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2020年09月24日04:51

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この父親(東野英治郎)の“頑固さ”には、全くリアリティーが感じられない。木下恵介監督「結婚」(1947)。

僕がこの世に生まれる1か月前に公開した松竹映画です。木下恵介の映画は嫌いだと公言しながら、CSで未見の作品が放送されたらとりあえず録画し、暇ができたら見てしまうスケベ心を、僕はまだ捨てきれずにいます。この「結婚」は、1年以上前からHDDに置きっぱなしでした。だからサムネイルがトップになってからずいぶん経つ(苦笑)。

物語は、サラリーマンの菅原(上原謙)と松川文江(田中絹代)が、盛り場でデートの後帰宅するために別れる場面から始まります。相思の仲の二人が、“戦争のせいで、君は僕のことを3年も待ってくれたんじゃないか”と言う。終戦から2年後ですから、菅原は1942年に出征したらしい。ここで田中絹代の実年齢(38歳)を考えてしまう僕は、こういう映画を見る資格がないのかも。

で、文江が帰宅すると、失業中の父(東野英治郎)はまだ職が見つからず、一家が文江と妹の君子(井川邦子)の収入でなんとか暮らしている、と分かります。父親は30年勤めた会社を終戦のどさくさでクビになったらしい。たまたま町で出遭った昔の部下島本が、料理屋を経営していて羽振りがよく、そこの経理にと誘われたことから一家に光明がさします。しかし頑固な父は、酒の席で島本が“今どき闇に手を出さずに生きられますか”と言ったため、彼の“いい加減な生き方”に激怒して、仕事を断ってしまう。

この“清廉潔白に生きなきゃいかん”と説く父親の、“思想的拠点”が僕には分からないのでした。戦争突入から敗戦まで、どんな考えで生きてきたん?と問い詰めたくなる。それは大学生の息子(鈴木彰三)が感じる父親への疑問より、もっと明解に作り手の人間観察への疑問なのでした。たしかに戦後すぐ、“闇米を買うのは法に反する”と主張して飢え死にした裁判官がいたと聞いています。そんな特殊な発想を、一介のサラリーマンがなぜするのか?ということ。

脚本は新藤兼人ですが原案は木下恵介だそうで、となるとこの父親の頑固さがこの映画の発想の原点ということです。誰ぞ、そんな考えの人間が木下に迷惑でもかけたんかい? あるいは“理想なんてものは、このオヤジの妄想みたいなもんよ”という逆説か? はたまた大東亜共栄圏の理念を今なお信じているのがこのオヤジなのか?

とまあ、とことんアホらしくてつきあいきれないのです。それはさらに、菅原とデート中の文江が、自分は踊れもしないのにダンスホールへ行き、“私は見ているわ”と踊り子と踊る菅原を眺めるだけというあたりにも表れます(写真2のように、最後には踊るけどね)。

僕も何度かダンスホールへ行ったことがありますが、まず最初はステップを覚えようとするでしょ。それもせずにボーっと踊り子相手に踊る菅原を見ているなんて、菅原がアステアかジーン・ケリーくらいの達人ならともかく、そういう展開ではないのですから僕にはバカバカしい。踊り子相手に踊る男性は、ダンスの腕前に自身がある人で、たいていその場の主役になっていましたから、この映画の菅原とは、ちと違う気がしました。

でもって、菅原に“母危篤”の電報が届き、許婚者として連れ帰りたいと松川家に申し入れに来る。そこで父親は、ころりと考えを変えて娘を送り出す、という映画でした。こんな“ハッピーエンド”を、73年前の“大衆”は喜んでいたのでしょうか。いや、「結婚」という作品が、僕に題名すら伝わっていないのですから、この作品は“失敗作”なのでしょう。

とはいえ、父親の広げた大風呂敷を、そんなに簡単に畳んでしまい、世の中に迎合して生きることを簡単に認められては困るのです。たまたま見たアンネ・フランクのドキュメンタリーに、“収容所に送られたユダヤ人たちは、まず盗みを覚えた”とナレーションがあり、そのひと言の方が(語り手がヘレン・ミレンだということも大きいけど)、僕には時代と人生というものを“鷲掴みに”したと感じられたのでした。

そういう意味から木下恵介のこの映画は、録画せずにパスしておくだけでよかったのかなと思います。でも僕は、ひとつの証拠としてDVD−Rに焼きますけどね。

写真3は、憤然と家を出た父親を追いかけ、屋台でお汁粉を食べる父娘。1杯5円とあります。この映画公開の1年前に新円切り替えがありましたから、当然価格は正しいわけです。それから10年経たない僕の小学生時代、子供が毎日10円もらうというのが小遣いの相場だったな。娘お汁粉をおごってもらうのはいいけど、そこで自分のふがいなさを敗戦のせいにするなっての。
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