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2020年02月29日06:40

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やはり映画は“空気感”に尽きる、と再確認しました。金聖雄(きむそんうん)監督「獄友」(2018)。

日本映画専門チャンネルと契約していたときに録画したままだったドキュメンタリーです。岩合さんの「ねことじいちゃん」あたりに手を出す(30分ルールで却下)前に、こちらを見るべきでした。4つの冤罪事件で服役していた5人が、それぞれ親友として再審を戦う様子を描いています。すでに金監督には、「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」と「袴田巖 夢の間の世の中」があり、それに続くシリーズ第三弾と銘打っていました。僕はこの映画が最初。

“狭山事件”(1963年)により一審で死刑判決、二審で無期懲役となり、最高裁が上告棄却したために無期懲役が確定した石川一雄さん(獄中31年7か月)が、現場を案内する映像(2010年)が冒頭にあります。だから僕は、それぞれの事件がいかに冤罪であるかを克明に描くのかと思ったのですが、すでにその方向でのドキュメンタリーを作る気持ちはないようです。

つまり石川さんの三回目の裁判を求める姿に、別の冤罪事件の被告が加わる構成です。それは“”の菅家利和さん(獄中17年10か月)、“布川事件”の杉山卓男さんと桜井昌司さん(共に獄中29年)でした。さらに“袴田事件”の袴田巖さん(獄中48年)が加わります。その5人の日常的なつきあいが描かれるというもの。

桜井さんはとても陽気な方らしく、4人そろって支援者や記者たちと会合を行っているとき、“布川事件のまじめなほうの被告です”と自己紹介します。そして菅家さんに対して“菅家さんは獄中生活がいちばん短い”と笑わせる。さらには“獄中生活が楽しかったし、幸せだったと思う”と言い切ります。これには驚きました。

一方、袴田さんは出獄できても精神状態が不安定な姿を見せています。桜井さんが訪ねてきて、“将棋でも指そう”と呼びかけるのですが、袴田さんは“お前なんか知らん、帰ってくれ”と言う。そんな袴田さんも、金監督(写真3)らが密着取材することは許可したらしく、金監督も将棋は動かし方程度しか知らないのに、将棋の相手をします。写真2は、後で桜井さんと対局する袴田さん。

順番はじゃんけんで決めるから、金監督が初手に端歩を突くと袴田さんが角道を開ける。これで力量がすぐ分かりました。当然、袴田さんが勝ちます。そこで袴田さんがニンマリして、“惜しかったな。もう一番行くか”。この感覚がないとドキュメンタリーの密着取材はできないんでしょうね。いや、劇映画の演出だってそうだ。やはり僕にはどちらも無理です。

ということで、この映画は5人の冤罪を説き起こすのではなく、獄中生活に終止符を打っても“普通の生活には戻れない”という重い実際を呈示してくれました。やはり“時は取り返しがつかない”わけです。そんなあたりまえの事実が、ここに登場する人々には訪れた。その責任は、事件を処理した人々にだけあるのではないということでした。

やはり国家と言うものは、国益を考えることも重要だけれど、国家が犯した過ちに対して償うという姿勢がないとダメだと思います。刑事補償というものが定められていて(あるいは懲役刑の場合は時給30円足らずが支給されるそうです)、補償はしていると言うけれど、この程度の金銭で被害は修復されません。補償金が少なすぎると僕は思う。

この映画は、どちらかというとだらだらと過ぎゆく日常を、その感覚のままとらえたと言えるでしょう。だから明確な主張よりも、5人の皆さんの生活感覚を伝えることに専念しています。その空気感が、文言による冤罪批判よりも重く、僕に伝わりました。こういう“実感”が、観客(僕のことです)の人生を変える、あるいは動かすのだと思います。

そういう意味で、この作品は確たる力を持った“いい映画”だと思いました。当事者や親族の方々、そして支援者のご苦労は計り知れないわけで、それを称えるという作業も必要でしょうが、それよりはこの空気感を味わうことが、より重要だと感じるしだいです。なお最後になりましたが、題名は「獄友(ごくとも)」と読みます。
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