップの母の実家はワイン製造と販売会社であり、ニュルンベルクで刑死した父の未亡人のアンネリーゼの実家に入って、戦後はワイン業界で働いていたが、だが、以下のような経緯で「ナチスの戦犯」のイメージを持つリッベントロップは、ワイン会社から締め出されてしまった。

ルドルフは大株主として父が共同経営者を務めていた母の実家である世界有数のスパークリングワイン醸造業の経営に参加した。しかし、戦犯「リッベントロップ」の名を嫌った社主である従兄弟のオットー・ヘンケルが追い出しにかかり、訴訟沙汰に発展した。結局、会社名から「リッベントロップ」を取ることで和解している。

ルドルフ・フォン・リッベントロップの説明。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%97

そして、こちらがリッベントロップの未亡人の家族名である「ヘンケル」を残した「ヘンケル&カンパニー ゼクトケラライKGのホームページ。もし、ドイツ軍ファンでルドルフ・フォン・リッベントロップ元SS大尉を弔いたい方がいるなら、こちらのサイトからワインの1本でも注文してもらいたい。

http://www.nlwine.com/winery/henkell/

注文なら、楽天市場の方が簡単に注文できるでしょう。ヘンケルの一番安いワインなら1200円くらいで買えます。高いものなら1万円を越えてますが。

https://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%83%AB+%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3/


写真は左が20日に亡くなったルドルフ・フォン・リッベントロップ元SS大尉の写真。Sちゃんのフェイスブックブログ記事から借用している。写真中は父のヨアヒム・フォン・リッベントロップ外務大臣が、いかに日本びいきだったかという証明。大島浩駐ドイツ大使とその妻とリッベントロップ外務大臣のベルリンでの写真。リッベントロップ外務大臣は日本の松岡外相と大島浩が提唱していた反英ユーラシア構想(日本、ソ連、ナチスドイツ、イタリアの4国でイギリスを倒すこと)に賛成しており、独ソ開戦には猛反対していたという。ベルリンでソ連大使に宣戦布告を渡した時にも、「スターリンには、私は宣戦に反対だったと伝えてくれ。この戦争がドイツに多大な不幸をもたらすことを自分はわかっている。私は確かに総統に反対した」とソ連大使にすがりついて言ったという。

写真右は僕の友達のPとSちゃん。ドイツの伝統的な衣装を着て地元のオクトバーフェストに参加する前の写真。娘がこんなに胸元を空いてる衣装を着るのに問題がとか思う人がいるかもしれないが、ドイツの伝統的な衣装なので別に問題はない。というか、ドイツでは娘がどんな服装をしようが合法な服装であれば別に注意しない。付け加えれば、娘がどんな男と付き合っても両親は一切介入しない。当然ながら、2人はドイツと日本の右翼にはとっては友達であるが左翼はすごく嫌っており、メルケル左翼政権も大嫌い。もちろん「ドイツは賠償しろ」という連中を嫌っていて、特にいつまでもしつこく賠償を要求するユダヤ人は大嫌い。






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