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2020年11月29日09:27

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夜郎別記

夜郎別記

これは戯曲連作「風土と存在」第五十六番目の試みである





時 前三〇年、初夏
場 成都
人 成帝
  趙飛燕
  蟬





前段

蟬 御前に。
成帝 おもてを上げい。
蟬 いえ。畏れかしこみますれば。
成帝 苦しうない。上げい。
蟬 はあ。ぐい。ぐい、ぐい、ぐい。(きわめてゆっくりと)
成帝 (息を呑み)美しい。蟬(せん)と、申したな。その口覆いも、取れ。
蟬 いえ。これを、取らぬためのお目通りでございます。
成帝 (癇にさわり)取らぬか。
蟬 どうぞこればかりは。
成帝 (怒って)衛兵。この者を捕らえよ。
蟬 しばらく。成帝陛下。しばらくお待ち下されませ。大急ぎで申します。何を隠しましょう。わたくしの声には、毒がありますのです。いま誰もが恐れているその毒を、まさに防ぐためのこの覆いでございます。
わたくし、来てしまいました。成帝陛下。来るべき時ではないはずかとも、さんざ悩みました。お聞き及びでいらっしゃいましょう。「声の毒」。夏の時代より度々言い慣わされて参りました。面と向かい語りかければ声から声へと毒が伝わり、聞く者の胸に熱を起こし、ごうごうと鳴らし、やがては魂を焼き尽くすこと。懼ろしい病でございます。それがです。麻の織物一枚、茶香を焚き込んで介せば、毒はどうやら他人様に、届かぬことも知られております。何卒、しばしお聞き下さいませ。
申すまでもざいません。われらが夜郎のことでございます。夜郎と呼ばれるわが山のさとに、いま毒が満ちて、常になく弱り切っていること。ここを機会と乗じ、かって漢中王すら攻めあぐねた天嶮の数(す)百年を、陛下が、今こそ覆そうとなさっていることも、わたくしどもてんから察してございます。いえ、お隠しにならずとも、もし立場をたがえ、わたくしが陛下やお后の壇にいます身ならば、やはりそうするはずです。われらが王、興(ラポーラ)は、じっさいもう、そのことについては諦めております。どんなものにも栄えと終わりがある。何代か前の滇(てん)の王が申したそうですね、我が地と漢帝国と、いずれが大なりやと。使者の方々は不遜とお笑いになったそうですが、同席したわれらが興は深く頷いたと申します。大小はしょせん時の水もの、大なる長江が泥を溜まらせ水を腐らせることもありましょう。ささいな渓川が岩を穿ち山を覆すこともあるのです。天命はどこにくだるか分かりませぬ。ほ、やはり不遜と思われますか。なぜ素朴にお信じになられる。呂(りよ)氏に踊らされ劉家がたちまち傾いたのが、漢の初めの数十年ではございませぬか。ええ、お斬りになりたくば斬られるがよい、もとより覚悟の上でございます。ですがわたくしは戯れ言を申しに参ったのではございません。滅びゆく国には、滅びゆく国にしかできないことがございます、ゆえ。
そもそも国とは何でございましょう。夏と周を思い、堯舜禹の徳を求め、孔丘孟軻の教えに学ぶ。それは儒です。儒ではあっても国とは違う。中原で通用しても、牂牁(そうか)の奥では何ほどのものか。また武とは何でしょうか。孫の陣取り用兵は、河北江南で使えても西夷の山ひだをどうして越えられましょう。渓ごとに武や国の考えが違い、沢ごとにことばすら違って通じぬ。そのような民を理解できないからこそ、あなた方は多年、夜郎をあしらいかね、滅ぼしあぐねてきたのです。そうでございましょう。
はい。毛頭、生きて帰るつもりなどはございません。ごらんくださいまし。(荷をほどき)これは、釜です。わたくしどもが鉢かづきの国と自称する所以でございます。ひとりびとりがみずからの釜をもつ。ひとは釜から生まれ、釜とともに育ち、老い、死ねば魂は釜に収まって地に埋められる。生きて帰ろうとは思いませぬが、たとい野ざらしの刑に処せられようと、首さえつながっておればこの頭、釜に差し込んで果てるつもり、そして長の時を天より眺める者と変じて、この成都から天空へ、ひと筋の虹のように昇るつもりでございます。われらの覚悟と申しましょうか。
陛下。趙飛燕様はいかがご注進なさいます。ごくごく細く怜たくお美しい。環肥燕痩とはよく申せ、あのすがるの腰で輿に載り、皇帝陛下までお動かしになられる天下の乱れ。いえこちらのことでございます。なるほど、そう、あの方ならそうでございましょう。万難を排し一気呵成に攻め滅ぼせと。孫武の兵法も蒼白ですな。あわてる軍師の方々が目に浮かびます。口真似ましょうか。「とんでもござらん。いかな天嶮とはいえ流行り病には打つ手もないこと、ここで危うく焦って攻め込めば、半年早い調伏が祟り、都邑の声まで蝕みますぞ」と。妥当でしょう。それなら陛下、迷う時ではございませんね。なぜ軍議を止めてまで、ご判断を遅らせなさる。
当てましょう。劉家の、勘でございますね。呂氏趙氏の類いには遂に分からぬ、身の処し方、人心の読み。高祖の善政も徳というよりは民への畏れゆえに成しえたことと、よく分かっておられましょうからな。え、なぜ分かるかと仰られますか。それは、わたくしもまた王の娘ですので。はっ。
控えろと。(斬られた首の血を舐め)どうなさいました。皇帝陛下。天子たる者、もう少し気を太くお持ちなさいませな。思えば漢は大きくなりすぎました。北狄西戎を攻め食い太らねば民もいくさも立ちゆかぬほどの巨大さは、そのありようそのものが悪でしょう。天子といえども生身の人、これほどの悪を背負って生きるのは塗炭の苦でしょうなお察しします。厭ならお辞めなさい、代わりはいますよ。むかし殷の君太甲は不明であったので、宰相伊尹は、君を桐宮に放逐しました。漢朝では昌邑王が位に即いて、わずかに二十七日のあいだに三千余の悪事があったので、大将軍霍光が天子の宗廟に告文をたてまつって、君を廃しました。わずかに三代前のことにございます。そののち宣帝陛下の中興、元帝陛下の儒式とあって、さて今でございます。匈奴は治まり、さて西南夷といったところでございましょう。陛下。陛下はその任を愉しんでおられますか。われらを滅ぼす算段に、胸が気をほとばしらせる、そんな思いをお待ちですか。蟬、おそれながら巫覡として申せば、からからからから(占って)、せみは高みで鳴き、ひとごころのひたなかに突き入ります。陛下。あなたはただ倦んでいる。劉であるというだけで王の座にいますことに厭きている。賀の悪行も詢の賢明も奭(せき)の妄執もあなたにはないわ。ただこの成都に望楼を設け、酒食にすら耽らず、蜀の山襞に棚引くもやかのように、はかなく日を費やしているばかり。なぜそうなの。ただ一筋の山道を拓くこともせず、まして戈矛(かぼう)を交え財を商うこともせず、西山には沈む日月のみあるかに過ごせるのです。ほんの尾根向こうでわれらがはるか二万里の胡国と結び、漢を脅かすとはなぜお考えにならない。そもそもその怯えがわれらを敵同士としてきたのでしょう。まじめに闘って下さいよ。
では、用向きに入らせていただきます。え? 恭順かと? 和平や恭順で済むはずの時期はもう過ぎました。あなたが無聊をかこっておいでの暇に我らは充分に鋭気を養っておりますよ。西南夷には十指をもって数えられる部族がおり、夜郎が最大の国。その西方の靡莫(びばく)の諸国も十指をもって数えられ滇が最大の国。滇以北には十指をもって数えられる部族がおり邛(きよう)都が最大の国。それら諸国の西、同師から東、北は楪楡(ようゆ)までの地域は雟(すい)や昆明(クンミン)という名で呼ばれ、土地は約数千里四方。雟から東北の地域には十指をもって数えられる部族がおり徒(し)と筰(さく)都が最大の国。筰から東北の地域には十指をもって数えられる部族がおり、冄駹(ぜんぼう)が最大の国。冄駹から東北の地域には十指をもって数えられる部族がおり白馬が最大の国。以上、すべて巴と蜀から西南にあたる国外の蛮族。その蛮族を背に負うて今、問いましょう。我らと漢と、いずれが大なりやと! おや、震えておられるのですか。さもありましょう。匈奴や越南にもまして得体の知れぬ、ふふ、者どもでしょうからな。我らが王府から西へ一万五千里の彼方、パルティアの首府クテシフォンなどと申しましても皇帝陛下よ、まるでちんぷんかんぷんでしょうなあ。
ですので恭順は致しません。さりとて敢えて乱世を求めもしません。私らは辺境での根の張り方は知っていても、帝国式の攻防の経験は皆無に等しいですからな。お互い、乱戦で疲弊することもないでしょう。そこで。妙案がございます。陛下、人払いをお願いします。ありがとうございます。(囁き)ラポーラを、お殺しなさいませ。我が父ではありますが、これ以外に方法はございません。兵は王がいなくなればたちまち腰が砕けます。逆に王さえ残っていれば終いのひとりになるまで元気に闘うでしょう。わたくしがここに送られたのは成帝陛下とラポーラとの面会を取り持つため。わたくしが無事に帰り着くことが陛下が面会の儀を認めた何よりの証拠と夜郎は判断するでしょう。場所は濾州がよろしいかと。老窖(こう)酒の美味いところです。山の麓で長江を挟み両軍監視のもと、船上の幕舎にて酒宴でもなされればよい。高度な腹の探り合いになりましょうが、漢には即時西南を滅ぼす意志のないこと、父へは私からようく含めておきます。まさかに娘が裏の糸を引くとは思いますまい。え、なぜ自軍を裏切るのかと? 裏切るわけじゃないです。
これは、巨大な龍であらせられるあなたにはなかなか分かりにくいことだとは思います。我々は、この疫病禍において、みずから滅ぶ道を採ろうと思うのです。いえ、人が滅ぶのではありません。人を生かすために、国がみずから滅ぶのです。国が穀税を取り立てるのは大きな事業を動かしてお終い民に戻すためです。公正な還元が期待されるから、民は嫌々でも税を納めるのです。しかしながら、声の毒。恥ずかしながら王家として、これにはまったくのお手上げです。ばたばた倒れていく民に私らがしてやれることはほとんどありません。ただなるたけ人に会うな、野良にも出るな、呑みにも行くな、歌舞音曲はしばらく控えよと、そんなことしか言えません。かれらのために出動する国庫の蓄えはなくもないですが、国の仕組みが複雑であれば複雑であることそのものが負担になり浪費になることは避けられないのです。けれども陛下、我々夜郎は幸いにして儒の国ではありません。天命が皇帝にくだるとは考えません。巨大な龍は巨大な龍であることを捨てたら王でいられないでしょう? 王がいなくば民も機能しないとお思いでしょう? そんなことはないんですよ。王も国も、廃止すればいいのです。そして民はバラバラになり、それぞれの谷で静かに生きていく。もとから国があったわけではありません、牛を追うたり、果子狸(クズリ)のようにライチや龍眼を摘んで暮らした少しの昔に戻るだけ。貧しくはありましょうが国に貢いでの貧しさほどではありますまい。どうです。国をやめることも、国の大きな仕事でしょう。



中段

蟬 さあさ、兵隊さんたち! 少ないけど今日もあたしからのお届けもんだ。いくさ場にだっていいこともあるさ。(釜より取りだし)今日はね、地元のちまきだよ。なつめ、曲がり竹、ぎんなんに菊の花。糯の赤米をぴかぴかに蒸し上げたよ。さ、食っとくれ、ここにありっきりだからね。そうそう、蜀の枸醤で味つけてあるよ。くこの根の枸醤はここでしか取れないんだ。仕込み方は秘伝。いなかに帰ったら母ちゃんに説明して作らせてごらん、うまく言やちっとは似たもんになるかも知らん。さあやっとくれ。あったたかァないが、マァ勘弁してくんな。(歌声)

 スサには白い崖と
 ステパナケルトの灯よ
 ふゆ来たり雪虫
 せぇろせりせりせろせりぃせ

 ナゴルノ高知の風よ
 セヴァン湖テチスの名残り
 はる来たれアネモネ
 せぇろせりせりせろせりぃせ 

 アララト舟を乗せて
 聳ゆる回廊の果て
 なつ吹くよ黒海 
 せぇろせりせりせろせりぃせ

 修道院ふたつに割れ
 家焼き去る主人よ
 あきディアスポラだね
 せぇろせりせりせろせりぃせ

(ふと)あれは。八人担ぎの輿に載ってくるのは。慰問か、現地視察か。露払いに楽隊までつけて、まぁ賑やかなことだ。ははあ、ありゃ相当みがいたね。元手のかかっているお顔だ。皇帝とはいえ中身は男、半分子どもみたいなあんな武器で来られたらたまったものじゃない。けど、なんだか妙だねえ。兵隊たちが見惚れない。あんなに禍々しい光を放ってるのに。それに本人もどこか苛立っているような。おや、こちらに気づいたようだ。
(平伏はせず)お初にお目にかかります、超飛燕様。女だてらに、進発地の陣立てをご見物ですか。お噂通りの烈女ぶりですな。ああこれですか? 兵士の皆様にささやかな糧をお配り申しておりました。漢の兵糧は不味いと評判ですからな。え、名乗れと。つまらぬ夜郎の使者ですよ。そちらの言葉で興と呼ぶ夜郎の王の娘です。成帝陛下にはもう陣外でお目通りしましたよ。ほう、ご存知で。陛下がお話しになられましたか。公式に参内したわけでもないので、黙ってらっしゃるかもと思いましたがねえ。あの人もあまり利発とはいえなさそうだ。いえこっちのこと。え、それで私を追っかけていらしたわけですか、これはご苦労様で。私の方には用件といって特にありませんが、ご用とあればうかがいましょう。しかしその前に、その輿を下ろしたらいいでしょう。何の立場で高いところから話そうというのか。無礼? いやいや無礼はそっちでしょ。あなたはいったい帝国の何です。陛下には許皇后様という立派な奥様がおいでなさる。後宮にお声がかかるのも稀なほど皇后様を寵愛なされてきた。そんな後宮に突然現れたあなたは、よそ国者の私から見ても、何か場違いというか? 落ち着きのない闖入者に見えますねえ。なるほど、素晴らしい美貌ではある。長安城外の下賤の者が、たいへん良く化けました。フフフ。いいね、その綺麗なお顔の奥にある、成り上がり者の野心。天命も何もあったもんじゃないわ。あら怒ったの。ほう、私を捕らえよと。(見渡し)誰も動きませんねえ。あのね、ここは都じゃないのよ。敵地に近づいていることをお忘れなく。皇帝はともかくあなたなどが、ハ、人心を集めているなどとはまず思わないことね。分かったら降りなさい。輿を下ろしなさい。
それで何なのです。後を追ってまで伝えたいこととは。使者ですから、伝えることくらいはしてあげますよ。伝わらない? 何よ伝わらないって、もう何も伝わらないって。ラポーラにはもう何も伝わらないって。分かるようにお話しなさいな。は? なんですって。え、まさかにそんなことが。いいかげんなことをお言いでない。おまえたちなどに我らが王都までたどり着けるはずがない。証拠がある? それは! この腕輪は、確かに父の。かしめてあるので嵌めれば二度とは外れぬ王のしるし。おお、何ということ。
なるほど、陣地を敢えて動かさず、山に慣れた殺し屋を差し向けたというわけか。あの皇帝がそんな狡知に長けた戦法を採るはずがない。するとこれはあなたの一存か。あなたに靡く軍師のひとりも股に銜え込んで。ひどい抜け駆けの大見得だな。あなたには政治が分からぬのな。こんな禁じ手で始まった乱がただで済むはずないだろう。漢帝国はかぶら矢も交渉も待ったなしの侵略国家だと、西南全域に瞬く間に伝わりますぞ。
それより何より、ぷっ、おまえのその得意顔。くくく、ハハハハハ、アハハハハ。おまえは、王の興を亡き者にして夜郎を滅ぼしたつもりだろう。漢皇帝と交渉に来た小国の不遜を嗤うつもりだろう。あーあ、腹がよじれるわ。興が、なぜ何代も前にも興だったのか、おまえたちには分からないのだ。どうせ世襲だと思ってるのだろう。違うよ! おまえらの認識には重大な欠陥がある。父を殺した? そんなことには何の意味もない。ラポーラとは人格でもなければ職能でもない。表向き夜郎の王ということにはしてあるが、それはただの概念なのだ。何百年も漢と向こうを張ってきた谷々の抵抗の概念の象徴としてラポーラが選ばれる。したがってラポーラとして行動する人間がたったひとりしかいない時もあるし、二十人近くに膨れあがる時もある、その時々の状況がラポーラを選ぶのだ。おまえらの送り込んだ殺し屋が父の肉体を抹殺したからといって夜郎が破壊されることはない。それどころか攻撃を加えられれば概念はますます強化される。
底が割れたな。下司のすることは、何をやったって結局しくじるのさ。趙飛燕とやら。もうおまえは終わりだよ。そうだ、おわりついでに夜郎の巫女としておまえの未来を見てやろう。いいかね、占いというのは難しいものじゃない。人の相には過去が現れる。それを読み取って将来起こりそうなことを予言するだけなのさ。そうさね、からからからから(占って)、今般の失敗にも拘わらず、おまえは後宮から追放されることはないだろう。それどころか許皇后様の崩御にともないみかどの寵愛はおまえに移りいっときの栄耀栄華を得るだろう。だが政治への興味を失ったみかどはおまえの肉体に溺れ、おまえの野心は発揮する行き先を失くす。やがて王は腹上死。そこから先は転がる石だ。みかどのいとこに王臣君、号を莽という者がおろう。そやつがおまえを排除にかかる。謀殺されるか、放逐されみずから縊れるかは知らんがな。それだけではない。成帝の悪政は帝国を芯から病ませ、立ち直れなくなるまでに落とすだろう。いっぽう王莽は劉家ではないから帝位にはつけぬ。とすればどうなる。漢帝国そのものを廃し、新しく国を建てようとするぞ。簒奪者の誕生だ。そのすべてを手引きしたのが超飛燕、いやさ本名趙波満よ、おまえの愚かな野心なのだ。おまえは稀代の悪女として数千年先の世にも知られることとなろう。しでかしたことの報いを受けよ。
なぜ私にそんなことが分かるかって? 言ったろう、過去を読み取る力さ。漢は確かに大きいが、東は海だし、他の三方は山と蛮族に塞がれて実はわずかのことしか知らないのだ。張騫がバクトリアで見てきたくらいのことは私らは普通に知っている。わが王府からインドやペルシア、ローマへは道が通じており商いも信仰も軍事もすべて流通している。エジプト、フェニキア、アッシリアの智恵も古典も学べるし訪問することもできる。むかしネブカドネザル王の御代にバビロン捕囚という出来事があり、ひとつの民族が故郷を失い放浪を始めた。そのすぐあと、おまえと同じハマンという名の者がその民族を滅ぼそうと奸計をめぐらせ当時の王をそそのかした。宮廷に王妃として潜入していたその民族の娘エステル、および父モルデカイは早々にハマンの謀略に気づき、先手を打ってこの者を討ち、民族を守り抜いたのだ。五百年経つ今もかれら父子の功績をユダヤは忘れず毎年同じ日にかれらを顕彰している。現在の夜郎と漢との関係は、この故事に酷似している。だから父は私が生まれるとすぐにエステルの甦りとしての教育を始め、そうして本日ことここに至ったのだ。夜郎王興がラポーラであるように、私も蟬などという名ではない。それはおまえたちが勝手に呼んだ蔑称だ。私の本当の名はエステル。聖書のエステルと同じ働きをするために生まれてきた女だ。

後段

エステル (マスクを外し眼鏡をかけ)従那時起已経過去二千年(cong na shi qi yi jing guo qu le liang qian nian)――。ここ成都は、今では四川省の州都、人口一六〇〇万人を擁する大都市です。超高層ビルが建ち並び、経済力・文化発信力では北京や深圳をしのぐとまでいわれています。天府の都は天府の都のまま現在に生まれ直しているようです。四川・貴酬・雲南は今でも中国で公認されている五〇あまりの少数民族の過半が住まう混住の地、彝族の私も大学を出てバイオ技術のオフィスで働いています。今年は在宅ワークに移行してごく現代的に暮らして来ました。そうそう、中国は建前は無神論の国ですが実は億をはるかに超えるクリスチャンがいる国でもあります。外資系にいると同僚や上司の民族や信仰は様々で、エステルという彝族にしてはちょっと変わった、でも割とたまにいる自分の名前について考える機会ができました。イは今では難しい字による雅称ですが歴史的には長らくえびすの夷、異民族に対する蔑称でした。エステルは異民族のヒロインだったんですね。
夏ごろから移動制限は布告されたり解除されたりを何度か繰り返して、今はワクチン待ちとしか言いようがないけれど、恐怖感もやや収まってきました。羽は伸ばしたいけど人混みは困る。それで今日、濾州から揚子江を越えてちょっと山に来てみました。ここかあ、このあたりが漢のはずれで夜郎からエジプト・ローマまでつながる南方シルクロードの始まりかあ。うん。よく目に焼きつけていこうと思ってるところです。





※「史記列伝第五十六西南夷列伝」、「旧約聖書エステル記」、船戸与一「神話の果て」を参考にしました。







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