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mixiユーザー(id:64329543)

2019年05月20日06:18

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命名まつり

 概念、普通名詞、自然種(Natural kind)、ステレオタイプ、パターン、形、形態等、いずれも認識を単純明解にする工夫であると考えられます。どれも一種のマニュアルで、当てはめるだけで機械的に判断できる手立てになっているのです。見ているもの、聞いているものが何かを苦労せずに、ほぼ瞬時にわかることができます。それが既製品の知識と言われる所以なのです。使い捨てができ、手軽に修正もできる知識、今では「情報」と呼んだ方が適切なのでしょう。
 美人、筋肉質、痩身、白髪等々、私たちの身体を形容する名詞、絶景,断崖、高山、雪景色等々、自然を形容する名詞、このような例は枚挙に暇がありません。私たちの普通の認識は既成の概念を組み合わせたもので、それゆえに見ること、聞くことによるストレスは少なくて済むのです。ですから、経験がストレスを起こすほどである場合、その経験は余程大切な経験、あるいは異常な経験ということになります。「辰巳八景」という長唄がありますが、「深川八景」、「江戸近郊八景」等も同じアイデアを使ったパターン化された綺景です。ついでながら、深川八景とは、「二軒茶屋暮雪 袖ヶ浦帰帆 塩浜の秋月 一の鳥居夕照 永代寺晩鐘 木場の落雁 洲崎の晴嵐 佃島の夜雨」であり、江戸近郊八景となると、「飛鳥山暮雪 行徳の帰帆 玉川の秋月 小金井橋夕照 池上の晩鐘 羽根田落雁 芝浦の晴嵐 吾嬬社夜雨」です。
 日本百景、日本百名山等々、今でも風景や山水のパターン化された要約は観光と絡み合って沢山あります。では、妙高についてはどうなのでしょうか。それぞれの観光名所をまとめ上げてパターン化してみてはどうでしょうか。七巡り、三滝、三山等々、節度ある命名はタダで自由ですから、いくらでもアイデアは出てきそうです。人は言葉の生き物、ならば、その言葉を駆使して観光に利するのが人には自然なことなのです。
 「命名まつり」とでも銘打って、地元を表現する言葉を適確に増やすのも自然を楽しむ観光には必要だと思うのです。その一方で、昨今このような命名が溢れていて、識別が厄介になっているのも確かです。人は言葉を駆使し、言葉に溺れるもののようです。

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