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2020年06月07日06:30

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「万引きランナーと呼ばれて」というタイトルだけど、呼んでるのは作り手じゃないか。フジテレビ系「ザ・ノンフィクション」などを見て。

「ザ・ノンフィクション」という番組は以前、AVを経験した女優のしじみさんに密着した番組に、明らかな“作り”があったりして、いささか遠のいていましたが、今回たまたまいくつか見られたので録画しました。中でも「万引きランナーと呼ばれて」は強烈でした。というのも、僕は女子マラソンに入れ込んでいた時期があり、けっこう覚えている原裕美子選手が取材対象だったからです。

原裕美子は“2005年名古屋国際女子マラソン優勝、2007年大阪国際女子マラソン優勝など、日本の女子マラソン界に彗星のように現れた期待の星”だったのです。僕は、当時最も注目を集めていた渋井陽子選手を見ようとテレビにかじりついていたのですが、渋井を置き去りにして優勝した原裕美子の印象は鮮烈でした。

その原裕美子が万引きで捕まり厚生施設に入っていた、という事実に愕然としました。そしてさらに、万引きが依存症であるという事実にも。最近、こういうドキュメンタリーをいろいろ見て、依存症からの回復には大変な努力がいることを知っています。ある歌手は、息子のライブを見に行って更生を誓いながら、その直後に薬物所持で再逮捕されたほど。

今回の「万引きランナーと呼ばれて」にも、番組内容を盛り上げようと“作り”に動いている印象が少なくないのですが、なによりも僕には、日本を代表するアスリートが万引きの依存症だったという事実に驚いてしまいました。そして、更生の道を歩む原裕美子の、まだまだ続く苦難の道を思うと、暗い気持ちになります。

そんな番組が「万引きランナーと呼ばれて」という題名を掲げている。これはいくらなんでも“営業”を念頭に置き過ぎではないのか。もしも原の内面にある依存症の部分に着目したのなら、それをどうしたら克服できるのか親身になって共同作業せずに、このタイトルで売ろうとする姿勢はダメだと思ったしだい。その売りの姿勢が見えたから、原は本心を明かさなかったのではないのか?

同じシリーズで、「頂点を極めた男の転落〜ある大物音楽プロデューサーの懺悔〜」も見ました。実は顔を見ても名前がクレジットされても、僕は面識あった人だと思い出せませんでした。ジャパンレコード時代に小幡洋子という歌手の販売促進を担当したときにお会いしていました。もちろん仕事上で何度かお会いしただけなので、交友関係はありません。

その月光(つきみつ)さんが、“頂点を極めた男”でした。僕がレコード会社を辞めてスタジオ会社に戻ったとき、パブリック・イメージという会社を興して活躍しておられたことは知っていますが、僕の仕事(委託盤製造からビデオの字幕入れ)と重なることはなかったもので。でも“一般人が一生かかって稼げるかどうかの金額が、僕の年収だった”と語るのを見て、さもあらんとは思います。

その月光氏はしかし、覚せい剤に手を出して業界から離れます(シャットアウトされるが正しいか?)。現在はライブハウスで知り合った音楽青年と、アパートで共同生活をしている。全編見ると、この番組は月光氏の側からの持ち込み企画に近い物だったと感じました。いいんじゃないでしょうか。テレビにネタを提供して公式に何かを発言するという行為は、誰にでもできることじゃないから、出来る人は大いに利用するべきです。

さらに「ザ・ノンフィクション」では「黄昏れてフィリピン 〜借金から逃れた脱出老人〜」も見ました。日本で借金生活となりフィリピンで新たな人生をつかもうとした二人の男が主人公。フィリピンで目をかけてくれる親切な人がいて、大使館に申し出たら帰国の道がひらけると教えてくれ、その方法を探りますが、帰国する飛行機代(6万円ちょい)が工面できない。

この3作については、“落ちる”ということによる絶望的なまでの壁を知ることができました。しかし同時期に録画してあった「FNSドキュメンタリー大賞」の「マッキー先生 全力投球 みんな野球が教えてくれた」は違います。幼い頃の事故で右腕の自由が利かないが、小学校から大学まで野球一筋に打ち込んできた岡山県の中学教諭のドキュメンタリーです。

なにしろ右腕がほとんど使えないのに、マッキー先生は健常者に混じっての野球でレギュラーを獲得したほどの選手です。彼は“障害者野球も野球のひとつ。プロ野球、高校野球、そして障害者野球がある”と考えています。だから障害者独自のルールというものに反対し、健常者と同じルールでの野球を目指します。

この方向性が正しいかどうかは別のところで議論していただくとして、僕はハンデを背負っても“普通と同等に戦う”というマッキー先生の考え方に賛成したい。つまり僕の場合は映画観賞なのですが、映画を見てその時間だけ楽しめばいいという考え方を僕は取りません。映画を作ることに人生をかける人がいるわけで、それを見た僕も人生をかけないと“失礼にあたる”と考えています。

もちろん、障害者の方々がみなさんの体調に合わせて野球を楽しみたいという点は尊重します。しかし、それにも“住み分け”が必要だと思うのです。だから僕は、たまたま物理的に僕と同じ場にいる人間に対しては、僕の考え方をぶつけます。それが嫌な方は、自然と離れていくでしょうから。

そういうわけで、マッキー先生の方向性には共感するところが大でした。もちろんすべての障害がある方々にその方法を適用しろというのではありません。上を目指す人の芽を摘み取るのは間違いだということです。だから僕は、素人ながらに映画に対しては全力でぶつかり続けますので、その嵐の周辺におられるかたはご承知置き頂ければ、と考えます。
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