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2019年10月22日01:02

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「信長が死んでなかったら?」合戦考証番外

○「実は信長、本能寺から脱出していた」とかってヨタ話ではありません。信長の敗死は動かしようもないことです。ただ、とても興味深い手紙がありましてね。

●六月五日「羽柴秀吉の中川清秀宛」
「自是可申与存刻、預示快然候。仍只今京より罷下候者、慥申候。上様并殿様、何も無御別儀御きりぬけなされ候、せぜか崎へ御のきなされ候内に、福平左三度つきあい、無比類動候て、無何事之由、先以目出度存候。我等も成次第、帰城候条、猶追々可申承候。其元之儀無御油断御才覚専一候。恐々謹言」
「尚々、の殿迄打入候之処、御状被見申候。今日成次第、ぬま迄通申候。古左へも同前候」

○宛名の中川清秀は、摂津の茨木城主です。この手紙の中で秀吉は「上様ならびに殿様、いずれも御別儀なく、御きりぬけなされ候」と書いているんです。この内容から「天正十年」とされている手紙ですが、それにしても、上様(信長)と殿様(信忠)が「危機を切り抜けて、御無事である」というのは、おかしな内容。

○こういうときは、常にパターンで「秀吉が嘘を書いたのだ」と解釈されるってわけです。中川に「信長の急死」を知られたら、途端に離反して「明智に味方するかもしれない」と考えた秀吉は、中川を味方にとどめておくために「信長様は御無事だ」と書いて「だました」という解釈。だって「信長は死んだ」のが史実であって「無事に逃げた」は嘘だから、「事実と違うことを書いた秀吉の嘘」…。

○しかし「手紙の文章」をちゃんと読んでくださいな。冒頭は「これより申し与うべくと存ずるみぎり」で、「こちらが手紙を送ろうと、ちょうど思っていたところ」に「預かり示し快然候」で、「あなたから報せがあって、大変に喜んでいます」という意味。つまり「中川から秀吉に手紙が来た」んです。じゃあ「なぜ秀吉は、ちょうど手紙を書こうと思ったところだったのか?」と言えば、「ただいま京より罷り下り候者」すなわち「今さっき京から来た者」に、話を聞いたからですね。その話の内容を、中川に報せようと思ったら「あなたのほうからも報せてきた」ってわけ。ここは「仍って」の順接で文意をつないでいますから、中川が「報せてきた」内容について、おおよそ同じことを「京より来た者」が「慥かに申し候」で、「その者が、あなたと同じことを、確かに言ったから、間違いないと私も思う」の意味。そして「京より来た者」から聞いた話として「信長様も信忠様も切り抜けられて、ぜぜヶ崎(滋賀県大津市膳所と見られる)まで御退却だそうだ」と中川に伝え、「まずもってめでたく存じ候」それだけでも安心だ、と言っているんです。

○これが「秀吉の嘘」だと言うならば、じゃあ中川は「何を報せてきた」んですか?「中川が正しく情報を得た状態」で「大変だ。信長様が討たれた」と報せてきた場合、秀吉が「それは違うよ。信長様は御無事なんだよ」と嘘をついたからって、それで「中川をだませると思う」のが「歴史学者の解釈」なんですかね?

○少なくとも中川は「噂を聞いたにすぎない。正確な情報は知らない」と設定する必要があるわけで、つまり「織田軍団のあいだに不正確な情報が流れている」と「わかる」ってことですね。そして手紙の文章を見る限り、中川の報せた内容に対して「否定する言葉がない」ため、中川は「信長様が襲撃されたけど、御無事らしい」という「不確実な情報」を伝えてきたことになります。この前提のうえで「次の問題」ですが、じゃあ秀吉は「中川たちも知らない正確な情報を得ていた」にもかかわらず、中川の不確実な情報をわざと肯定する「嘘を書いた」のか、それとも「秀吉も不確実な情報を得たにすぎない」のか、どっちです?

○ポイントは「追伸」です。秀吉は「の殿まで打ち入り候のところ、御状被見申し候」と書いています。高松城は「備中国」にありますが、野殿は「備前国」で岡山市街の近くです。位置関係を見る限り、「打ち入り」とは攻め入る意味ではなさそうで、おそらく秀吉は「すでに陣を下げている」と見られるんです。すると、ちょうどそこに中川の手紙が来て「野殿で受け取りました」と言っている意味です。通説だと「信長の敗死を知った秀吉は、毛利と和睦してから撤退した」ではないんですか?「秀吉が嘘で中川をだました」と解釈すると、本文では「信長様が御無事」と言っておきながら、追伸で「もう野殿に下がってます。今日中に、可能なら沼まで戻るつもり」と「撤退したこと」を自分でバラしてますよ?

○こういう「矛盾した意味」になってしまうのは、解釈がおかしいからです。よって「秀吉が撤退した理由」を、歴史学者の言う「信長が死んだから」ではなくて、「信長が近江へ退却したからだ」と仮定してみれば、秀吉は手紙の中に「一つも嘘を書いてない」となるじゃないですか。つまり、秀吉もまた「信長は襲撃を受けたが、無事だ」という「不正確な噂」を「京都から来た者に聞いた」にすぎないこと。そしたら同じ噂を「中川が報せてきた」ということ。すると六月五日の時点において、秀吉の意識の中で「信長は死んでない」となりますでしょ?
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