チェアリングしよう！

　毎日30分から1時間半ほど散歩していると毎回のように、ちょっとした発見があったり、出会いがあったりする。
　たとえばこの数日で言えば、近所の貸しギャラリーで開催中のお江戸の絵師「ESOW」と旅する撮影者集団「川」がコラボした作品展にふらっと入ったり、友人のテレビプロデューサーと路地ですれ違って1時間も立ち話をしたり。社会に背を向けて生きている割には、日々誰かとの交流があって、それなりに社会的生活を営めている。ありがたいことだ。
　コロナウイルス騒ぎで観光客が激減しているらしいが、3連休だからそれなりに人出は多い。道行く人はみな、楽しそうで、私も浮かれ気分になる。
　今日も暖かだったので（まるで初夏を思わせる陽差し）、朝10時半、原付バイクで逗子へ行くことにした。といっても、ブックオフに行って、逗子図書館に立ち寄って、最後はOKストアでお買い物という実利的な行動だけど。
　一昨日の朝日・天声人語で「チェアリング」のススメが載っていた。川辺や公園などで軽量の折りたたみ椅子を手に歩き、好きな場所を見つけたら腰掛けて、持参した酒をゆっくり飲むというのがチェアリングらしい。風に揺れる葉や流れる雲など、普段はじっくりと見ることのない風景が目に入り、「そこが特別な場所になる」そうだ。なんと大袈裟な（笑）。
　が、ちょっと考えてみたら、私の住む街は海あり山あり公園あり寺社仏閣ありで、チェアリングに最適な地面はごまんとありそう。
　そんな新聞コラムをバイクに乗って思い出しながらブックオフに入店。今日はチェアリングで読む文庫、というテーマで文庫本を選んでみよう。
　テレビのプロデューサーと沢木耕太郎、藤原新也の話で盛り上がった。未読の文庫があればいいな。
　無名の人が書いた無名の文庫（ぶんりき文庫）の背表紙が目に付いた。引き出してみると、著者は1957年逗子生まれ・横浜市大卒の男性で、そもそもはデザインなどの仕事をしていたようだ。
　裏表紙に梗概が載っている。
＜東京のカタカナ商売に飽きて、海と実家のある小さな街に戻った政史は、川辺に建つ空き家の裏に、人目を避けて営業を続けるショットバーを見つけた。バーテンは役者崩れ、オーナーは酒乱のボートピープル……＞
　ドロップアウト小説だ、と謳っている。ダメ男小説は自分の得意ジャンルなので、大学生の同人誌を買うつもりで買い。
　沢木耕太郎の未読はあった、『旅の窓』。沢木が撮り続けてきた写真に短いコラムが付いた作品集だ。
＜旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景のさらに向こうに、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある＞などという序文を目にすると、かっこいい、先輩！　などと茶化したくなるが、こういう本がチェアリングに最適の書ではないか、と思うので、当然買い。
　久住昌之の『食い意地クン』、つい手に取って本文を開いてみたら、カレーライスだのおにぎりだのラーメンだのトンカツだのと、庶民的な項目が並んでいて、ちょうどお腹が空き始めていたものだから、買い。そうだ、チェアリングには自分で握ったおにぎりを持って行こう……。
　などと本を選んでいるとキリがない。チェアリングに持参したい文庫（新書も含む）、というテーマだとブックオフ的B級古本屋にはわんさとそれらしき文庫がある。
　適当なところで切り上げ、しかしよせばいいのについ2階にハードオフに足を伸ばしてみた。レジ前に安売りのバッグがワゴンセールで放り込まれていた。
　なにげに手に取ってみたら、ディズニーキャラの小さなポーチがあったり、名前を知らないエコバッグがあったり。（失礼な言い回しだが）ゴミの集積場だ。
　で、上から20センチくらい奧にある生成りの帆布生地をちょっと引っぱり出してみたら、これがバンズ（vans）のトート兼肩掛けバッグだった。今日はバンズのスニーカーを履いていた。お気に入りのシューズブランドだ。既にエコバッグもリュックもゴミに出したいほどに持っているのだが、これは買い。しかし、なぜか他のバッグと違って少々高かった。いつもこういう恵まれない値段付けに会う。
　図書館に行く時間がなくなってきたので、OKストアへ直行し、フランスパンとガーリックフランスとミニクロワッサン、たこ糸で縛られた焼き豚用の肉、天然鮭の切り身、韓国海苔、期間限定キャラメルコーン桜花味などなど、原付のコンビニフックに掛けられる程度の食料品を買った。
　帰宅後、バンズのバッグはチェアリング行きに最適、などと悦に入る。
　お堂にそっと置いて手を合わせ、「このバッグで楽しいチェアリングが出来ますように」などとつぶやく。御利益あるかな。