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2019年11月13日21:37

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借り入れ依存度9割弱 金融機関の支援で「延命」されていた長野県有数の中小企業がたどった末路

●連載「あなたの会社は大丈夫? 『倒産の前兆』を探る」
成功には決まったパターンが存在しないが、失敗には『公式』がある。どこにでもある普通の企業はなぜ倒産への道をたどったのだろうか。存続と倒産の分岐点になる「些細な出来事=前兆」にスポットを当て、「企業存続のための教訓」を探る。
第1回:格安旅行会社「てるみくらぶ」倒産の裏側に“キックバック依存経営”――多額の粉飾決算、社長らの詐欺
第2回:晴れの日を曇らせた着物レンタル「はれのひ」元社長の詐欺と粉飾決算――「成人の日に営業停止」の衝撃
第3回:スルガ銀と結託 “情弱”狙った「かぼちゃの馬車」運営会社の「詐欺まがいの手口」
第4回:太陽光ベンチャーを倒産に追い込んだ“制度の壁”――急成長企業の未熟さも足かせに
第5回:「経営陣の交代・奪還劇」が招いた倒産 “反社”関与もささやかれたエステ企業の粉飾決算
第6回:トラックレンタル業界の“異端児”が繰り広げた「違法すれすれの錬金術」――見せかけの急成長が招いた倒産事件
第7回:信用失墜が企業の「死」――親密取引先の破綻で連鎖倒産した“建機レンタル業界の異端児”
第8回:本記事
 1900年に創業した国内最大級の企業情報データを持つ帝国データバンク――。最大手の信用調査会社である同社は、これまで数えきれないほどの企業の破綻劇を、第一線で目撃してきた。
 金融機関やゼネコン、大手企業の破綻劇は、マスコミで大々的に報じられる。実際、2018年に発覚した、スルガ銀行によるシェアハウスの販売、サブリース事業者・スマートデイズへの不正融資問題などは、記憶にとどめている読者も多いだろう。一方、どこにでもある「普通の会社」がいかに潰れていったのかを知る機会はほとんどない。8月6日に発売された『倒産の前兆 (SB新書)』では、こうした普通の会社の栄光と凋落(ちょうらく)のストーリー、そして読者が自身に引き付けて学べる「企業存続のための教訓」を紹介している。
 帝国データバンクは同書でこう述べた。「企業倒産の現場を分析し続けて、分かったことがある。それは、成功には決まったパターンが存在しないが、失敗には『公式』がある」。
 もちろん、成功事例を知ることは重要だ。しかし、その方法は「ヒント」になりこそすれ、実践したとしても、他社と同様にうまくいくとは限らない。なぜなら、成功とは、決まった「一つの答え」は存在せず、いろいろな条件が複合的に組み合わさったものだからだ。一方で、他社の失敗は再現性の高いものである。なぜなら、経営とは一言で言い表すなら「人・モノ・カネ」の三要素のバランスを保つことであり、このうち一要素でも、何かしらの「綻(ほころ)び」が生じれば、倒産への道をたどることになる。
 そしてそれは、業種・職種を問わずあらゆる会社に普遍的に存在するような、些細(ささい)な出来事から生まれるものなのだ。実際、倒産劇の内幕を見ていくと、「なぜあの時、気付けなかったのか」と思うような、存続と倒産の分岐点になる「些細な出来事」が必ず存在する。同書ではそうした「些細な出来事=前兆」にスポットを当てて、法則性を明らかにしている。
 本連載「あなたの会社は大丈夫? 『倒産の前兆』を探る」では、『倒産の前兆』未収録の12のケースを取り上げ、「企業存続のための教訓」をお届けする。第8回目は長野県松本市で大きな存在感を有し、中小企業の海外進出ブームに乗って中国にも進出した後に逆風に襲われた金属表面処理のダイナテックを取り上げたい。
――金属表面処理 ダイナテック
地元・長野県松本市で大きな存在感を有し、中小企業の海外進出ブームに乗って中国にも進出、順調に業績を伸ばす。しかし、リーマン・ショック、市場の変化、東日本大震災と矢継ぎ早に需要後退の逆風に襲われ、売り上げが激減するなか、中国進出の際の膨大な借入金が重くのしかかる。100パーセントの市場予測は不可能ななかで、いつ攻め、いつ守りに転じるか。この難しい経営判断において、同社はどこで足を取られたのか。
●海外進出ブームの波に乗り、順調に業績を伸ばしたはずが……
 1946年10月に松本市内で創業、53年10月に法人改組したダイナテック。設立当時の商号は中島電化工業所で、当初はメッキ加工を中心に手掛け、時計部品や磁気ディスク装置部品、電気・電子機器部品などを扱っていた。
 最初に転機が訪れたのは90年。主力事業の転換とともにダイナテックへ商号変更、さらに松本市和田の臨空工業団地内に主力事業に特化した新本社工場を建設し、移転。その後、主力事業を軸に他事業へも業容を拡大していった。
 振り返れば、創業・法人改組から主力事業の転換や商号・本店移転を経て、2000年代前半にかけてまでが、ダイナテックにとって比較的安定した成長期だった。
●天津と深圳に工場開設も懸念の声
 第2の転機は04年以降の中国進出期である。
 大口得意先だった携帯電話メーカーからの要請もあって、04年に大型投資を行って中国・天津に工場(現地法人)を設立。当時は、円高対策として生産コストの削減、さらに海外需要の掘り起こしを目的に、大手企業ばかりでなく中小企業の海外進出にも拍車が掛かっていた。携帯電話市場は拡大の一途をたどり、成長産業と見られていた。
 狙い通り、受注は順調に増加。年売上高は06年3月期約20億8700万円、07年3月期約28億1000万円と伸ばし、08年3月期には約41億7700万円と40億円を突破するなど急拡大を続ける。一層の需要拡大が見込まれたため、天津工場の設立から4年後となる08年には深圳にも工場(現地法人)を開設、中国2工場・国内1工場体制を確立させた。
 なお、04年以降の5年間、中国進出に際してダイナテックの借入金は15億円近くも増加。借り入れ依存度の高い経営に対する懸念は、既に当時から生じていた。
 その直後に状況は大きく変化し、ダイナテックは、強い逆風に見舞われることとなる。世界経済を大幅に冷え込ませ、国内でも企業倒産の急増をもたらした08年9月のリーマン・ショックだ。
●リーマン・ショック、東日本大震災……需要後退の逆風が続く
 リーマン・ショックのもともとの火種は、米国の金融機関が住宅バブルを受け、返済能力の低い借り手にも高手数料で貸し出していたところへバブルがはじけ、多額の貸出金が焦げ付いたことだ。これにより、銀行のローン債権を多数保有していたリーマン・ブラザーズが倒産。ドルが基軸通貨だったことから、世界中に飛び火した。
 リーマン・ブラザーズの倒産を機に、米国の金融市場は疑心暗鬼になり、資金が次々と回収されたことで株の暴落や中小企業の倒産が連鎖的に起こった。ドルへの不信が強まるなか、買われはじめたのが円だ。ドルに代わる安定通貨として円がさかんに買われ、結果として急激なドル安・円高が起こる。
 米国一国内で起こったバブルとその崩壊の影響は、こうして日本にも及ぶことになった。円高によってまず国内の輸出企業が打撃を受け、そこからドミノ式に国内企業に波及、日経平均株価の大暴落につながった。
 この爪痕は深く、しばらくの間、リーマン・ショック前に大型投資を実行したものの、売り上げの急減により経営が一気に悪化する企業が増えた。ダイナテックもそうしたケースにあてはまる。国内外ともに需要が大幅に後退した。
 それに拍車を掛けたのが、格安携帯の参入、iPhoneやスマートフォンなど携帯端末の多様化に伴う市場の変化だった。10年には中国における大口需要先だった海外の大手携帯電話メーカーが事業から撤退したことも重なり、以後、中国事業は悪化の一途をたどっていく。
 11年の東日本大震災後には国内需要も後退。結局、年売上高は08年3月期がピークとなった。以降は減収基調が定着、4年後の12年3月期には約16億2300万円と、08年から6割以上も落ち込んだ。この間、運転資金の導入によって借入金はさらに増加、12年ごろになると資金調達にも支障を来すようになっていた。
 需要減退、借り入れ過多、運転資金不足と厳しい事態に陥ったダイナテックは、金融機関の支援を仰ぐこととなった。
 その背景にあったのが、中小企業金融円滑化法だ。これは借入金の返済条件を緩和することにより、企業の経営改善を後押しすることを目指したもの。09年12月〜13年3月の期限つきだったが、その後の今日も、その趣旨は生き続けている。
●最後まで足かせとなった中国事業
 12年2月、取引金融機関との協議の末、元本の返済を棚上げする措置がスタート。膨らんだ借入金の返済が重荷となっていたダイナテックにとって、これが大きな支援となったことは間違いない。こうした金融支援は、基本的にダイナテックが倒産するまで続く。
 支援の長期化とは、見方を変えれば、経営は維持できても長期にわたって肝心の経営改善が進まず、成果が出なかったということだ。課題のひとつだった中国事業に関しても、業績の悪化に歯止めがかからなかったため、天津工場と深圳工場を相次いで清算するが、ここで多額の損失が発生する。
 当初、新たな成長への足掛かりになることが期待された中国への進出だったが、市場環境の変化にもさらされた結果、裏目となり、投資負担や清算コストによって資金繰りのさらなる悪化を招いた。市場の行方を正確に把握することは難しいが、厳しい言い方をすればダイナテックは市場予測を見誤ったことになる。
 中国撤退後は国内生産に特化。国内市場も伸び悩む中で、新規分野の模索にも注力して立て直しを図ったが、このころになると信用不安説が浮き沈みするようになる。
 返済は猶予されても、新たな資金調達は難しい。従業員削減、コスト見直し、役員からの借り入れなどで何とか経営を存続させたが、16年3月期の年売上高は約6億2300万円とピーク時の7分の1近くにまで落ち込み、5期連続で大幅赤字を計上した。
 最終的には、今後の給与支払いと手形決済のメドが立たなくなり、17年6月5日をもって事業を停止。パートを含めた42人の従業員を解雇し、6月30日には長野地裁松本支部へ自己破産を申請した。
●負債の9割近くが借入金
 申請時の負債は、債権者約133人に対し約35億8500万円。長野県内の倒産としては有数の倒産となり、製造業者に限ると負債30億円以上の倒産は約6年ぶりとなった。
 負債総額のうち、メインのメガバンクのほか政府系金融機関、地銀、信用金庫など6行庫が持つ債権は約31億100万円に達し、全体の86.5%を占めた。ダイナテックの借り入れ依存度の高さ、そして借入金返済が長年にわたり猶予されてきたからこそ、経営を維持できたことを物語っている。
 もっと早い段階で民事再生などの法的整理、あるいは再生支援機関の支援を仰ぐといった「抜本的な再建」に移行する選択肢はなかったのだろうか。
 こうした声に対し、ある関係者は「技術・設備面からみても、再生を進めるにあたって強みを発揮できるような核となる事業がなく、仮に大幅な債権カットがあったとしても、実効性の高い再建計画を策定するのは難しかったのではないか」と口にする。
 一方、ここ数年で急速に業績悪化したため、対応が後手に回った可能性があると指摘する債権者もいた。確かにリーマン・ショック、市場の変化、中国事業の不振、東日本大震災と矢継ぎ早に逆風が吹き、減少する売り上げと膨大な借入金のバランスが大きく崩れたために、具体的な再建策を見いだしづらかったという事情はあるかもしれない。
 金融機関などの支援を受けながら、経営改善を図っている企業は依然として多いが、その道筋が見いだせずにいる企業も決して少なくない。ダイナテックの倒産は、市場予測や経営判断、そして業績悪化からの再建・経営改善の難しさを示す事例となった。
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