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2019年11月26日05:32

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成瀬巳喜男 鰯雲(1958) (神保町シアター)

 神保町シアター、没後50年成瀬巳喜男の世界、2本目。

 Movie Walker https://movie.walkerplus.com/mv28285/

神奈川県厚木市の農村。戦争未亡人の八重(淡島千景)は、女手ひとつで
息子を育て、姑の面倒をみながら農家を切り盛りしている。
そこへ、農家の生活の実態を調べるために、新聞記者の大川(木村功)が訪れ、
八重は大川と親しくなるにつれ、知的な快活さをとり戻していく。
 大川との出会いによって、戦争未亡人、農家の主婦という頸城から解き放たれ
明るさと快活さを取り戻していくヒロインを淡島千景が美しく演じている。

 特に、物語後半、姑が実の娘のところへ孫の世話にいったので、
姑の眼から解放され、夫の命日をたくさんの花をそなえて華やかに弔いたい
と、甥たちに語るところ。亡き夫は本当にいい人で、自分は精一杯
愛したので後悔はない。自分の幸せな姿をみてきっと喜んでくれる…
生まれ変わったような自由な雰囲気が横溢している。

 物語はこのヒロイン、八重をめぐって展開されるが、物語の中心はむしろ、
頑迷なまでに土地と元地主としての生活にこだわる八重の兄、和助(中村鴈
治郎)と、それに反抗して新しい生き方を求めるその子供達世代との葛藤にある。

 和助の家は、典型的な地主階級で、農地改革で大打撃をこうむっている。
おまけに、和助の父がかなり横暴な性格で、嫁を次々と追い出したりした
もので、家庭は複雑。農業を継いでいる長男、初治(小林桂樹)の嫁取り
が目下の急務だ。八重は、この甥っ子の嫁探しを頼まれており、大川を通じて、
みち子(司葉子)という娘と出会う。大川と八重はこのみち子の身元調べに
行った先で、結ばれる。大川には妻があり、幸せな恋とはいえなかったが…

 偶然にも、みち子の継母、とよは和助の最初の妻、とよ(杉村春子)
だった。(とよも後妻で、みち子とは血のつながりはないので、初治と
みち子は兄妹ではない)みち子と初治はお互いに好意をいだき結婚話
が決まっていく。和助は、借金をしてでも昔の地主がしていたような、
盛大な婚礼をあげようとするが、八重もとよも、若い2人も和助の
思惑を無視し、さっさと八重の友人、千枝(新玉三千代)が経営する
料亭「千登勢」の2階で同棲して「なし崩し」婚に持ち込んでしまう。

 お互いの子供が結婚する、という不思議な縁で、再会する元夫婦、
和助ととよ(杉村春子)が2人きりでしみじみ語りあうシーンが素晴らしい。
 舅姑に圧迫され、泣く泣く婚家をでたとよ。封建的な農家で苦労している
だけに、新時代の動きにも寛容である。一方、和助はことここにいたっても
子供達の気持ちが理解できず、三男を分家(弟の家)に押し付ける気で
ある。とよが、自らの半生と和助の現在をかえりみながら、子供達には
好きな道を選ばせたいと思っている気持ちが伝わってくる。

 初治に続いて、次男の信次も造反。彼は、農業を嫌って町で下宿しながら
銀行員をしていたが、分家の浜子と親しくなり妊娠させてしまう。

 初治とみち子、信次と浜子は合同で会費制の結婚披露宴をあげる。
もはや和助もお手上げである。初治も農業こそ継いでくれたものの、元小作人
の家の農作業もこだわりなく手伝って、賃金を稼いでいる。

 とどめは3男の順三が、東京にでて自動車修理工になりたいと言い出す。
ついに和助も折れ、順三の分の土地を手放して学費にあてることにする。

 物語のラスト近く、歯をくいしばって、土地を手放す証文にはんこを
つく和助。さすがに兄が気の毒になり、自らも涙ぐんで見守る八重。
八重は、新時代の動きに一番翻弄されたのは、兄の和助だったのだ
としみじみ思うのであった。

 大川は東京へ転勤することになり、八重の恋も終わりを告げる。
ラストは、大川の見送りに行かないことにした八重がひとり、農作業に
精をだしているところで終わる。空には一面の鰯雲…

 淡島千景が、恋をえて、内面から変わっていくところがとても
美しいが、この映画の最大の功労者は、新時代の波に全身であらがう中村
鴈治郎であろう。妹(八重)も、子供たちも彼の育った価値観を否定し、
彼のもとを離れていく。それは避けられない時代の流れだが、悲痛なこと
でもある。彼にも心の平安が訪れてくれればよいと思うが、そう思うのも
結局「新時代」の勝手な考えなのであろう。

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