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2021年01月10日18:33

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モンドリアンの生涯 3/

高麗川 次の方どうぞ。
苧婆谷 苧婆谷(おばだに)と申します。ええと、夢判断なんですが。
高麗川 はい。
苧婆谷 冬晴れの朝、いなかの県道をトラックで北に向かってたんです。広い平原でした。そうしたら、道の左になにかかなり高い、二階建てくらいの石碑があるところを通りすぎました。 ちょうど小さな橋を渡ったあとだったんで、なにか治水・利水関係の竣工碑みたいな立地なんだけど、それにしてはやけにノッポだし、書いてある大きな文字がどうやら文学的なんですよね。どうも詩碑らしい…、と思いながら前を通りすぎ、通りすぎながら読んだんです。こう彫ってありました。
「五方 塵(ちり)も無く かねさりを染めて 往(ゆ)きし哉(かな)」
――それだけです。印象としては、明るい気分になる夢でした。なにか感じるものありますでしょうか。ちなみに「かねさり」とは…、なんだか分かりません。たぶん衣服のなんかの部分か、襟足あたりの身体の一部か、どっちかのような気がします。それも併せて教えてください。
高麗川 待ってください…。ちょっと、感動しました。
苧婆谷 え、そうですか?
高麗川 あなた、その橋がどの川の橋か、心当たりがあるでしょ?
苧婆谷 そうですね、たぶんうちのまえの用水路だと思います。姥ヶ谷落としっていうんですが…。
高麗川 晴れて乾いた冬の冷たい田舎道をトラックで走る、というのは、これ以上ないような美しいイメージですね。そして川を越えたところであなたの精神が解放されて新しいステージに行こうとしていることがはっきり分かります。道の左に碑が出るのは過去を大切にしたいという心理の表れです、左は古きものへの愛を象徴しますから。書かれていることもいいですね。なんですか…、
苧婆谷 「五方 塵(ちり)も無く かねさりを染めて 往(ゆ)きし哉(かな)」
高麗川 「五方 塵(ちり)も無く かねさりを染めて 往(ゆ)きし哉(かな)」――。あなた三〇代くらいですよね…。三〇代にして、おそらく子育てとかされてる方にして、この無頼。実直でオープンな無頼。震えました。ありがとう。
苧婆谷 いい夢なんですね?
高麗川 もちろんです。
苧婆谷 ありがとうございます。
おみなえし (隣に)もう終わるよ、マキちゃん、言っちゃいなよ。
友人 やっぱいいよぉ…。
おみなえし 言っちゃいなったら。
高麗川 どうぞ。ご遠慮なく。
友人 あの――。初めてうかがいました。妻沼の差鍋(さすなべ)と申します。
高麗川 ほう?
友人 え?
高麗川 いえ、どうぞ。
友人 少し、家庭のことでご相談がありましてうかがいました。でも…、ここはそういう場じゃないかもしれないなあって…。
信者3 そういう場ですよ多分。ひとに聞かれたくないことでしたらあとでまた時間取りますし。
友人 いえ、それはご迷惑ですからここで言いますけど…。
高麗川 緊張してるんですね。
友人 はい。
高麗川 もっとテキトーでいいですよ。ええと、妻沼のどこですか?
友人 日向です。
高麗川 ああ、じゃ、雄一郎さんの娘さんですか?
友人 …そうです! なんで知ってるんですか?!
高麗川 いやあ地元ですから。マキさんね、あれですか、もしお父さんの女性関係でしたらそれは疑わなくていいですよ。あれはそっち方面はきわめてオクテです。家庭に問題起こすような男じゃありません。
マキ いえ、そうじゃないんです。そんなにうちのことご存知なら話が早いんですが…、実は父の仕事のことで。
高麗川 内水面機構ですよね、独立行政法人の。すぐそこの利根大堰の…今は重役でしたか。
マキ はい。いろいろあって今は埼玉統括部長をしてます。
高麗川 そうですか。そして?
マキ はい。利水のことなんです。
高麗川 利水。(ちょっと乗りだし)なるほど。
マキ この大圦(おおいり)集会所の前でふたつの用水路が交叉しています。ひとつはサイフォンで伏せ越している鷹巻導水路、
苧婆谷 (ふと)…導水路?
マキ …はい。(気にせず)その上を掛け樋で跨ぐのが北河原用水です。交叉地点から北河原用水を一キロくらい遡ると中条堤があって、堤防をトンネルで上流側にくぐると妻沼の日向に出ます。
高麗川 そうですね。
マキ 中条堤っていうのはご存知の通り、洪水が下流に行かないように、腕みたいに水を抱えて溜池にするためにあります。
高麗川 そうです。
マキ だから堤防の下流の行田側はいつも洪水をまぬがれて、上流は反対にいつも水浸しでした。
高麗川 その通り。ひどい話です。
マキ 堤防の上に立つと、下流側には大きなお屋敷や神さびた大きなお寺とかがいっぱいあるんですが、上流側はいまでも荒れ地でヤブガラシとぺんぺん草が生えてます。
高麗川 そういえばそうですねえ。
マキ 父は――、埼玉の利水のいわば統括責任者です。もう洪水の脅威のほとんどなくなった現代ですから、堤防いっこで区切られたようなこんな格差をなくしていくことが、父の本来の職務だと思うんです。
高麗川 なるほど。
マキ でも、どうやら父は、北河原の部落から…(ためらうが)なにか貰ってるようなんです。
高麗川 (さえぎって)ちょっと待ってください。それ、言っちゃっていいんですか?
マキ はい。随分悩みましたが、正規のルートで告発したら、父のしていることすべてが社会から否定されることになると思うんです。ですのでこういう場で…噂みたいな形で相談するのなら…なんていうんでしょう…責任問題とかではなくて、父に、間違ってると思うから直して、改めて、と言えると思ったんです。
高麗川 なるほどね…ふむ…(急に)――おみなえしさん!
おみなえし (不意をつかれて)ひゃ、ひゃい!
高麗川 これ、あなたが仕組んだでしょ。
おみなえし あ…、あれあらあらあれ…。あの、その、えと、そうです、はい。
高麗川 おみなえしさん。
おみなえし ひゃい…。
高麗川 僕が…何を言うか分かりますね?
おみなえし (恐縮して)ひゃい…。
高麗川 あなたには面白半分に人の人生を動かそうとする悪いクセがあります。
おみなえし (弁解して)面白半分じゃないです!
高麗川 じゃ責任取れるんですか。
おみなえし あー、それはそのー…。(困る)
高麗川 マキさん。ちょっと待ってくださいね。あなたに答える前に彼女の意図を明らかにします。
おみなえし いいですよそんな…、
高麗川 だまらっしゃい。おみなえしさん。
おみなえし はひ。
高麗川 何も責めませんから。
おみなえし は?
高麗川 何も責めないので、いまあなたが僕に言いたいことを包まず言ってください。それができるかどうかはあなたの人生にとってけっこう大事ですよ。包まず言いたいことを述べられますか?
おみなえし …ちょっと包んでもいいですか?
高麗川 なんですか?
おみなえし ダメかぁ…。
高麗川 真実が含まれてればそこを汲みます。全部が嘘でなければかならず汲みます。突飛な事を言っても大丈夫ですから、言えることを全部お言いなさい。
おみなえし いえ…。
高麗川 あなた不満があるんでしょ?
おみなえし ――じゃ言いますけど。さっき、二〇一二年問題は何も起こらないっておっしゃいましたけど、そんなことはないと思うんです。
高麗川 (呆れて)そこですか…。
おみなえし だって、だって、ネットでも本でも雑誌でもあれだけ言われてるんですよ?
高麗川 あのね、多くの人が言えば起こるとは限りません。
おみなえし でも、それにしてもこれだけ多くの人が予言してるんですよ。何も起こらないとは思えないです。
高麗川 ノストラダムスの時だって何も起こらなかったじゃないですか。山一の倒産しか起きなかったんだ。
おみなえし あの時はだって五島先生だけが言ってたわけでしょう。今は違います、すっごく大勢です。
高麗川 何が起きるんですか。
おみなえし リセットですよ。リセットとアセンションです。
高麗川 リセットとアセンションなら今年ずいぶん日本でも世界でも起きましたし、それに続く形で来年も起きるでしょうね。
おみなえし そうじゃなくて、もっと根本的に、――マヤ暦をどう思うんですか先生は。
高麗川 マヤ暦は循環暦法です。普通の暦法ですよ。単位が大きいだけですね。
おみなえし それがたまたま来年が切り替えの年になっていることに意味があると思わないんですか?
高麗川 マヤ暦も八卦も単位が違うだけで循環暦法であることは同じです。マヤ暦にとっての二〇一二年は干支で言えばさしずめ甲子(きのえ・ね)ですね。甲子はちょっとめでたい感じのする年です。原点に立ち返る感じがするからです。マヤ暦にとっても来年が新たな立ち上がりの年だということでいいんじゃないんですか、なにも反対しませんよ私は。
おみなえし いや循環暦じゃないんですよ。来年の12月11日で暦そのものが終わってるんです!
高麗川 そういう暦法がマヤ文化の中にひとつあったっていうことですよね。マヤ文明にはいくつもの周期を異にする暦があって、それぞれの暦がそれぞれの年を区切りに採用していた。そういうことどもを総合的に見ると、当のマヤにおいてさえ、来年を終末の年とする暦法は少数派でトンデモ説だと考えられていたのだと私は思っています。
おみなえし それはおかしいです、トンデモならなぜ今まで残るんです?
高麗川 日本書紀の一文曰(あるふみにいはく)と同じです。すべての説を網羅しておくことが文化の豊かさであるという自覚があったからでしょう。
おみなえし ホセ・アグエイアス教授の言ってることには反論しがたい説得力があると思うんですけど。
高麗川 あのね、ホセにマヤ暦のことを教えたのは私です。彼はそれを劣化コピーとしていま盛んに流布してるんです。
おみなえし …そうなんですか!
高麗川 彼から銀河研究所を設立するという相談を受けた時、私はそれはどうもカルトじみているからやめた方がいいと助言しました。でも彼は聞きいれませんでした。ハーモニック・コンバージェンスとか、時間の法則財団とか、どうも彼は自分のパラノイアに固執しすぎていますね。
おみなえし でも、それなら太陽フレアのことはどうなるんですか。デヴィット・ハサウェイの研究は。
高麗川 太陽フレアが来年活発化することについてはデヴィットやウェンデル・スティーヴンスのみならずNASAもきちんと取り組んできましたし、だいいち電波障害に関する問題ですから松下とかソニーみたいな普通の電気屋さんだって具体的に対応している問題です。終末論と関係づけるのはだいぶ無理があるでしょうね。
おみなえし でもフォトン・ベルトに地球が入ったら電波障害では済まないですよ。
高麗川 そもそもフォトン・ベルトと太陽フレアは別個の問題です。まだ観測されないフォトン・ベルトの傍証として太陽フレアが持ちだされているだけです。もし本気で太陽磁気を問題にするなら、ハクジラ類のソナー異常と集団座礁の関連から地震予知でもするのがよほど現実的だと思いますよ。
おみなえし でも惑星ニビルが来てるんです。それだけで生物が生き残れる環境ではなくなるでしょう。
高麗川 地球の数倍の大きさの惑星が彗星軌道で近づいてきているのにこれだけ高性能の望遠鏡がある現代でもあと一年足らずなのにまだ観測できない。ニビルはどこにあるんです? しかも三六〇〇年前とされる前回の接近時には目立った生物の大量死などは起きていない。その惑星、どうやらないと考えるのが普通でしょうね。どうもあなた、スピリチュアルな事象と物理的事象をごっちゃにしてますね。精神世界で感知できるほどの微細なシグナルは物理的に観測できない場合に初めて有効なのであって、接近する巨大惑星の観測とかいう目に見えた事象より優先にはならないんです。
おみなえし でもNASAがやってるプロジェクト・ノアは宇宙政府との連携で進んでるんでしょう?
高麗川 あのね、宇宙政府がむかーしから言い続けていることはたったひとつです。自然の流れに手を加えるな。運命に身を委ねよ。それだけです。人類がよほど大きな過ちを犯しそうになりみずから破滅に踏み込みそうになった時にだけ、ほんの少し手心を加えて正道に戻す。それが超古代から続く彼らの支配原理です。NASAが火星やタイタンへの移住を近々に実行するというようなことは人類の科学力から見てまだまだキャパシティオーバーでしょ? 人類自身だってそのくらいのことは分かります。そういうことに宇宙政府は手を貸しません。
おみなえし あの、いわゆるNASAじゃなくて、ネバダ沙漠にある方のNASAなんですが…。
高麗川 おみなえしさん。あなたはすべてをごっちゃに受け入れようとしている。精神世界に生きるということ、つまりすべてを受け入れて生きるということを、ジャンク情報に毒されることと平気で混同してます。いいですか。(確かに)刀根道の祈りの根柢にあるのは「願ったことは実現する」という信念です。僕らと世界は交歓し、僕らの願いと世界の願いがシンクロした時にものごとは成就するんです。そういう高度なトランスを実現するためには僕らのスピリットがつねに澄んで気高いものである必要があります。もう一度言いますよ、祈りは叶います。叶うから、正しく祈る必要があるんです。おみなえしさん、あなたはなぜマヤ終末論なんかを信じようとするんです?
おみなえし 心配だからです!
高麗川 心配すると世界は悪くなります。
おみなえし じゃあ先生はなぜ楽天的でいられるんですか?
高麗川 私には預言と天命がありますから。いいですか。終末論者のいけないところは、結局、変化を望んでいるところです。カタストロフによってリセットされる世界はイメージできても、その後の僕らの生活をまったくイメージしていないところです。イメージしない未来が実現するはずはありません! 未来を描かない信仰は百害無益です!
おみなえし でも――、
高麗川 生活なんていうものは、なるべく変化なく平穏に進んでいく方がいいんです。刀根道はその助けのためにあるんです。
おみなえし …。
高麗川 マキさんの話に戻りましょう。あなたは彼女を手助けしたつもりでいますね。
おみなえし 良かれと思って、です。
高麗川 それなら、なんですか、差鍋雄一郎氏の汚職、汚職といいますか、この場合公務員ではないので横領になるんでしょうかね、それを暴くことがなぜ、彼女にとって良かれなんです。
おみなえし え? だってそうすれば生活が、家庭環境が改善するじゃないですか。土地の人たちだって差別がなくなって今より幸せになるじゃないですか。
高麗川 そうでしょうか。
おみなえし そうですよ。
高麗川 改善できなかったら?
おみなえし え?!
高麗川 あなたは問題提起をしようとしています。でもそれが問題であることなんか誰が考えたって当たり前です。当たり前でも改善されてこなかったのには相応のわけがあるはずでしょう。雄一郎にとって、北河原部落や日向の幡楽(はたら)部落にとって、現在の差別的な関係が必要なものだったとしたら、問題提起なんて、提起されるだけで改善はされない可能性が高いです。
おみなえし でも、だってそんなのありですか?
高麗川 中条堤は高句麗移民や平将門の時代にまで遡る埼玉の治水の要(カナメ)です。そういう土地には積み重ねられてきたやむを得ない事情の集積があるものです。土地の怨念のようなものだったりすらします。あなたの告発はそれらを一気に解決できるんですか?
おみなえし だって先生、天下りですよ?!
高麗川 天下りの何がいけないんです。
おみなえし いけないでしょう!
高麗川 (落ちついて)差鍋マキさん。
マキ はい。
高麗川 あなたの家の前に沼があるでしょ。
マキ 五郎兵衛沼ですね。はい。
高麗川 そう。五郎兵衛沼からの流れが北河原用水に合流して、今この大圦集会所の前を流れています。
マキ そうです。
高麗川 その沼に流れ込んでる川がありますよね。
マキ ええ…、うちの前を流れてます。
高麗川 名前を知ってますか。
マキ いいえ。
高麗川 (おみなえしに)あなたは?
おみなえし いいえ。
高麗川 「さすなべ排水路」といいます。
ふたり ――え!
高麗川 どうです…。さすなべ用水のほとりに住む差鍋雄一郎氏は、果たして世にいう単純な「天下り」なんでしょうかねえ? もう少し深い事情がありそうですよ。(占って)私は彼に、木っ端役人や談合重役みたいなものよりも、長年その土地に棲まってきた「地霊」みたいなものをむしろ感じるんですが、どうですか? さすなべという名の由来は知ってますか?
マキ いえ。
高麗川 一説ですが、あの沼あたりの低地から中条堤より下流の平地に向けて、ひとすじのそそぎ口のようにひらけてる沼地の出口だったから、鍋から水をそそぎ出すようだったから「さすなべ」というんだと謂われています。ねえ、あなたがた。
ふたり …。
高麗川 あなたがたの持ちこんだ告発という方法ですね。これ、私が預かります。ですからしばらく保留しませんか? あの雄一郎が何をしようとしているのか、あなたがたの若すぎる社会正義の思想からじゃどうも読み切れないんじゃないでしょうか。あなたがたなりに、日向に何が起きているのか、調べてみてはどうです。
マキ そうかぁ――。分かりました。分かりました。ありがとうございます。
おみなえし (ちょっと困り)良かったね…やんなよ。
マキ (同時に)あんたもつきあうの!
高麗川 (同時に)あなたもつきあいなさい!
おみなえし あー、はぃぃ…。

一同、吹き出す。

信者9 あ…!

一同、見る。

9 (スプーンぐにゃぐにゃにし)――曲がった…!

暗転


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