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2020年12月01日18:24

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稲垣浩 ふんどし医者(1960) (国立映画アーカイブ)

 生誕100年、映画女優 原節子。4本目。

 国立映画アーカイブの原節子特集のパンフレットを読んだだけで、大した
予備知識もなく選んだのだが、これが大変な傑作だった。この映画を観られた
偶然に大感謝。

Movie walker press https://movie.walkerplus.com/mv22961/

 稲垣浩監督は、登場人物の上に流れる、時間を描くと素晴らしい。
その代表が「無法松の一生」で、悲喜こもごもの事件を淡々と綴りつつ、
過ぎ行く時への愛おしみが、なんとも言えない情感を醸し出す。特に、
時の流れを、松五郎が引く車の車輪に託したイメージは脱帽モノだ。

 この「ふんどし医者」も、幕末から明治初期の、大井川の渡し場、
島田宿を舞台に、涙と笑いを織り交ぜて、十数年の時が語られる。

 あらすじは、Movie Walker のものがほぼ正しいので、それを読んで
いただきたいが、何と言っても、「ふんどし医者」こと森繁久彌と、
妻の原節子の医師夫婦が素晴らしい。

 森繁久彌は、例のおおらかな人を包み込むような存在感で、
妻の手慰み(原節子が、なんと、サイコロ博打が唯一の趣味、しかも
下手の横好きという、型破りな役を演じる。しかも、それがあくまでも
上品で、まるで、大店の奥さんがお茶を立てるような風情で、サイコロ
に向かうのである)のために、着物まで賭けてしまい、ふんどし一丁で
往来を歩き回る、という一見とぼけた医者、木山慶斎を見事に演じている。

 しかし、実はこの先生、本格的に長崎で修行した、当時としては、
最先端の医学を修めた名医。たまたま長崎遊学から幕府の御典医になる
ために上京の途次、大井川の川留めにあって、地方の医療の貧困と人々
の苦しみを知り、先端医療よりも地域医療のために一生を使うことを
選んだのであり、妻のいくもおそらくは長崎の大店の娘で、最初は、
慶斎と同道していた、エリート医者、池田明海(山村聰)を追ってきた
のだったが、貧しい人々に尽くそうとする慶斎の姿に惚れて、一緒になり
、夫婦二人で島田宿の人々に尽くしてきたのであった。

 宿のヤクザ者、半五郎(夏木陽介)が博打場でのいざこざから、
与太者たちに刺され、腎臓の片方がめちゃめちゃになるほどの重傷を
負って運び込まれた時も、慶斎は、日本で初めてとなる腎臓摘出手術
に踏み切り、半五郎の命を見事に救った。

 この半五郎の恋人がお咲(江利チエミ)原節子とは全く違う、
おきゃんで一途な娘を演じて話に花を添える。

 それが縁で、半五郎はヤクザから足を洗い、医者になると一念発起。
最初は、慶斎に弟子入りを願うのだが、慶斎に拒絶され(実は、慶斎は
半五郎の一念にほだされて許すつもりだった)自分一人で長崎へ遊学。
8年の苦学ののち、新進気鋭の医師として島田へ戻ってくる。

 慶斎は喜びながらも、取り残された寂しさと嫉妬を禁じ得ない。

 折しも、島田宿の幼い子供が、腹痛と高熱で運び込まれた。
単なる食あたりという慶斎とチフスかもしれない、という半五郎は
真っ向から対立。

 原因をはっきりさせるためには、マイクロスコープ(高性能の顕微鏡)
がいる。いくは、それを購入するために、自分の身体を張って、大店の
主人(志村喬)とサシの勝負をする。

 これからあとの、原節子の真剣な演技が素晴らしい。運命は彼女に
微笑み、いくは大金を得て、マイクロスコープの入手に成功。大勝負に
勝ち、すっかり虚脱して、家に戻るいく。それを迎えて抱きしめる慶斎。
いくは、二度と博打はしない、と誓うのだった。

 志村喬も短いシーンながら印象的。

 顕微鏡でもチフス菌は発見されなかった。すっかりご満悦で、半五郎
に医者の心得を説き始める慶斎。しかし、現実は厳しかった。チフス
患者が次々と発生したのだ。

 病人を隔離するために家を提供する慶斎。しかし、最初の患者を
手当虚しく、死なせてしまい、島田宿の人々は、隔離の必要性が理解
できずに、慶斎の家に乱入して、打ちこわし始める。

 これまで尽くしてきた地域の人々の裏切りとも言える乱暴な行為に、
自分は、こんなことになるために先端医学の道を捨てたのではない、
と慶斎は嘆く。今度こそ、明海の誘いに乗って、東京へ出て医療の道
を極めようと決意する慶斎だったが、明海が誘いに来たのは半五郎の
方だった。思わず激昂し、「許さん」と叫ぶ慶斎。

 しかし、島田宿の人々は明海の説得で、ようやく真実を理解し、
自ら進んで慶斎の家を補修し始めた。「ワシたちを殴ってくだされ」
と頭を下げる人々を見て、慶斎の怒りも溶け、半五郎を送り出すこと
にする。

 時代は明治に変わっても、又しても慶斎先生は、いくの手慰みに
付き合って、ふんどし一丁で往来を歩いていた…

 見終わった後、心からほっこり。本当にいい映画でした。地域に
尽くす道を選んだ森繁の医師としての誇り、それが打ち砕かれた時の
寂しさ、若い弟子に対する嫉妬。時の流れとともに、島田の宿も慶斎も
変わっていく。それでも変わらないものは、夫婦や恋人の心のつながり
師弟の心のつながり。医師と患者の信頼関係。本当に大切なものは
なんなのか、思い出させてくれる映画でした。
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