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2021年03月25日19:28

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変革は可能だと

Toshiino55
5つ星のうち5.0 後世に残る日本の哲学&仏教書
2018年9月17日に日本でレビュー済み
正法眼蔵は道元禅師の残した後世に残る日本の哲学&仏教書である。難解と言われているが、近年の非二元(不二一元)から読み解くとわかりやすい。非二元では、自分というのは思い込みであり、自分と他との境界はない、二元は無いということが特徴である(文献としては、インド最大の哲学者と言われるシャンカラ著のウパデーシャ・サーハスリーなど)。現成公案では、「仏道をならふといふは、自己をならふ也、自己をならふというは、自己をわするるなり」、という。つまり、身体を自己とする思い込みを身心脱落させる(無我をさとる)ことである。そうすると一顆明珠で述べているとおり、思い込みの境界が外れて宇宙は一つの明るい珠・一つの生命であることが了解でき、一切衆生・悉皆成仏により全てはその一つのいのちの現れであることがわかる(をさとる)。道元禅師は師の如浄の前で、悟りを開いたとされているが、その悟りの内容は、明らかに近年の非二元と一致している。また、道元禅師は修行として只管打坐の坐禅を奨めているが、思考を静める・観察することで思い込みの境界を脱落させることのようである。行持下には、「正法にあうて身命をすてざるわれらを慚愧せん」、とあり道元禅師の身命を賭ける覚悟の程が伺える。まさに、生涯をかけて読んでいく書に相応しい。座禅儀には、「思量箇不思量底なり。不思量底如何思量。これ非思量なり。これすなはち座禅の法術なり」とある。今の言葉では、座禅の要諦は、思考を静めること(不思量)、思考がわいても思考を観察・手放すことで、思考を自己と見做さないこと(非思量)となる。
さらに、次巻以降の而今、有時では時間の不在が説かれており、そちらも大変興味深い。


 正法眼蔵 1 岩波文庫 Amazon 感想


 (法相宗 も同じではないかな 
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