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2020年01月26日10:15

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054 北区桶狭間 3/

4.

三太 (ひそひそと)早く、早く来いよ、逃げろ!
五助 (ひそひそと。以後ずっと)いってえぜんてえこれは、どういうことなんでえ!
三太 知るかよ。とにかくずらかるんだ。失敗だよ計画は。
五助 どこから射かけて来やがるんだあれは、姿も見えねえ。
三太 そうだな。佐賀藩のアームストロング砲…。
五助 なに?
三太 一里も向こうからさ。
五助 ばっ、そんな大筒なんてありゃしねえって…、
三太 ありゃしねえって知ってんのかよ。認めろよ!
五助 そんなこと言ったってよ、
三太 大槌で大筒にゃ敵いっこなかったのさ。
五助 おらあ明日はどこへ行こう。
三太 でけえなりしやがってから意気地のねえ。果ても当て処もねえ旅に出るのだ。
五助 おきやがれ。
三太 とにかく戻るぞ谷へ。土砂降りの乱戦になりゃ生きる目も出らあ。――あれっ?!
五助 なんだ。
三太 谷が…、どこだ、ここは。
五助 なんだ間違えたのか。
三太 そんなはずねえ。根岸からずっと谷陰を巻いてきたんだ。
五助 もう駄目だあ…、(膝を突く)
三太 諦めるとこかい! 立ちな。
五助 そうじゃねえ。目が、目が昏くてよう。
三太 血を流しすぎたんだ。くっそう…。おや。(幻を見)――ありゃ島じゃねえか。噴火口の崖が見えらあ。崖のとっぱなから、誰かぶら下がってる。ありゃ、サンピンの三太。何やってんだおめえ、釣りの餌かよ、ハハハ。…寒い。え? どうして島を出たかって? そりゃあ三代もの間、八丈で目に遭った恨みついでに名主の野郎をぶち殺して、囲われてた女とずらかったんだ、たいした話じゃねえさ。下田まで小舟伝いでどこをどう流れたんだかさっぱりだ。やっと陸にあがったものの、ふたりで乞食でもねえじゃねえか。とりあえず女を花街に突っ込んで、ハリスだペルリだ騒がしい江戸で何とかしようってんでいつの間にか平さんの子分。…寒い、目が、目が見えねえ。(倒れる)
五助 おめえもてえげえの怪我か。ちくしょう敵が大きすぎたな。見えるようだぜ、仙人峠を越えて数万の西国勢が黒菅に押し寄せるのが。(幻を見)おおい、館林と三春に伝えてくれ! 斬り込みじゃ勝てねえ、もっと策を考えろって早馬を飛ばせよ! なんとか雪が来るまで持ちこたえるんだ。でえじょうぶ半年やそこら、会津と庄内が頑張ってくれるさ。け、軍師も何もありゃしねえ、烏合蛙合の寄せ集めだぜ。…そうだよ、何でそれに気づけなかった。――魔法か! そもそもが兵法でも何でもねえお頭のあの…顔や気品のせえでだまくらかされ…ええい、言ってもどうもならねえ! こいつでもっぺんどやしてやらねえじゃ気が済まねえぜ。おや、ここはどこだ。誰もいねえ。冗談じゃねえぞおい。(倒れる)
平九郎 どうしたありさまだ、これは。
七厘 クククク…。
平九郎 七厘!
七厘 ウホッホホッホ。
平九郎 俺は何を見ているのだ。
七厘 ウホッホホッホ。乱世でさ。
平九郎 乱世。
七厘 お望みでがしょう、おさぶらいなら。内乱に次ぐ内乱、天下がやっと治まりゃあ海を越えて朝鮮へ、惨敗してしっぽ巻いちゃあ小さな政府にすがってまたぞろ内戦。そいつがおさぶらいのやってきたこの国の歴史でさ。
平九郎 たかが禅坊主が何を言う。
七厘 そのたかが禅坊主に任せっきりで浮き世の夢をしがんでたのがあんただ。それこそ禅寺にでも籠もってりゃいいものを、水戸だ会津だ天王寺だ、血筋のいいのを鼻に掛けやがって、みずみす部下を死地にさらす。ご大層なこってすなあ。
平九郎 どうしようがあったというのだ。
七厘 さてね。ロシヤにでも聞いてごらんなすって。
平九郎 おろしや国だと?
七厘 内乱脳じゃお分かりにならねえかも知れねえが、あっしにゃ見えまさあ、手ぐすね引いて攻め込もうっていう西欧列強の艦隊がね。
平九郎 そんなものは後回しだ。
七厘 三百年! 後回しにしてきたツケが今でさ。よろしいか。ここは島です。
平九郎 島? おのれ天下を島と言うか!
七厘 島でしょうが。閉じこもれなくなりゃ認めるしかねえよ。あんたの魔法ももう底が見えた。アームストロング砲はね大将、本郷から撃ってきてるてえ話だが、その実佐賀から、やさメリケン国から撃ってきてんです。
平九郎 撃たれる前に斬り込んで勝つ。
七厘 ならなぜそうしなかった。藍染川は根津で溢れて、彰義隊が手をこまぬいてる暇に西国勢はどしどし越えてきましたぜ。予期されてた雨なのに、奇襲掛けるどころか駆けられてりゃ世話はねえ。
平九郎 それが軍師の言い草か。
七厘 たかが禅坊主を軍師と見立てた。お笑い種ですなあ。
平九郎 貴様…(鯉口に手を)
七厘 おっと(飛び退き)待ちねえ。(拳銃)そう来るならこっちにも考えがあらあ。平さん。これぎりだ。
平九郎 義も何も地に落ちたか。
七厘 さぶらい同士でよろしくやってな!

銃声。倒れたのは七厘。

七厘 おお…、
イチ (ひたひたと近づく)
七厘 分からねえ…なんで…、
イチ 太陽が眩しいわ。
平九郎 太陽?
イチ さぶらいはきれいだわ。太刀と褌、それだけで生きていく。
七厘 く…なまぐさ…上等だい!(力尽きる)
イチ (不意に虚脱する)
平九郎 恩に着る。(鉢巻きをし)イチ。一緒に行くか。
イチ (呆然と)斬り死にに…?
平九郎 元はといえばそのつもりだ。(鉢巻きを渡し)な。ありがとう。(抱きしめるが、そのままくずおれる)
イチ (懐刀で刺していた)
平九郎 なぜ…。
イチ かっこわるい。(振りほどき)アハハ、からだが軽いわ…ふわふわ…こんな谷の底から…浮かんで…ふわふわ…からだが軽い…つむじから…空へ…みーんなあの空へ…鳥だ!

遺骸たち鳥になって消えていく。

イチ ここはどーこだ…音無川…消えていく…音もなく消えて…さよなら谷底…ひらひらふわふわ…さよなら…ここが江戸という、お芝居のおわり…あーあ!…抜けていくよ…頭の先から…何もかも…さよならみなさん…お芝居はこれで終わりです…誰もいない谷に辻風だけが吹くよ…さよなら、さよなら、アハハ――。 






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