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2019年10月22日03:25

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深作欣二 軍旗はためく下に(1972) (国立映画アーカイブ)

 厳しい夏の暑さや、身内の不幸、以前から予定していた北海道旅行など
で、文章に向き合う心の余裕がなく、観た映画を記録にとどめるのもずい
ぶん怠ってしまった。それでも、覚えている範囲でぼちぼち補っていこう
と思う。

 「軍旗はためく下に」を観たのは、国立映画アーカイブの「映画監督
深作欣二」の特集上映の一環だったと思う。4月だったか5月だったか
記憶が曖昧であるが。

Movie Walker https://movie.walkerplus.com/mv19466/
(めずらしく、Movie Walker のあらすじがまともだな(^_^;

 映画の苛烈さに思わず身震いすると同時に、「深作欣二監督が、戦争を
描くと、こんなかたちになるのか」と納得させられる部分が多々ある
映画だった。むきだしの性と暴力、タブーや権威へのあくことなき反抗…

 手法としては、「藪の中」と同様で、一つの出来事について、複数の
証言者があり、それぞれが矛盾錯綜しながら、真実を追求していく、とい
うもの。

 この映画で、「真実」を追求するのは、戦争未亡人の富樫サキエ。時は
昭和46年。終戦から20年以上たったころ。問題になる「出来事」は、
サキエの夫、富樫勝男軍曹の死の真相。

 サキエの夫、富樫勝男はニューギニア戦線で「死亡」した、とサキエ
は1枚のハガキで知らされた。しかしなぜか、「戦死」という文字を
わざわざ訂正して「死亡」と書かれていた。そして「戦没者連名簿」に
よると、富樫軍曹は、昭和20年8月に「敵前逃亡により死刑」に
処されたことになっていた。

 しかし、富樫軍曹の軍法会議の記録などはいっさいなく、本当に
敵前逃亡の事実があったのかどうかも定かではない。納得がいかない
サキエは、わらにもすがる思いで、4人の証言者を探し当てる。
そして…

 サキエを演じるのは左幸子。私としては、中川信夫監督の「思春の泉」
「青ヶ島の子供たち 女教師の記録」の印象が強く、「明るくて芯の
強い女性」という刷り込みがある。「飢餓海峡」「拝啓天皇陛下様」
などでも印象深い演技を残しておられるが、「軍旗はためく下に」の
サキエはそれらより、ぐっと地味で、「夫の死の真相を知りたい」
という一事を思い詰めた、戦争に追いつめられた女性を演じている。

 サキエの夫、富樫軍曹は、新婚半年で徴兵。サキエはそのとき身ごもって
おり、戦後は忘れ形見の娘を育てながら、小さな漁村で懸命に生きてきた。

 未亡人になったサキエに露骨な冗談を言いかける男たち。娘に婿を
迎え、一つ屋根の下で、娘夫婦が睦み合う気配を感じ、思わず孤閨の
寂しさをかみしめる、肉体的な「女」としての部分。深作監督は、
イメージのサキエを波打ち際で波に洗われながらもだえさせている。
精神的のみならず、肉体的にも、サキエのやるせなさを象徴するシーン
である。

 サキエが探しあてた4人の証言者。それぞれが語る話は、はっきり
夫の富樫の話かどうかも明言されない。「ある軍曹」の話として語られる
それらは、軍人として戦いに活躍した軍曹、乏しい食料をめぐっての
友軍の惨殺、人肉食、上官殺しーと凄惨なものだった。

 戦争の傷痕を引きずりながら生きているこれらの人々、演じるのは
三谷昇、ポール牧、市川祥之助、内藤武敏。それぞれ印象的な名演
だが、私は、高校教師として、戦争をいかに若い世代に伝えていくか、
そもそもそれが可能なのかどうか、悩んでいる教師役の内藤武敏
に最も共感した。
「・・・A級戦犯が一国の総理大臣(岸信介)になっているというのに」
これは、まさにいま現在の我々の課題であろう。

 彼の証言から、ついに真相らしきものの手がかりが得られる。
4人のうちの1人、三谷昇は実は全てを知っていてサキエには隠して
いたのだ。

 富樫軍曹らの「処刑」は、元師団参謀の千田少佐が、彼らの上官である、
後藤少尉(江原真二郎)に米軍捕虜の処刑を命令。それがきっかけで、
精神に破綻をきたした後藤少尉をやむなく富樫軍曹らが殺害したためだっ
た。しかも、戦争終結後に処刑は行われ、千田少佐は、米軍捕虜の処刑に
よって、戦犯容疑に問われるのを避けるために口を封じたのだ。しかも、
処刑を実行したのは、市川祥之助だった。

 浜辺に引きずりだされる富樫以下3人の兵士。頭に銃がつきつけられ
思わず失禁する兵士たち。むきだしの深作演出が凄惨な効果をあげて
いる。
 富樫の最後の言葉は「て、て、天皇陛下!」だった。しかし、その
次に続く言葉は、決して「万歳」ではなかったろう、と三谷昇は語る。

 富樫軍曹を演じる丹波哲郎が、最初の「藪の中」形式の部分で、
異なる人物像をたくみに演じ分けている。狂気におちいった上官をやむなく
殺害し、ついに処刑されるシーンは、醜くみじめであり、そのみじめさ
が、なによりも戦争の現実を映し出している。

 黒幕ともいえる千田少佐が、戦争終結後、何事もなかったかのように、
孫を可愛がる好々爺になっており、訪ねてきたサキエに対し、「戦争
だからやむをえなかった」とまるで何事もなかったかのように話すシーン
の中村翫右衛門は、抜群の存在感で、都合の悪いことには口をぬぐう
この国の権力者たちのあり方を象徴している。

 ようやく真相らしきものにたどりついたサキエ。夫は天皇陛下に
花をあげてもらうわけにもいかない。何をしてもうかばれることは
ない。戦後20数年を経て、1人の戦争未亡人がたどりついた索漠たる
答。

 思想的にとらえられるせいか、ソフト化もされていませんが、結局
右だろうと左だろうと、戦争がもたらす現実はこんなにも醜くみじめ
なもの、その訴えを謙虚に聞かねばならないと思います。令和の今の
時代だからこそ。
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