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2020年12月23日08:32

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冬イチゴ

冬イチゴ
これは戯曲連作「風土と存在」第五十七番目の試みである





時 大晦日
場 山道
人 咲





ただいま! お姉ちゃん? いないの。寝てんの? 冬眠?(しばらく落ち葉を蹴って)♪甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし…。(ふと)お姉ちゃん。咲(さく)、帰って来たよ? ハッピーさんが、よろしくだって。♪君と会えたらハッピー、ハッピー、ハッピー、とても楽しいね…。おねえちゃんさあ、もういいじゃない、向こうも悪かったよって、言ってるよ? そりゃさ、ひどいとは思うけどさ、よかったじゃん、早めに見切りつけられて。あんね、出会いは偶然でも別れは必然だよ。格言。合わないと思ったらすぐ逃げる! 逃げ遅れると、あたしみたいになる…。うん…、今日も集会。駅前の、そう、塾だったとこ。ラーメン屋さんの二階の。え? いや住んではいないんじゃない? 住居って感じじゃないよ。え? 寝るとこ? さあ…知らないけど、ワンフロアと台所とトイレだけで、お風呂もなさそうだからやっぱうちは別にあるんじゃ…。なに、気になるの。いやハッピーさんだって親くらいいるでしょ。同居? 知らないよーそんなの! でも食べては行けてるんじゃない。あの何ていうの、鉱物…標本? 隕石とか、山梨の水晶とか、煙みたいな。けっこう何万とかの値段ついてるけど、買ってく人いるもんねいつも。あたしはそういうの、パワーストーンとか?分かんないからアレだけど。お金もないし。集会に来る人たち、よくお金あるよねーって思うわ。有閑マダムっていうの? まあ好き好きだからいいけど。講話は面白いしね。

ここにあまつひこひこほのににぎのみこと、かささのみさきに、うるわしきおとめにあいたまいき。ここに「たがむすめぞ」とといたまえば、こたえもうししく、「おおやまつみのかみのむすめ、なはかむあたつひめ、またのなはこのはなのさくやびめという」ともうしき。また「いましのはらからありや」とといたまえば、「わがあね、いわながひめあり」とこたえもうしき。ここにのりたまいしく、「あれいましにまぐわいせむとおもうはいかに」とのりたまえば、「あはえもうさじ。あがちちおおやまつみのかみぞもうさむ」とこたえもうしき。

まー、正直言うと、ちょっとスピっぽすぎるかなーとは思う。思うわ。歴史にしたって、えーそれ誰の説よってのけっこうあるもん。受験終わったからもういいんだけどさ、これちょうど試験期間中に聞いてたら混乱したわ、教科書とてんで違うし。え、どこがって、えーたとえば神社の話とか。富士浅間神社の祭神はコノハナサクヤじゃん。花みたいにパッと咲いてパッと散るのが火山と似てるからでしょ。これはガッコでやったし納得できる。でもハッピーさんとこだと祭神、イワナガヒメだっていうんよ。あのごつい姉さんの。いやいやそんなん聞いたことないし、イワナガヒメじゃ火山ぽくないでしょ華がないでしょって思うけど、それがよく聞いてみるとね――、富士だってあさまだって、噴火してる時間はわずかで、あとはずっとどしんと地に腰を据えてるだろうって。動かざることなんたらやろって。あー、そりゃまぁそうだなって思う、思うし、じゃ調べてみなよって言われて検索したら、あの伊豆のなんたっけ、シャボテン公園とこの、ああそう大室山?あそこの浅間社はイワナガヒメなんだって! あと下田の下田富士もやっぱりイワナガヒメで、実はここは駿河富士の姉君なんだって観光ガイドに書いてあった。だからね、姉妹のどっちがほんとの祭神なのかってことじゃなくて、これふたりでセットなんだって思った。ハレとケよ。華やかなお祭りと地味な普段の暮らしよ。

かれ、そのちちおおやまつみのかみに、こいにつかわしたまいしとき、いたくよろこびて、そのあねいわながひめをそえ、ももとりのつくえしろのものをもたしめて、たてまつりいだしき。かれここにそのあねはいとみにくきによりて、みかしこみてかえしおくりて、ただそのおとこのはなのさくやびめをとどめて、ひとよまぐわいしたまいき。ここにおおやまつみのかみ、いわながひめをかえしたまいしによりて、いたくはじて、もうしおくりていいしく、

暮らし…。なんかごめんねお姉ちゃん。あたし暮らしが手につかなくて。もうすぐバイトもするから。いまやっと開放されて、案外に進路決まって、三月まで宙ぶらりんな気分…。もやい綱ほどけて朝もやの湖をなんとなく流されてる感じかな。あったかくなったら芦ノ湖でゆらゆらボートで昼寝したい…。ごめんねお姉ちゃん、なんにもできてなくて。あたし、ちゃんとやるから。華ばっかり求めないで、大学でも基礎からちゃんとやり直すから。ふわふわしてないで、自分の専門探すから。見ててね。お姉ちゃん、元気でいてね。

「わがむすめふたりならべてたてまつりしゆえは、いわながひめをつかわさば、あまつかみのみこのいのちは、ゆきふりかぜふくとも、つねにいわのごとくに、ときわにかきわにうごかずまさむ。またこのはなのさくやびめをつかわさば、このはなのさかゆるがごとさかえまさむとうけいてたてまつりき。かくていわながひめをかえさしめて、ひとりこのはなのさくやびめをとどめたまいき。かれ、あまつかみのみこのみいのちは、このはなのあまいのみまさむ」といいき。かれ、ここをもちていまにいたるまで、すめらみことたちのみいのちながくまさざるなり。

はい。え、姉ですか? いや…姉のことは、すみませんあまり話したくありません。社会的にどうか…? そう、そりゃ、社会に適合できてるかっていったらそれはノーなのかも知れないです。でもいいんです。どんなになったって家族です。弱ってる時には家族が助けるしかないじゃないですか。そりゃ親にしてみたらね、二十六年間手塩にかけて楽しみに課金して院まで出してJTBにまでねじ込んだのがたった三ヶ月で精神破壊されてなんもできないよれよれクネクネ人間になっちゃって、そこですがるもんが欲しかったんすよ。何でも良かったんだと思う。で駅前のラーメン屋のマスターがたまたま、上にちょっと面白い人がいるよっていうんで、あたしとふたりで行ってきなよって…。それで? それで何だっていうんですか。はい。はいそうですよ! 仕方ないじゃないですか、あたしの方がウマが合っちゃったんですよその人と。はい? 顔? あたしの顔がなんですか。顔が気に入ったって、それあたしの責任じゃないでしょう? 申し訳ないけど、あたしの人生はあたしが選んでいきたい。出会いが偶然でも、どうつきあうかは偶然じゃありませんからね…。高校の人間関係から外に出て行くわけですけど、不慣れだし器用でもないけど、失敗してももうこれからはあたしの責任ですし。

かれ、のちにこのはなのさくやびめ、まいでてもうししく、「あははらめるを、いまうむときになりぬ。このあまつかみのみこは、わたくしにうむべからず。かれ、もうす」ともうしき。ここにのりたまいしく、「さくやびめ、ひとよにやはらめる。これわがこにはあらじ、かならずくにつかみのこならむ」とのりたまいき。ここにこたへもうししく、「あがはらみしこ、もしくにつかみのこならば、うむことさきくあらじ。もしあまつかみのこならば、さきくあらむ」ともうして、すなわちとなきやひろどのをつくりて、そのとののなかにはいり、つちをもちてぬりふたぎて、うむときにあたりて、ひをそのとのにつけてうみき。

(は? 今さら何言ってんの。あんた以外に誰がいんのよ。責任取るつもりないならなんで連れ込んだのよ。こんなさ、物置みたいな部屋の、布団ですらないソファーでさ。ハッピーさんが聞いてあきれるよ。なに、泣き寝入りすると思ったの? 高校生だから? ハハ、うち舐めんなよ、話したでしょうがうちの状況、鍛えられてんだよ並みより。残念だけどあんた逃げらんないよ、これからまっすぐうちに来て、両親に会ってもらう。は? 産む? 別れんだよ当たり前だろこの野郎!)

夢か――。うわー変な汗かいたわ…落ち葉だらけだわ…何やってんだあたし…。お姉ちゃん、じゃ、行くね? また来るから。あたしは花、お姉ちゃんは岩、ふたりでこの山道でまた会おうね。…え? いやなんでよ。また来るよ。来るな? え、男子? 男子とはまた古風な。あきら君のことならほっといていいよ、あれはああいう変な人だから。え? 心配してくれてんじゃなくて? ああ、祝福。祝福ね。えええ、あれと…? まーどーでしょーね。いやいやいや、照れてんじゃないから。そんなボケボケな関係じゃないし! 違うし。違うんだから。でも、最近思う。出会いが偶然なら、つきあい方も将来も偶然なのかも知れんって。強く生きるのが人生の作法だと思ってたけど、自分のことだからって自分で何でも分かってるわけじゃないんだなっても思ってきた…。そう…計画とは限らないんだよね人生。外部要因で変わっていく自分てのも確かにあって、てか、もしやそっちが主なのかも知れないし、どうなるか分っかんねーやって気持ちですわ! え、やだなあ、見抜かれてた? さすがの姉だね! あたしのスタンドプレイなんて不意に来たUFOとかETとかと出会ってボーッて火が点いて木っ端みじんになるとこから、これからの人生は始まるのかも。あきら君、そのうち紹介するわ。別れなかったらね! 

山道を杖突き歩いて
指先は凍えるほど冷たい
迷わず通りすぎてしまえ
そう言われてもあたしは弱い
あなたが石に帰って
あたしは地べたを這って咲く
ふたりでひとつの世界よ
そう今が何より大切で

マンガみたいだね
あなたのサドルに割り込むね
甘い匂いの木イチゴか あたしは冬イチゴ!
今年ももう終わる
どんな明日か知らないよ
出会い 驚き 人生はすすむ
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