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2021年02月15日03:32

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ここまで取材対象者に肉薄できたら、ノーナレーションでも説得力充分です。村上浩康監督「東京干潟」(2019)。

大田区の大師橋付近にある干潟に住むホームレス老人に密着取材した、ノーナレーション・ドキュメンタリーです。監督がカメラを携えてこの老人と暮らした記録ということになります。老人は有明海に面した地域で生まれ、沖縄で育ったらしい。撮影時に85歳になるかなと話しています。

かつては建築関係の会社を持ち23人の社員を抱えていたと話します。その老人が右目を失明し、労災保険を受けたら会社に仕事が来なくなるからと、引退してホームレス生活を続けているようです。大阪で働いていた若いころに結婚した奥さんとは死に別れ、身寄りはないらしい。干潟近くの林にブルーシートなどで囲いを作り、干潟のシジミを採取しては築地に売っている。

2015年から3〜4年取材したようです。どれくらい密着しているかと言うと、台風が来るとラジオで知った老人は、ロープを使って命綱を作り出します。いわく“あんたが流されんようにだ”。ロープの一方を囲いの中心にある立木にくくりつけておけば、木にしがみついて水が引くのを待つのだという。そんな監督とシジミ老人の気持ちの通い合いがうれしい。

たまたまこの老人が、きちんと物事の分かる(そして語れる)人だったということです。というか、みなさんそうなのだろうけど、多くのホームレスの方々は、まずコミュニケーションをとろうとしません(僕がしないからでしょうけど)。僕の家の近所にベンチがあり、ほぼ毎日そこで寝起きしているホームレスの方がいますが、僕は話しかけたりしないし、向こうも近寄ろうとしません。

しかしこのシジミ取り老人は、この区画を“不法占拠”して暮らしているとはいえ、猫などのペットを捨てに来る人々を見かけたら注意し、別のホームレスがシートを張り始めたら、“何日住んでもいいけど、危ない場所は選ぶな”と忠告する。そして干潟で作業できる防水スーツなど、用具もきちんと整えています。築地まで運ぶ自転車も。

羽田空港が近いので、何度も旅客機が画面に登場します。この取材時に僕は、マイミク桜井音楽事務所さんとニューヨークから羽田へ戻ってきたはずだな。もしかしたらこの老人が、僕たちの飛行機を見上げていたのかもしれない。なんか親しみを感じてしまいます。

先日見た「おじさん、ありがとう」でも、作り手が対象者と寝起きを共にしたからこそ、そこに生き生きとした映像がとらえられていました。このシジミ老人も、心を開いて昔話までしてくれる。その密着ぶりが、ノーナレーションでも問題なく人物像をとらえていくのでした。

このドキュメンタリーが、面白いかどうかは別物です。しかし僕は“成功したドキュメンタリー”だと実感しました。とにかく最近は、自分のテーマに沿ったドキュメンタリーが多くて面白くない。取材対象者との人間関係もそこそこに、対象者と世間の関係を取材者の一方的な方向からだけの切り口で見せるなんて、映像作家としてあまりにも原始的だと僕は思う。

そういう意味でこの「東京干潟」は、見ていて手応えのある作品でした。もう1作「蟹の惑星」との二部作らしいので、そちらも見たいと思います。作り手も僕も、いまを生きているわけで、同じ地平に取材対象者がいます。その共通地平に立って取材してくれれば、相手の人生ときちんと向き合えるわけです。作り手の一方的な切り口も、それが本質に届けば問題ないことが多いけれど、大抵は我田引水で終わるからつまらない。まず、対象者の選択がポイントですね。

写真3はグーグルのストリート・ビューからスニッピングしました。この自転車が、シジミ老人のものらしい。いずれ書き換えられるでしょうから記録しておきます。
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