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2019年01月28日09:28

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記憶と感情

 感情は学習され、記憶される。記憶はその感情に左右されて、想起や忘却が起こる。記憶の内容はしばしば感情と強く結びついているが、記憶と感情の間にはどのような関係があるのだろうか。記録と記憶のどこが共通していて、どこがどのように違うかを把握するためにも、こんな素朴な疑問に対して、素朴に見つめ直してみよう。
 感情と記憶の関わりは様々な方法で見えてくる。肯定的な単語、否定的な単語など、感情を含んだ語彙を使った実験や、参加者を快または不快な気分にさせ、その気分のまま記憶課題を与えるもの、強い情動や感情を喚起させる材料を使い、その影響を調べるものなど様々ある。また、既に起きた感情的な大事件を想起してもらうことによって、感情が記憶に及ぼす影響を調べることもできる。さらに、近年の記憶研究によって、実際には起きていない外傷的な出来事がまるであったかのように植えつけられる場合があることもわかっている。
 記憶には「記銘、 保持、検索」の三段階がある。感情は三つのどの段階にも関わっている。一般に、目立つ情報は記憶に残りやすい。目立つ情報は他の情報と区別しやすく、干渉を受けにくいからである。また、他の情報と様々なかたちで結びついている情報も忘れにくい。また、温和な感情は情報の弁別性を高めたり,精綴化することで記銘を促進することが知られている。例えば、大学生を対象に感情語と中立語を提示し,記憶やソースモニタリングを調べる実験がある。ソースモニタリングとは,対象をどこでどのように見たかという情報源を知ることである。単語の半分は青インクで,残りは黄色のインクで示された。学生は画面上の単語を一つずつ読むよう求められ,後に単語の自由再生と再認を求められた。さらに、想起された単語にどちらの色で呈示されたかの判断が求められた。その結果、快、不快によらず、感情語は中立語よりも再生成績が高く、またソースモニタリングの成績も高かった。感情語では特定の感情が喚起されるため、弁別性が高まるとともに、想起されやすくなるのだと考えられる。
 次は検索段階。一般に記銘された情報は手がかりがあると容易に思い出される。そして、感情はしばしばこのような手がかりとして働く。楽しい時には暗い音楽よりも明るい音楽が、悲しい時には楽しい音楽よりも静かな音楽が思い出される。このように、現在の気分がその気分と一致する情報の喚起をうながすことを気分一致効果(mood congruency effect)という。その気分に沿った情報が検索されたり、記憶にとどまらず、気分に一致する判断がなされたりする。気分一致効果の特殊なケースとして気分状態依存効果(mood state dependency effect)がある。気分状態依存効果とは、ある気分で記銘された情報は,検索時に同じ気分であればよりよく検索される、というものである。すると、悲しい気分で学習したことは悲しい時によりよく思い出されることになる。気分一致効果は現在の気分だけを問題にするが、気分状態依存効果は記銘時の気分と検索時の気分を問題にする。つまり、記銘時にどのような気分であったかが、検索に影響を及ぼす。感情に限らず、一般に、記銘した文脈と検索する時の文脈が一致していれば想起は促進される。これは記銘特殊性原理(encoding specificity principle)。気分状態依存効果は記銘特殊性原理の特殊な例であり、この原理は分脈依存原理と一般化してもおかしくないだろう。参加者を楽しい気分、あるいは悲しい気分に誘導し、その上で過去の出来事を想起するように求めた実験がある。その結果、楽しい気分の時には楽しい出来事が、悲しい気分のときには悲しい出来事が想起されることが多かった。また、思い出す際の反応時間を測定したところ、楽しい気分の時には悲しい出来事の想起に時間がかかり、悲しい気分の時には楽しい出来事の想起に時間がかかるという結果になった。このような結果は、特定の気分で記銘された事柄は、その特定の気分の時に検索されやすいことを示している。
 では、日常生活で起きる感情的な出来事の場合はどうか。まずはフラッシユバルブについて見てみよう。大きな事故、災害、あるいは事件の報道は人に強い感情的体験をもたらす。このような感情的な出来事の記憶のなかに,フラッシユバルブ記憶(flashbulb memory)がある。それは強い情動を引き起こす事件に関する記憶で、どのようにそのニュースを聞いたか、その時どこにいたか、誰がいたか、何をしていたか、どう感じたか、その後どうしたか等の情報を含む。フラッシユバルブとはカメラ撮影で用いられる閃光電球のことであり、ニュースを知ったときの場面が閃光電球のもとで撮影されたかのように記銘されることから、このように呼ばれるようになった。フラッシュバルブ記憶の研究では、ケネデイ大統領の暗殺、2001 年に起きた世界貿易センターのテロ事件、東日本大震災などが研究対象となっている。だが、スペースシャトルのチャレンジャー号が発射直後に爆発した事故についての記憶は3年後に40%の人の記憶が変容していた。フラッシユバルブ的な記憶でも、通常の記憶同様、リハーサルによって強化されるものであることを示唆している。
 自己に関わる思い出や記憶が自伝的記憶。肯定的および否定的な出来事についての反応は微妙である。様々な実験結果から、肯定的な出来事では「人物、事物」が多く言及され、否定的な出来事では「内的状態」への言及が多かった。また、話がどの程度一貫しているかを調べると、肯定的な出来事の一貫性の方が否定的な出来事の一貫性より低く、後者の方が一貫性が高いという結果が得られた。
 最後に、既述の記憶の抑圧と回復。感情的な体験は繰り返し思い出され、語られ、やがて上記のような一貫性のある記憶として定着するのだろう。一方で、極度に否定的な体験は、できるだけ考えまいとするうちに想起しなくなるかも知れない。フロイトは、人は極度に否定的な体験をした場合、防衛規制の一つとしてそのような記憶を無意識の世界に「抑圧」することがあるという考えを提唱した。このような考え方の示唆を受け、1980 年代後半から抑圧された記憶を「回復」する(想起させる)ためのセラピーが始まった。例えば、心理的な問題をかかえた人に対してセラピストは「あなたは幼児期に外傷的な体験をしたに違いない。記憶は抑圧されているが、そこから派生する負の感情によって心理的問題が生じている。記憶を回復すれば問題は解決できるだろう」と示唆する。このような示唆を受けたクライアントは催眠や誘導イメージ法を受け、夢解釈を行い、記憶を思い出そうとする。その結果、幼児期に受けた虐待や悪魔儀式の記憶が回復したとして、回復した記憶に基づく主に家族に対する刑事裁判が行われるようになった。だが、忘れていた出来事の記憶が回復しても、その出来事が真かどうかの判別は困難である。出来事があったことを示す証拠、例えば映像や目撃者があれば、事実であると推測できるだろう。だが、それがなければ、真か偽かの証明は不可能。これは既に強調して述べたことである。
 欧米では回復した記憶の信用性を肯定する心理学者と否定する心理学者との間で多くの議論が行われた。ある記憶が回復した場合、それが事実であるかどうかは多くの場合不明である。「実際にはなかった出来事でも回復したかのように感じられる場合がある」ことを懐疑的な心理学者たちは示したのだが、それは自伝的記憶の中でどのような意味をもつのだろうか。
 懐疑的な心理学者たちがとった手続は有名である。まず,実験参加者の親に調査を行い,参加者が子どもの頃に休験した出来事と体験しなかった出来事とを調べておく。次に,参加者にこれらの出来事を「あなたが子ども時代に体験したこととして示し、思い出す」ように求める。実際になかった出来事は参加者には思い出せないはずだが、それでも努力して思い出すように指示する。繰り返し想起を求めると、最終的には参加者の3割近くが実際にはなかった出来事を「回復すること,つまり偽の記憶がつくられる」ことが明らかになってきた。このような実験から、偽の記憶を形成させるパラダイムはショッピングモール・パラダイムと呼ばれている。
 ショッピングモール・パラダイムを用いた研究は多数行われている。実際にあった出来事となかった出来事を参加者に提示し、数回にわたり思い出すように求めるというものである。その結果、「悪魔が人にとりつくというオカルト的な出来事」であっても、回復された記憶として作り出されてしまうことが明らかになった。形成された偽の記憶は後の行動にも影響を及ぼす。偽りの記憶を植えつけることによって、食べ物に対する行動を変えてしまったこともできる。「対象となる出来事がありそうだと思わせる、補強証拠などを引き合いに出し、そのような個人的体験があったと信じこませる、視覚化を伴うイメージを用いる」といった手続で偽りの記憶を効果的に形成できるのである。

記憶は主観的な記録である。脳内の記憶処理プロセスを通じて正常に記憶されても、それは真偽が混在した内容であり、さらに変容を続けることになる。つまり、記憶は動いている。それゆえ、正常な記憶の処理と、誤った記憶内容は両立するのである。そして、感情となれば、記憶の処理と記憶の内容の両方に大きな影響を及ぼしている。

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