モンドリアンの生涯　2/

信者４ はい。２点ありまして、ひとつは夢の話なんですが、坂道を下っていくと、途中でのぼうの城の長親(ながちか)さんに会うんです。で長親さん――野村萬斎さんなんですけど――が指す方に降りていくと、坂の下のちょっと隠れたところに洞穴みたいなのがあるんです。私は脇腹になぜかぽっかり穴があいていて、それがなんなのか知りたくて歩いてるんです。そうすると洞穴の口の所に三人の和服の女性がいてなにか言うんですが聞きとれないんですね。でもどうも誰かの不幸について伝えようとしてるような感じがしました。これは何なんでしょうか、ということと、あと、こないだ階段降りてて転びまして左手を捻挫したんですが…
高麗川 それは現実に？
４ あ、現実です。痛いなーと思って歩いてたら、最初にあったお婆ちゃんがやっぱり左手の手首に包帯巻いてたんです。これはどういう意味なんだろうっていうことなんですが…。
高麗川 なるほど。はい。その２点は同じことだと思いますね。まず野村さんですが、夢に出てくる具体的な登場人物というのはどんな場合でも自身に不足しているものを補うために出てきます。ですから成田長親と野村萬斎とどちらかか、あるいは区分キメラかもしれませんが、それをあなたは自分を補完する要素として求めているということでしょうね。それとあとはパターン分析で恐縮ですが、夢で三人官女が出てくるというのは、まず間違いなく祖先とあなたの霊を橋渡しというか、再会させてくれるために出てくるんですね。そしてあなたのおなかの穴と洞穴は、夢判断の考えから言うとあなたにとってもっとも重要な主題を示します。つまりあなたは記憶の坂を下っていって、まだ何だかよく思い出せない理由をもって、誰かに会おうとしている。そういうことだと思いますよ。そして会おうとしている人と左手の怪我は関係がある。そんなに急ぐ必要はなさそうだけど、たぶん…えー、父方の母方…、
４ 父方の母方…？
高麗川 父方の母方に、ちょっと具合の悪い人がいるはずです。ずいぶん長く会ってない人。もしかしたらその人に来年大きなアクシデントがあるかも知れないですね。もし会えるようでしたら、後悔しないように会っておくなり、関係を少し濃くしておくのがいいと思います。
４ …それは、若い人ですか？
高麗川 意外と若い人だと思います。よろしいでしょうか。
４ ありがとうございました。
高麗川 次の方。
信者５ 先日、あまりにも瞼がピクピクするんで、僕も八卦を揉んでみたんですがよく分からないんです。思われピクピクだとは思うんですが。
高麗川 右ですか左ですか。
５ 左です。
高麗川 じゃ、女性ですね。
５ よかったー。
高麗川 詳しく言うと、上の瞼か下の瞼かでも相手は違います。上だったら年下、下だったら年上です。どっちかは別に聞きませんが。ただ、必ずしも恋愛的なことが原因とは限らなくて、姻戚関係とか職場の関係とかの可能性もあると思います。あなたＳＥでしたっけ。
５ はい。独身で自宅ワークですので親戚とか同僚とかではないかなあ。
高麗川 くしゃみは？
５ くしゃみですか、すごく出ます最近。
高麗川 そんならごく近くにいる女性ですね。
５ あいつかぁ…。ありがとうございました。
高麗川 では次の方。
信者６ えーと、ひとつは友人からもらってきた質問です、これです。
高麗川 （読んで）これは答えだけ伝えればいいんですね？　そうですね…、まぁ悪い方に考えすぎているような気がします。内容についてはたぶんまったく語っては駄目ですよね？
６ いえ、少しならいいかも…ギャラリーもいますし。
高麗川 じゃ皆さんへのサービスとして、無害なように敢えてパターンでお答えしますが、白いヘビとサルとカメが出てきたと。動物の象徴は夢判断ではいろいろに解釈されるんですが、白くてこのみっつが出てくるとなると、間違いなく金運についての暗示です。しかも三者が争っていると。うーん、これ、ちょっとギラギラしすぎていますね。福を導くというよりは願望の映像化のように思えますので、この方にはしばらくの間「清貧」の心がけをお薦めしますね。末端の生活者のプライドに準じて、金運とかになびかずにまっとうに生きることが良い方向に向くコツではないでしょうか。
６ なるほど。
高麗川 もうひとつはＵＦＯですね。
６ はい。
高麗川 月のすぐ横に出ていたと。
６ はい。
信者７ （割り込んで）ああ、それは宇宙船ですね。銀河政府の派遣した観測船を見たんでしょう。
６ そうでしょうか。
７ そうですよ！　緑からオレンジへと、七色をぐるぐる交替したでしょう？
６ いや、私が見たんじゃないんで…手紙なんでそこまでは。
７ でもそうですよ。月に基地があることはもう映像でも配信されてますし。
６ 映像ですか。
７ はっきり証言されてますから確かです。
６ あのうそれは…、
高麗川 いや、佐藤さん、どうぞ述べたいことをお述べになってください。
６ いや…夢のＵＦＯの話なんですよ。林を抜けて歩いていくと、空にみっつの飛行物体があるんです。これはどういうことなのかなあと思いまして。
高麗川 それは高いところを飛んでいましたか？
６ そうですね、野原に出てすぐですから…このくらいの角度で。
高麗川 なるほど。みっつというのは棒みたいに並んでみっつですか？
６ いや、三角形に。そしてＬ字型に互いに動いてました。
高麗川 うん。説明しましょう。まず三角に並ぶということが、そのＵＦＯがアクティヴな運動体であることを示しています。それも単純に循環するのではなく、聖書の三位一体が単純な循環でないように、ある偏り・意志を伴った運動であることを示しています。Ｌ字型の動きというのはＵＦＯ学では最も基本的なシグナルでして、アポロ11号の乗組員がＬ字型のＵＦＯの動きを見た時のＮＡＳＡの音声記録は有名ですね。それとＬ字型の、水平から垂直への突然の移行というダイナミズムは古層の精神哲学、特にインド神秘学（タントラ）で古来いわれてきた、精神世界からの最も単純かつ力強いメッセージです。よくＵＦＯのなかでもＬ字型に動くＵＦＯはカメラに写らないと言われますが、これは物理的・光学的なメディアでは捉えられないくらい微細なシグナルなせいだからだと私は考えています。ひとの感覚が研ぎ澄まされている時、具体的には、脳波でいえば７ヘルツ前後のθ(シータ)波と２０００ヘルツまであるγ(ガンマ)波が瞬間的に往き来するナチュラルトランスの瞬間を刀根道のみなさんならどなたも経験済みでしょうが（みな頷く）、そういう時――だいたい一般的な時間帯でいうと午後２時台と午後９時台ですね――そういう時にＵＦＯのＬ字運動というのは見えてくる傾向が強いわけです。そして、ここで大切なのは彼らが送ってくるメッセージの内容を読み解くことではなくて、たんに横並びのオブジェを見せるのではなくして敢えてあなたに「動き」の方を見せようとしてきた、ということだと思います。つまりなんらかの動きがあなたの必然として来年あたり表に出てくる。それを導こうとして現れてくれた飛行物体なんでしょうね。
６ なるほど。銀河政府はそれほどまでにきめ細かに私なんかへまできちんとメッセージをくれているんですね。
高麗川 そうです。科学力というのはつまりは蓄積でして、今の銀河政府の比較的わやくな勢力の実力云々というよりは、彼らが多年つちかってきた歴史の長さが結局、この的確で行き届いた以心伝心なメッセージとなっているんだと思いますね。
６ どうも、ありがとうございました。
信者８ いいでしょうか。
高麗川 はいどうぞ。
８ ひとつにはですね、腕時計を買おうと思ってるんですが、ＡＢＣＤと４つ候補があるんですが、どれにしたらいいかなあと思いまして。よろしくお願いします。
高麗川 ふうん…。かなり迷ってますか。それともほぼ決めてはいるんですか。
８ 有力なのはあるんですがどうも優柔不断でして。
高麗川 あなたはＡがいいと思いますかねえ？
８ そうですね、まあＡです。
高麗川 ちょっと待ってください（占って）――私は、そうですね、Ｂがいちばんこう体にキますねえ。その次がＡ、次がＤ、最後がＣです。えーと、ぶっちゃけＣは欲しくないんでしょう？
８ あ、はい、まぁいちばんどうでもいいです。
高麗川 そうしたらＡかＢで選んだらいいと思いますよ。
８ 分かりました。
高麗川 それと？
８ はい。えーとこれはうちの娘の話なんですが、もうすぐ受験なんですよ。どこの神社にお参りしたらいいか訊いてきてくれと言われまして。
高麗川 大学受験ですか。
８ はい。高専ですが。
高麗川 ですと近所がいいですよね…行田でしたっけ。
８ はい。もう古墳群のすぐ麓あたりで。
高麗川 そうしましたら――、学業ということですとこれはまあ道真(みちざね)さんの管轄なんですが…、そうだ、では僕の生まれの日高町に日置(ひおき)神社というのがあります。日置と書いて古くはヒキと読みますね。ここは浅間山の噴火堆積の麓が関東平野に伸してきた突端にあるゆるやかな関東ロームの台地で、ヒ・キというのは「ヒがクル」ですから東に向いて太陽を拝み迎える意味、うずくまったヒキガエルのヒキですね、そして祭神はコノハナサクヤですからかつて浅間さんと合祀されていた感じが残ってます。ここが実はいま、さらに天神さんと合祀されて合格祈願の神社になってます。受験までに通える範囲ですとここが近隣でいちばん霊圧の強いところですかね。ちょっと遠いようですが、古墳群のすぐわきに壺中天という骨董屋さんがありまして、フライ屋の仙道さんの本店の隣で僕の親戚ですけど、そこが日高の日置神社の宮司の息子さんがやってるお店ですんで紹介してくれますよ。歩いていける距離ですね？
８ そうですね。
高麗川 名刺さしあげときます。（渡す）
８ ありがとうございます、ではさっそく伝えます。（もう携帯で電話していて）あ、ユウちゃん？　いま教主様から聞いたんだけどねえ、あの仙道さんの隣にねえ、五郎伯父さんの骨董屋さんで壺中天てあるじゃない…（以下モゴモゴ）
信者３ 次の方、どうぞ。
信者９ ええと――、スプーンを曲げたいんです。
高麗川 なるほど。
９ できるでしょうか。
高麗川 できます。
９ え…？　いや、あ、そうですか。でも…そうですか。
高麗川 あなたね、ちょっと僕の目を見てください。
９ なんでしょう…？
高麗川 曲げたこと、あるんですね。
９ え…はい…。
高麗川 じゃ、曲がるはずです。
９ いえ…そうなんです、でも…子どもの頃なんで…そうなんでしょうか…。
高麗川 （目をそらし）実際に起こったことなのに信じられない…。
９ いえ…！　信じたいんです。でも、曲がる理屈が分からなくて。
高麗川 ちょっと待ってくださいね。これですよね。（曲がったスプーン出す）
９ そうそう、こんな感じです。
高麗川 で、こっちに真っすぐなスプーンがあります。これ、どうです、曲がりそうですよね。
９ え…。
高麗川 曲がりそうです、このちょっとあったかい感じとか。まぁ…こうですか（ぐにゃぐにゃに曲げる）――黙って。いま、すごい、と言おうとしましたね（ひたと目を見）、それは言ってはいけません。そうそう、そうだよねー、と思うんです。すごくないんですこれ。ぜんぜんすごくない、普通のことなんです。スプーンなんて柔らかいものなんです。
信者７ （割り込んで）いま先生からスプーンへプラズマみたいなものが流れました！
高麗川 静かに。そうではないんです。
７ そんでチャクラが私の頭へ突き抜けました！
高麗川 おみなえしさんすこし黙って。いいですか、そうではないんです、みなさんも静かな気持ちで聞いてください。（声低く――）ものには本来の性質があります。本来の性質には物理的性質とフォースがあります。両方をあわせて存在なわけです。私たちは私たち自身をそんなによくは知りません。こういうスプーンならスプーンという対象についてはもっとよく知りません。知らないながらにつきあっているのがいわゆる「生活」ですが、生活は表層です。もし対象や自分をもっとよく知っているなら、僕らの関係はもう少し上のステージに行けるはずなんですよ。
信者３ ちょっとよく分かりませんが…。
高麗川 失礼。つまり、たとえば僕らにはもっと腕力があるかも知れないし、スプーンは普段思ってるよりもっとへなへなかも知れない。僕らはつい、自分とスプーンとの関係は物理的に一定だと思いがちですが、現にこうぐにゃんぐにゃんになっちゃいますね。僕が怪力の人に見えますか？
一同 いいえ。
高麗川 恥ずかしながら握力計とかだと10キロとかの人です。じゃあなぜ曲がるんでしょう。
信者４ 自己暗示ですか。
高麗川 いいえ、違います。僕と、スプーンとの、固定した関係性を解放するということです。分かりますか。僕という存在にはもっと幅があるに違いない。スプーンの性質にだってもっとずっと幅があるだろう。とすれば、その性質の幅のはしっこ同士が触れ合う時には、出会いをうまくすれば、僕のほんのちょろっとした愛撫でも、スプーンのいちばんメロウなところを撫でてあげるだけで、恋人のようにトロトロに溶けて曲がるわけです。どうです、なんかやってみたくなったでしょう？
信者７ なんか…やらしい。
高麗川 やらしくていいの。やらしいからいいの。どうです？
信者９ はい。でも集中できるかなあ。
高麗川 酒巻さん、ヘッドホンとアイマスクを。
信者３ はい。（出す）
信者９ なんですかこれ？
信者３ ヘミシンクです。
信者９ ヘミシンク…。
高麗川 静かなノイズみたいなものです。θ(シータ)波に同期する微音が入ってますんで、聞いているだけで制約された自己からちょっと解放されたような感じになります。で、そしたらいいですか、あれ…（聞こえてないのでヘッドホン持ち上げて直接低く）その間このスプーンの首のところを撫ぜていてください、そのうちじんわり暖かくなって、ハンダのように溶けて流れる感じがしてきます。そうしたらあとは力任せでいいのでぐにゃんぐにゃんにしてください。そこから先が新しい人生です。
９ 分かりました。（聴く）







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