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2020年07月10日08:31

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女性性の崩壊

■「早く帰るつもりだった」=逮捕の母、虚偽説明か―3歳女児放置死・警視庁
(時事通信社 - 07月09日 15:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6151260



まだ昭和の30年代、わたしが中学生の頃、
 
担任の先生が言ってくれた言葉が心に沁みつきました。
 
曰く、
 
「いくら貧乏でも、お父ちゃんが飲んだくれで博打好きでお金を入れなくても、
 
お母ちゃんが頑張っている家は何とか持ち堪える。
 
しかし、お母ちゃんが崩れてしまった家は、例え裕福でもどうしようもない」と。 
 
 
昭和・平成・令和と時代は経過しましたが、
 
この流れには、ある明確な特徴が見受けられますね。
 
それはつまり「女性性の崩壊」「母性の枯渇」です。
 
昭和の時代までは、女性には本能的に備わった女性としての優しさ、
 
つまり、母性が存在すると信じられてきました。
 
それが幻想であったと思い知らされる転換点となった時期があります。
 
 
それがいわゆる「バブル」と呼ばれた醜悪な時代でしたね。
 
この時期を境に特徴的に現れた社会現象で、
 
女性が止めどなく堕落していった時代です。
 
 
,泙困海譴蓮△い錣罎襦崟田離婚」と呼ばれる現象に現れました。
 
「性格の不一致」を筆頭に、いとも容易く離婚してしまう男女が増えました。
 
結婚する相手が、性格の不一致、生育環境の違いなど当たり前なのにね。
 
それを長い葛藤を通して融合していく道のりが「夫婦」というものだったのにね。
 
 
その結果家庭が崩壊し、折からのジェンダーフリーの風潮に乗って、
 
「女性の自立」という、実に軽薄なイデオロギーが吹聴されましたね。
 
そして「気に入らなければ取り換えればいい」というイージーな生き方、
 
つまり結婚相手すら「消耗品に過ぎない」という考え方が支配しました。
 
 
△修發修癲峅板蹇廚箸いΔ里蓮⊆匆颪虜脳単位であり、
 
世間の荒波を防ぐ防波堤であり、安心・安定を与える砦で、
 
どんな犠牲を払ってでも守らなければならない、人生の基盤だったはずです。
 
その防波堤を自ら投げ捨て、男も女も自分一人で世界に立ち向かえ、
 
と唆すのが、こういった醜い風潮だったわけですね。
 
 
平成に入ると、バツイチ男女が大手を振ってマスコミに登場しました。
 
昭和の時代には滅多に見られなかったバツイチたちが、
 
平成ではごく身近に見られるようになったことは、みなさんもご承知でしょう。
 
バツイチでも立派に社会人として働き、子供を育てているならいいですが、
 
その大多数が、どこか歪な生き方を強いられているのが明らかな特徴です。
 
 
K寨茵⊇性性とは「安定」と「長期の見通し」を志向するものであり、
 
家庭に根を張って経済的にも精神的にも豊かになろうとする性質を持っています。
 
ところが平成に入り、これが大きく様変わりというか、崩れてしまったのです。
 
大阪の尼崎では、自分の幼い息子を虐待死させ、
 
ゴミ袋に入れて運河に遺棄した夫婦を始め、
 
児童二人を殺害した秋田の畠山鈴香に引き続き、
 
大阪でも自分の子二人を育児放置して餓死させた下村早苗など、
 
鬼畜かと思わざるを得ない女性の所業が社会を驚かせました。
 
 
これらの事件を境に、わたしたちは大きな意識変革を余儀なくされました。
 
つまり「女性の生まれつきの母性本能などは幻想である」という事実をです。
 
人間は「親になること」はできても、「親でいること」には不断の努力と
 
無数の自己犠牲が含まれていることを、彼ら彼女らは教えてもらっていないのです。
 
共通した特徴は、幼い頃から親に愛され学校で褒められた経験を持たないことです。
 
当然、彼女たちには、普通の人間として当然、身に着けていなければならない
 
最低限度の「長期の見通し」とそれを担保する「堪え性」がなく、
 
ただ人生に求めることといえば「お金」と「刹那的快楽」だけなのです。
 
 
殺人には至らないまでも、子供にとっては鬼でしかない母親が
 
この事件の背景には無数に存在することに、わたしたちは心しなければなりません。
 
 

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