【夜伽】ヴィーナスの誕生（その11）

「“ヴィーナスの誕生”はシークレットだから安心なさい」

声のする方を振り向けば　矢澤さんと…なおちゃんが愉快そうにこちらを見つめていました…

シークレット…　
トレーディングカードみたいなものですね、要するに「中身を開けないと分からない　レアカードみたいなものが設定されていて、お客さんはムキになって商品を買い集める」
レアカードに設定されていたのが“ヴィーナスの誕生”の真似事をしていた私なのでしょう…

…絶望的な気持ちを隠しながら　私はクラスの出し物の準備に戻りました…

…

文化祭は初日は校内のみの公開（在校生だけで楽しむ日）、二日目は一般公開でした…

私たちのクラスは縁日の模擬店をしました　法被を羽織って駄菓子や駄玩具を売るような企画ですね

「店番」の合間を縫って　自分たちも他のクラスの出し物を覗いたり　体育館で吹奏楽部の演奏とか　合唱部の歌を楽しんで…

いつのまにか美術部のことは忘れかけていました

…そして一日目が終わり　教室に戻ると

淀んだ空気が私を迎え入れました…

みんな私と目を合わせていいのか戸惑っているみたいで…

男子生徒の何人かが　慌てて鞄の中に　なにやら光るものを押し込めていました…

私には何が何だか分からなかったものの　その瞬間まで努めて“見ないようにしよう”と言い聞かせていた巨大絵画のことが気になり出しました…

二学期も三週間が進めば暑さは相変わらずですが　秋の陽はつるべ落とし…

平静を装って特別教室棟の外壁を目にして…私は目眩に襲われました…

飾られていたのは“泉”のポーズの半裸の少女…私でした…他の見ず知らずの女性には見えませんでした…

私は美術部の人たちの描画力に舌を巻くのと同時に　脅し交じりだったとはいえモデルを引き受けたことを後悔しました…　のぼせた気持ちのまま　普通教室棟と特別教室棟をつなぐ渡り廊下を歩き　特別教室棟に足を踏み入れると…

廊下の左右の壁に　美術部員の人たちの競作が展示されていました…

「他人のそら似」と云えば　言い切れたのかも知れませんが　二桁からなる美術部員が経緯を知っている…

そして、美術部の展示ブースに続く廊下のところどころに落ちていた黒く光るポリ袋を拾い上げて　全身の力が抜け落ちるような感覚に…

ポリ袋から出てきたのはポストカードでした…

今の時代（当時もです）、写真や絵を複製するなんて　ちょっとパソコンが上手だったり　デジカメ操作ができれば　学生でも出来ますよね…

ポストカードの絵柄は　美術部員の描いた、恥ずかしい姿の私が印刷されたポストカードでした…　

そこに描かれていたのは“レカミエ夫人”の真似事をさせられていたときの私の姿…

きっと“泉”も…

“ヴィーナスの誕生”も　こうやって袋詰めにされて　不特定の人に売られていたのでしょう…

美術部のブース脇に鎮座していた折りたたみ式の机の上には
デパートの切手・コインコーナーで売っているコインを保護するために使われるようなペーパーコインホルダー　〜正方形の厚紙の中央に丸い窓がついているもの〜　ですね




そしてジップロックのような、チャック式のビニル袋も幾つかありました…




〈一体何に使うのかしら〉

そう思いつつ美術室に足を踏み入れると

掲示されていた美術部のポスターに
「シークレットのカードの一部には、さらにお楽しみプレゼント“ヴィーナスの欠片”の引換券が封入されています」
みたいな文句が躍っていました…

またなおちゃんと矢澤さんが悪巧みをして　ポストカードに細工をしたのでしょう

〈ヴィーナスの欠片？…何のかけら？〉

困惑した気持ちを抑えながら　文化祭の二日目に備えて　私は校門を後にしました