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2020年06月26日19:10

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Blank Reparation

No.0654

『未来の約束』
Written by : MARL

 大切な夢を叶える為に
 まだここで死ぬわけにはいかないんだ

 ――生きる為に人間はまず何をすべきなのか。

(またあの夢か……。)
 虚ろな意識の中、吉村葵(よしむら あおい)は夢を見ていた。誰かの葬式の様子だが、それは葵の両親の葬式だった。そこに親戚全員も在席している。葵の実家は遠い辺境の田舎町にあり、両親の死の原因は何も分からないまま葬式が進行していく中、ふとそこに顔だけが何故か見えない子供が寂しそうに座っている。その子は葵自身にも似ているように見えるが、別の誰かのようでもある。そして、決まってその場面が来ると必ず目が覚める。いや、毎朝“電話で起こされる”と言った方が正しい。
「吉村さんですか、おはようございます。小野マチコです、今朝も体調の方は大丈夫でしょうか」
 電話の相手は“小野マチコ(以下、マチコ)”という葵よりも少し年上の女性からだ。葵とマチコは現在の職場で知り合い、葵の勤める東京都内にある某新聞社はマチコの伝手で紹介して貰った。
「またあの夢を見ていたのですか?」
 マチコのお馴染みの問いかけに葵は眠たそうな声色で、
「ああ、はいそうです」
 脱力感のある葵はその後目覚まし時計の時刻を見て驚愕。慌てて寝間着から仕事着に着替えると、急いで自転車を走らせ職場の新聞社へと向かう。
 葵は非正規社員の位置付けで、新聞社と言ってもバイト程度の稼ぎしかない。基本的に呑気な性格の為、遅刻しそうになる事は当然のようにある。そんな葵の体調をいつも心配しているマチコは、新聞社の中でも写真を担当しているカメラマン(女性だからカメラウーマンの方が正しいか)で、電話口での葵の無事を確認してから仕事に入る事が多くなった。葵はそんなマチコの好意を素直に受け入れ、マイペースで仕事をこなしているが、葵にとっては何処で勤めてもいいという考えなのか、仕事に対する姿勢は人一倍無い、つまり仕事が出来れば何の職でもいいのだ。別に葵は人生を軽く見ている等の邪な考えなど無く、生まれつき身体が弱いせいもあり、常に体調を気遣いながら日々を過ごしている。

 葵には昔の記憶が無い。単に何らかの事故で頭をぶつけたとか、そういった類のものでは無い。葵は誰かの臓器を貰って現在の身体を維持している。昔の記憶が曖昧になっているのは、葵が当時死と隣り合わせの危篤状態にあった際に、生きるか死ぬかの瀬戸際の大事な手術中に、医師の手元が狂ったのか何らかの医療ミスで葵の脳から異常が見つかる事態に。その時に手術の付き添いで来ていたのが、マチコだった。
 マチコは医療ミスで死にかける葵のあの苦しそうな表情が今でも脳裏に焼き付いている。葵は命が助かったものの、脳に軽い障害が残ってしまい、普通に生活を送る事自体が困難な状態に陥る。マチコは担当医に詰問したが、身内でも無い部外者が口出しするな、と一蹴され、その後医療ミスによる葵の精神的苦痛を少しでも和らげるべく、医療ミスの裁判が開かれ、マチコもそこに立ち会った。
 裁判が進行していく中で、葵の曖昧だった記憶が徐々に戻っていくような感覚が葵自身にあった。だが、葵の記憶が完全に戻らないまま葵の事を気にかけていた両親が、裁判が始まる数日前に医療ミスのあった病院へと車で向かう途中、不運にも暴走車と衝突をしてしまい、その後命を落とす事になる。
 両親の訃報をすぐには受け入れられない葵は、そのまま崩れ落ちて涙を流し続けた。
(何で! もう俺には何も残されてはいないのか!)
 この悔しさはどこへぶつけても無駄だと知るが、葵はもう我慢の限界だった。両親を亡くした事で、葵は本当に孤立した錯覚に囚われる事になる。第一回公判、マチコも傍聴に立ち会う中、葵の潜在意識の暴走なのか時折葵自身の意志とは無関係の発言を繰り返していく。裁判官はそんな葵の異様な行動に当初は発言を控えるように促すが、葵はまるで何かに取り憑かれたかのように発言を繰り返す。ついには葵自身が裁判閉廷後に、
「俺がそんな発言をするわけがないだろ」
 等と言い張る始末。マチコは葵の発言部分だけを必死で聞き取っていた。マチコは葵に発言の内容を事細かに話していく。そう、まるで話せるようになったばかりの子供に言い聞かせるように。
「よく聞いて下さい。吉村さんはあの裁判の時に、表情こそ変えなかったものの、あれは……吉村さんが生まれ育った故郷の事だったかしら、そこで一緒に遊んでいたご兄弟の方の事です。吉村さんの記憶が曖昧になった理由が故郷にあるかもしれません」
 マチコは一瞬、覚悟を決めたような間を置いた後に再び葵に向き合う。
「吉村さんの故郷に一緒に向かいましょう! 何か記憶に関する手掛かりが掴めるかもしれません」

 葵の地元は海が見える山口県大島。潮風が心地良い遠方からの観光客もちらほら見えている。マチコは葵を連れて大島の海岸線沿いに歩いていると、葵にとって懐かしい潮風の匂いが鼻孔をくすぐっていくのが分かる。断片的に無くなっていく葵の記憶を探す旅は、葵には島の雰囲気が何となく分かっても、道行く人達の顔はどれも知らない顔ばかり。島を一通り歩くも、葵のかつて住んでいた実家は影も形も無く、顔見知りは本当に何者かに消されたかのように一人も居ない。
 すると、一人の島の住人である麦わら帽を被った年配の女性が、
「あんた達、何処から来たんや?」
「東京からです。島の空気が気持ち良くて、良いところですね」
 この瞬間、葵の頭の中で何かが断片的に過った。それは昔の無くなった記憶の一部なのか。海岸線で葵と一緒に遊んでいる子、あれは誰なのか。
 その後、明確な情報収集も出来ずに、マチコは葵を連れて日帰りで東京へと戻った。

 東京へ帰った後も葵はあの夢を毎晩のように見続けた。やはりあの顔も分からない子供の場面で目が覚めてしまう。あの子があの時映った一緒に遊んでいた子なのか。気持ちがすっきりしないまま、葵は刺激の少ない日々を過ごしていく。
 第二回公判、相手側の医師はこの時信じられないような事を口にする。
「あれは医療ミスでは無い! あんた等の勝手な妄想だろうが!」
 前回には無かった牙を向いた発言に、葵は一瞬言葉に詰まってしまう。葵側の弁護士は間髪入れずに、
「昔の記憶が時々消えるという事は、これは立派な医療ミスとして取られてもおかしくは無いでしょうが!」
 マチコはやはり傍聴中に葵の心境が気にかかり、裁判が終わった後すぐに今度は葵を連れて行かずに今度はマチコ一人で大島へと向かった。

 島へと着くと、何だか前回訪れた時は島の様子がおかしい事に気付く。
 島の人々に葵の幼少時の事を聞き込むも、葵の事を知っているような事を匂わせる雰囲気の話し方に変わっているではないか。マチコはだんだん怖くなり、そそくさと島を出て東京へと戻った。と言うのも、何だか島の人々の表情がマチコには凝視出来ないほどのものだったから。そう、葵の夢に出て来た顔の見えないあの子のように。
 東京の新聞社へと戻ったマチコは、葵の子供の頃の年代を調べたが、葵の実年齢が分からない上に、本当に自分よりも年下なのかの確信も持てなかった。
 一方、その頃葵は連日のように見る夢から覚める度に最近、
(一体、俺は誰の臓器を貰って生きているんだろうか……)
 裁判の度に戻って来た記憶の中には、葵が子供の頃に描いていた“将来の夢”があった。その話を誰かとしていたような気もするが、それが誰なのかすらも思い出せない。葵がふと、その事をある朝の電話口でマチコにそう打ち明けた。マチコはある確信を持ったのか、
「それならば、もう一度あの大島へ行きましょう」

 大島へ着くと、葵の記憶はかなり戻って来ていた。確かに幼少時はここで誰かと遊んでいた記憶があるが、肝心の誰かはどうしても思い出せない。だが、東京へ帰った日の夜に葵はまたまたあの両親の葬式の夢を見るが、いつもとは違った展開が葵を待っていた。夢の最後にやはり顔の見えない子供が出て来る。ぼやけて見えなかったその顔が、“はっきりと”葵には見えた。

(……俺?)

 そう、その子は幼少時の“葵本人”だったのだ。この瞬間、葵の記憶が完全に蘇った。

 葵には双子の弟が居た。亡くなった両親と共に地元の大島で幸せに暮らしていた。葵の弟の名は、“未来”。二人は仲の良い兄弟だった。弟の未来は無欲でまるで天使のような存在だった。兄の葵の事を立てたり、葵の言う事は絶対に聞く素直な良い子だった。そんな葵に臓器を提供したのが、弟の未来だった。当時、二人はまだ10歳の小学生だった。臓器を提供した未来はその後若くしてその命を落とし、葵の為に自ら死を選んだ。10歳の葵には大切な夢があった。葵の夢が無事に叶うように、未来は最後に葵に向けて、
「僕は犠牲になってもいい……んだ。……お兄……ちゃんの夢……の為なら、……いくらでもこの……命を捨ててでも……お兄ちゃんを助けて、……守ってあげたい……んだ」
 葵は一緒に遊んでいた頃、未来に将来の夢を楽しそうに話していた。未来は黙って、でも優しい笑みで葵の夢を大切に聞いてくれた。
(お兄ちゃん、それなら病気なんかせずに元気でいなあかんなぁ〜)
 元々、葵は生まれつきある病を患っていた。その病は難病で、現在の医療体制ではどうにも出来ないほどの重病だった。ある年齢に達すると、その病は急速に進行していき、成長期の途中で必ず死に至るというもの。他人の臓器提供でその命は助かるが、臓器を提供した者には身代わりの死が待っている。未来は大好きな兄だからこそ、覚悟を決めて臓器提供の決断をしたのだ。未来は葵の身代わりになり、未来を失った喪失感は葵にとっては絶望以上の感覚に近い。移植手術後、葵は一命を取り留めたが、20代になった現在でも病弱の身体の事を気遣い、未だにやりたい事を叶えられずにいる。葵は弟の大切な命をその身に宿している。そう、記憶が無い葵は――

 記憶の無い葵は、“弟の未来そのもの”だから。

 未来の臓器“だけ”で、葵の命は保たれている。葵の記憶が無い=葵は既に臓規提供の際に“死んでいた”。そして、活気を徐々に取り戻していった葵、いや(葵の姿をした)未来は兄が叶えられなかった夢へ向かって、前向きに生きていく。実は、あの時医療ミスだと思っていたのは、当時のあの事故で記憶が曖昧になっていたせいもあり、実際には医療ミスは起こってはいなかった。
 兄弟の物語はここで幕を閉じる事になる。あれ以来、葬式の夢は見なかった。

  『未来の約束』完

 ◇Explanation◇→ 『未来の約束』

 物語自体の構想は2017年春に既に完成済みだったが、なかなか本編に落とし込む作業に難儀した。葵を取り巻く人物達の心境、特に小野マチコの描写は葵以上に神経を擦り減らしての執筆となった。当初、タイトルに意味を持たせたくて、含みのあるタイトル案を幾つか候補に出しながら悩んだ。完成したタイトルだけを見ても分かる通り、これは本編読後には違った意味合いに取る事が出来る仕様にした。
 この短編集のテーマが“夢”という事もあり、短編集ラストに相応しい仕上がりとなった。先行公開しなかったのは短編集の前9編とは異なる物語をどうしても取り入れたかったし、短編集の流れを完成させる意味でも非常に重要な位置付けの短編だから。次回以降の短編集ではここまでの異質な話は当分書けそうに無いので、私の中ではかなりレアな物語となっていて結構気に入っていたりする。

2020/06/26 MARL
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月27日 08:42
    兄弟愛を、ひしひしと感じ入りました。
    しかし、葵は、両親と弟を亡くし、可哀相ですよ。
    だけど、クオリティーの高い作品ですね。
    良かったですよ。

mixiユーザー

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