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2020年01月24日07:15

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落書き雑景

 落書きの代表は何と言っても文字や絵。それ以外でも文章(川柳は俳句の落書き?)、風景(ゴミ、廃墟)、風俗などへと比喩的に拡張することができる。落書きは偽物、悪戯であり、風景を汚すものというのが通り相場。落書き風景が絶景や美景と見做されることは滅多にないが、それでも皆無という訳ではなく、ミロやバンクシーだけでなく、多くの落書き作家とその作品が世界中の街に描かれ、その中の優れものが人々を驚かせ、楽しませている。
 その落書きは神社仏閣、公共施設によく見られるのだが、それが江東区の有明にも増え出している。有明は東京オリンピック、パラリンピックの施設が多くつくられ、そのことが街として認知され出したと考えれば、誇らしくもなくはないのだが、折角できた壁面や壁柱に繰り返し似たような落書きがマーキングのように描かれると醜い風景に変貌し、そこは歩きたくなくなる。特に、サインだけの落書きが繰り返しあちこちにマーキングされるとなると、オスの習性丸出しと不快感しかなくなってしまう。
 壁の目立たない裏側にTシャツの図柄に使いたくなるような落書きがひっそりとあるなら、何とも恰好いい風景と思ってしまうのが私のような老人の感性なのだが、どうも有明の落書きは自己顕示欲だけが目立つ、縄張り確保のマーキングのようにしか見えなく、それがとても悲しくなるのである。
 自然の風景と落書き、街の風景と落書きと比べると、落書きは街の文化で、大自然に落書きは似合わないというのが常識なのだが、田畑を使った落書きがあちこちで描かれていたりするのを見ると、田舎にも洒落た落書きがほしいなどと妄想してしまうのだが…雪国生まれの老人が思いつくのは雪面や氷面への落書きくらいだが、それも暖冬では無理か。

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