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2021年03月08日03:01

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“貧乏悲惨系”とは言い難いけど、その手のネオ・リアリズム代表作のひとつと言える歴史的名作を再見。フェデリコ・フェリーニ監督「カビリアの夜」(1957)。

フェリーニの「道」(1954)が1957年のアカデミー外国語映画賞を受賞し、その年の5月に日本で公開されます。そして同じ5月にカンヌ映画祭でジュリエッタ・マシーナが「カビリアの夜」で主演女優賞を取り、11月にこの「カビリアの夜」が日本公開されました。当時の感覚からすると、とても早々と公開した感じです。

そしてこの「カビリアの夜」が1958年のアカデミー外国語映画賞を獲得したことから、フェリーニの世界的名声は定着したのでしょう。日本でも「崖」(1955)が1958年に公開され、「青春群像」(1953)は1959年に公開となります。ロッセリーニ、デ・シーカとはひと味もふた味も違う、ネオ・リアリズム作品の登場でした。

僕は「道」だけは公開当時に見ましたが、あのモノクロ画面と哀愁漂う主題歌の強い印象から、“貧乏悲惨系映画はもうたくさん”となってしまいます。子供だった僕には、明るく楽しいハリウッド映画がいちばん。しかし、字幕の仕事を始めるようになって、フェリーニの諸作品を手がけられたことは、大いなる喜びでした。学生時代に「81/2」が話題となったわけだし。

「カビリアの夜」はビデオ発売されたときに初めて見ました。今回はそれ以来ではないかな。ビデオ発売時は今回のデジタル・リマスター版とは比べ物にならない画質でした(525本のNTSC方式だからしょうがない)。今回も、いわゆる一コマずつリマスターしたわけではなく、ニュープリントをハイビジョンテレシネしたものだと思いますが、それでも画質の見事さは味わえます。

画面の背景に映画ポスターがいろいろ並んでいるのも楽しい。←どの作品もイタリア語題名だということもあって判別できませんでしたけどね。人気俳優がたまたま彼女と喧嘩してしまい、居合わせたカビリアを拾って自宅に連れ帰るというエピソードなど、オリンピック前なのに経済復興を感じさせる雰囲気がなかなかでした。

カビリア(本名はマリア)は売春婦なのですが、ローマ郊外に一軒家を買っていたり、当時としては上々の生活ぶりでした。彼氏だと思いこんでいた男に4万リラ(当時の日本円で4万円かな。大卒初任給が何千円の時代です)を取られた上に川に突き落とされ、あわや溺死という目に遭います。それでもしっかり銀行預金もあり立ち直る。

そんなときに有名映画俳優に拾われるし、マリア信仰で参拝に出かけたり、寄席に行って催眠術にかけられたりします。このエピソードの積み重ね具合が面白い。その後のロードムービーの原型とも言えるでしょう。←旅をしないだけです。それぞれのシークェンスがみっちりと長いけど退屈しません。

寄席から出ると会計士を名乗る男が待っていて、催眠術師が引き出したカビリアの運命の相手と同名のオスカーだと名乗ります。これがフランス俳優のフランソワ・ペリエなんですが、いかにも実直そうで見違えました。なんか裏切り者のギャングというイメージが強い人なもので。←「サムライ」では主任警部だったけどね。

このフランソワ・ペリエ、タイトルで2番目に名前が出るのですが、ラスト30分しか出てきません。カビリアの親友ワンダがフランカ・マルツィ、ヒモのエンニオ・ジローラミなども見たような感じでいい味ですが、ほかの出演作を特定できません。松葉杖のボスはマリオ・パサンテかな。そのボスをヒモの若者が手助けするあたり、いい感じでした。

この「カビリアの夜」が、ミュージカル化されて「スイート・チャリティ」となるわけですが、換骨奪胎とはこのことですね。「スイート・チャリティ」のダンスシーンは面白かったけど。あるいは、フェリーニ作品の編集を担当したレオ・カトッツォという人は、フィルム編集用のスプライシングテープを発明したとかで、裕福な生活を送ったとimdbのトリビアにあります。

ま、そんなトリビアよりは、主人公マリアの善良さとその気持の揺れ動きがなかなかの見ごたえある作品でした。こういう映画を“名作”と呼ぶのに異論を唱える気はありません。しかし名作として祭り上げるだけではつまらない。このエピソードの積み重ね方や、そのドラマの緊張感というものを体感することが重要です。

そういう意味で、きちんとした画質で見直すことが出来て、僕はとても幸せです。何しろ僕は今、すでにフェリーニの年齢を追い越してしまっているわけですし。
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