mixiユーザー(id:6327611)

2021年03月30日00:44

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この映画は間違いなく“良作”だけれど、当時から褒める人は褒めていて“隠れ”てなんかいない。僕を含め、不勉強なだけ。エドウィン・シェリン監督「追撃のバラード」(1971)。

日本公開が1971年12月4日だそうです。つまり僕は社会人一年生で、大学生の時代に比べて映画に割ける時間が極端に少なくなっていました。まだ土曜日が休日じゃなかったし、9時から20時まで仕事という感じでした。←ということで、見逃していて当然というアリバイを作っておきます。

12月4日封切りですが、これは正月映画の前の“捨て番”ですね。ユナイトはこの年の正月に「屋根の上のバイオリン弾き」と「007/ダイヤモンドは永遠に」を公開しているから、完全に“捨て番”だったと言ってもいい。しかし、そういう作品まで見ていた当時の先輩が僕に“面白かったで”と言ってたことを覚えています。信じてなかったけど。

物語は、メキシコ人地区だけの保安官ボブ・バルデス(バート・ランカスター)が、法を無視して仇討ちしようとしている白人のボス、タナー(ジョン・サイファー)を諌めようとして、逆にタナーが追っていた黒人を射殺してしまいます。殺された男には身重のアパッチの妻がいて、バルデスは償いのためにタナーから100ドルを得ようとする、という展開。

バルデスはメキシコ系アメリカ人で、タナーからはメキシコ人として扱われますが、地元の白人たちからは一目置かれています。しかし、しょせんはメキシコ人扱いではある。このあたり、マーティン・リット監督の「太陽の中の対決」にも描かれました(主演はポール・ニューマン)。ディック・ローリー監督で「Last Stand at Saber River」という未公開作品もあるようです(主演はトム・セレック)。

つまり変質した西部劇のハシリという感じなのです。実は監督のエドウィン・シェリンって知らなかったのですが、長寿番組の「Law & Order」を製作しているようです。「SVU(性犯罪特捜班)」ではない本家の方。その関係でタナー役のジョン・サイファーが何度かゲスト出演しているのかも。サイファーにとっては、これがデビュー作らしい。

僕は「SVU」のほうが好きですが、この「追撃のバラード」のテーマそのものが“法と秩序”なのが興味深い。バルデスは、自分の身の危険を顧みず、また友人たちにも危害が及ぶと知りながら、秩序を守ろうとします。チンピラだけどライフル射撃だけは上手い若造R・L(リチャード・ジョーダン、デビュー作らしい)のようなコウモリ野郎と対比したり、タナーの妻(スーザン・クラーク)には親切に接するバルデスは、アメリカン・ウェイを守ろうとしている。

そういえばヘクター・エリゾンドもワンシーン出ていましたね(写真3)。彼もイントロデューシングのひとりだったのか。一方で、バルデスの親友役を演じたフランク・シルベラ(写真2)にとっては遺作だそうです。シルベラが、“娘に手を出されたとき、あんたの行き先を知ってたら教えていた”と言うあたり、僕にはツボです。「さすらいの航海」のポール・コスロとジョナサン・プライスのような関係ですね。

つまり僕がいいたいのは、この映画が描いたように“人の道から外れたボス”は、部下からも見限られるのが“筋”だということ。リチャード・ジョーダンのように、仕事の善悪より金額の多寡が問題という白人がいて、一方に筋の通らない命令には従わないという人間もいます。その男が雇った先住民は、ボスの命令でバルデスを撃とうとしますが、ボスの部下の雇い主が“クビだ”と言い渡すとすんなり銃を収める。

この思想が僕にはアメリカン・ウェイなのであって、ボス(前大統領ね)の命令(ほのめかしだけど)で議事堂に殴り込む連中は、筋の通らないならず者でしかないのです。カーク・ダグラスは、共和党のレーガン大統領であっても“我々の大統領だから”と、“ミスター・プレジデント”と呼びました。トランプ大統領に対しては、決してそうは呼ばなかったろうと信じたい。

そして何よりも、この映画の上映時間は91分です。すっきり、爽やか、実に切れ味のある結末でした。←でも、悪玉のボスを殺す場面はなかったから、だからトランプなんていう輩が大統領になってしまったんだとも思えました。クリストファー・ノーランの「バットマン」映画で、ジョーカーが簡単に仲間を殺しまくってましたが、アメリカン・ウェイはあの頃から地に堕ちていたと僕は考えます。

なおエドウィン・シェリンは舞台の「The Great White Hope(映画化名=ボクサー)」を演出したようです。「ボクサー」で映画デビューしたジェーン・アレキサンダーがシェリンの二度目の妻で、彼が亡くなるまで添い遂げました。彼女は「ボクサー」で黒人の妻を演じたことにより差別主義者から標的にされた女優さんです。そしてこの「追撃のバラード」撮影中に、「ボクサー」はマーティン・リットにより映画化されていて、そのリットが「太陽の中の対決」を作ったというあたりのトリビアには、なかなか味がありますね。

つまりこの作品は1969年に作られていて、公開が71年になったということ(本国でも捨て番やったんや)。いちおう映画内のクレジットは1970年ですが、こういう場合はやはり本国公開年を作品の年度にするべきでしょう。ということで誰か、オールシネマ・オンラインに忠告してやってね。僕はもう疲れたからバス。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年03月30日 14:47
    >“人の道から外れたボス”は、部下からも見限られるのが“筋”だ・・・

    “人の道から外れた議員や首長”は、国民からも見限られるのが“筋”だ・・・
    でも、“人の道から外れても”代わりが見当たらないので、国民に見限られることが無い・・・おいしい商売だこと手(パー)もうやだ〜(悲しい顔)
    だからどんどん“人の道から外れる”?

    昔の小品映画(?)からも、学ぶことはいっぱいです。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年03月30日 19:14
    > mixiユーザー どうも。
    代わりが見当たらないということだけではなく、有権者の側の考え方にも問題がありそうです。先日NHKで放送した、台湾の若者たちによる民主主義改革に対し、その父親世代が冷たい視線を浴びせていました。彼らにとって政府は、侵略した日本であり、戦後大陸からやってきた国民党政権でした。使う言葉さえ、それぞれの政府の言葉に変えられた。そして今、一つの中国を目指す中華人民共和国の支配という可能性を見ています。だから彼ら父親世代は“金儲けをさせてくれるなら誰が政権をとっても構わない”という発想だそうです。

    今の日本にも、そこまで明確ではないけれど拝金思想が蔓延しています。僕のように拝む金を持たない(=持てない)人間は、理想を民主主義に見ますが、金にしか関心がない人々には、政治なんかどうでもいいようです。実は、その発送が自分の首を絞めているとは考えもしない。

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