大本営発表と神島二郎と

　本日、家から出たのはラズリの散歩のみ。
　自粛要請があったからではなく、朝、いつものように珈琲を飲みながら新聞を読んでいて、日本政府に対する不信感がいよいよ募った（というか怒りが頂点に達した）からだった。
　新聞紙面には毎日、お決まり事のように「世界の感染者数ランキング表」が載っている。
　アメリカ　24万6千人
　スペイン　11万8千人
　イタリア　11万5千人
　ドイツ　　8万5千人
　中国　　　8万3千人
　昨日、日本のPCR検査数を正確に知りたくて厚労省のHPを見た。
＜2月18日〜3月30日までの国内(国立感染症研究所、検疫所、地方衛生研究所・保健所等)におけるPCR検査の実施件数は、56,668件。3月31日分分は集計中。＞
　この5万6千はあくまで件数であって、厚労省が作成した表を見ると検査を受けた人は34,508人だ。陽性反応があった人が複数回PCR検査を受けたのだろう。で、検査で陽性反応が出た人の割合を計算してみたら6.3パーセントだった。
　たとえばアメリカはこれまでの積算で何件のPCR検査をしたのだろうか。スペインは？　イタリアは？　ドイツは？
　スゲだかスカだかよく知らないが、かれこれ2カ月近く前に「民間も活用して5千件/日」などと言っていた。お家芸の大本営発表か。
　日本の感染者総数はクルーズ船感染者なども含めて3843人だと、朝日の記事にある。たった4千人弱だ。世界ランキング表だと20位にも入らない。その程度でどうしてこれほど大騒動になり、首都圏や大阪圏の首長が外出自粛要請をしたり、日本の頭脳とでも誇るべきノーベル賞学者が立ち上がったりするのだ？　
　それはとっくに答えが出ている。検査数が他国より一桁、いや二桁少ないので、政府の発表が断片的事実に過ぎないからである。ガダルカナル島沖で米輸送船を撃破し敵兵死者600人、という「事実」の裏側で日本兵が6千人死んでいた、みたいなものだろう。
　で、正午のNHKニュースを見たら、アメリカ政府が日本の消極的な検査体制に業を煮やして「日本政府の統計は信用できない。早く日本から帰国せよ」と要請している、というような短い原稿をアナウンサーが一読した。何かと言うと感染問題に詳しいと称する専門家を招いてだらだらと話を聞くのが常なのに、こういう無礼なアメリカ政府の主張には20秒しか割かない、というのは公営放送としていかがなものか。
　天気のいい日に自宅で引きこもり、というのは普段だと落ち着かないものだが、自分が世界でいちばん危ない国の国民だと悟ったら、逆に出歩きたくなくなって腹が据わった。なので昨日買った分厚いハードカバー（『光の犬』）を真っ昼間の午後1時から開く気になった。
　午後3時前にラズリの散歩を早々に済ませ、帰宅後なにげに本棚から神島二郎の『近代日本の精神構造』を取り出した。たぶ手に取るのは40年ぶり。序説の10ページを読んでみた。
　神島が師と仰ぐ丸山真男の論を敷衍して、第二次世界大戦の日本的合理精神、巨視的パースペクティブでは「戦争の必然性」。微視的パースペクティヴに於いては「非計画性」と「非組織性」を挙げて、これらを結びつけるものを軍国支配者の「精神と行動様式
」について、この本で明らかにしたいというようなことが書かれてあった。
　で、第一部「天皇制ファシズムと庶民意識の問題」を続けて読み始めたのだが、30分ほどで飽きてきた。で、本を閉じようとしたところで気がついた。本のちょうど真ん中あたりに一枚のハガキが挾まれていた。大学生の私はここまで読んだという栞にしたのか、それともこの見開きに大きなサジェスチョンがあったのだろうか。
　消印を注意深く見たら、昭和53年7月30日・長野県白馬から投函された友人のハガキで、「しょちゅうおみまいもうしあげます。いま、白馬にのぼってます。とてもすずしいです　ゆきもたくさんあります。」と書かれてあった（原文ママ）。彼は大学の友だちなのだが、この鉛筆書きのはがきを見るかぎり、小学校3年程度の知能に思える。
　ハガキが挾まれている見開きを読んでみた。
　徳富蘇峰は、このままだと日本は「米化主義」と「露化主義」との闘争が起きるので「尚武主義」「国民皆兵主義」で挙国一致の必要性を力説する。が、国家奉仕の念なき上流階級は「国家の寄生虫」と言い、資本者側と労働階級側に挟まれた「中流階級」は悲運だ、みたいなことが書かれていた。これ、神島の説ではなくて徳富蘇峰の主張なのだが、授業に必要で購入させられた名著ゆえ、斜め読みでもしようものなら意味を正反対に掴みかねない論述だった。
　こういう本はとっとと捨てるべきなのか、それとも後生大事にとっておくべきか。
　また、これから長編『光の犬』に戻りたい。