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2021年04月18日15:09

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荒井利子著「日本を愛した植民地 南洋パラオの真実」読書感想

知らなかったっすわぁ。
日本が南洋の島々に
そんな大きな町を造成したいたなんて。
あの島々は、
腰蓑から、洋服を着るようになっただけで、
昔っから、ヤシのあばら家に住んでいる。
と思ってました(^^;
開戦前までは、日本の開発で、
随分景気が良かったのね。

木を植えたり、田畑を広げたり、
産業や教育を施したりと、
同じような扱いをしたはずの併合地が、
地域によって
反日だったり親日だったりするのって、
やっぱりその前の
各地の自分らの立ち位置意識が
強いのかねぇ〜と思うわ。
自分等より劣る
(実際の状態ではなく、
思い込み)見下してた奴にやられた。
と思うか、すんげぇ奴らに
やられたと思うか。
あと生活圏の面積。

日本は、色々持ち込んだだけじゃなく、
交流もし、押しつけではあるけど
文化も共有しようとしたのに対して、
戦後のアメリカは何も指針を与えず、
ただ、フリーダムを奨励したモノだから、
何もないところ
(戦争で破壊しつくされたので)で、
フリーって言われても、そりゃ困るよね。

この本にもウッドロー・ウィルソンの
悪辣さが表現されているw

パラオと言うと、やっぱり友好のあかし、
「日本・パラオ友好の橋」よね。
元々「友好の橋」以前に
架けられていた橋は、
SOCIOと鹿島建設が、入札したけど、
SOCIOが鹿島建設の提示した額の
半分の入札価格で、競り勝って
(まあ、パラオも大金持ちの国じゃないから)、
建設。
完成後わずか10年目には
中央がたわみ始め、
様々な補修の甲斐無く、
完成から20年を待たずに崩壊。
2名の死者を出すという・・・

その後、日本が無償援助で
新しい橋を造ったという顛末。
一応、耐用年数は50年と成っているけど、
何しろ天下の鹿島建設が
造った橋ですもの。
百年は持つんじゃね?知らんけどw

ちなみに、日本が橋を造った当時の
パラオの大統領は
ナカムラ・クニオさん。
お父さんが日本人で、
お母さんがペリリュー島の人。
ちなみにちなみに、
パラオの初代大統領は、
ハルオ・レメリクさん。
お父さんがペリリュー島の人で、
お母さんが日本人。

あと、映画「空母いぶき」が、
中国の代わりに敵国としたのが、
位置的にパラオに近い場所。
というのは、わざとだったんかね?
と逆に深読み。
フィリピン北東400海里に位置する
それなりの島は無いし、
あえての空白地帯を選んだんだろうけど、
やはりパラオに近いのは気になる。
日本に友好的な国を
作為したんじゃないかと勘繰ってしまう。
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