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mixiユーザー(id:6231411)

2020年03月23日15:50

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楽観主義的首都事情

僕が経済や国際社会の何を知っているのか!と咎められると
何も言い返せないほどドメスティックな生活を長く続けていて
こんな偉そうに言うのは些か気が引けるのであるが
それでも我が国とそれ以外の違いについて、
自分たちが許容していても相手が決して許さない
「タブー」と呼ばれるものが幾つも存在していて
それをかわしながら日々生活している事を経験則上知っている
それと同じように、やはり世界で共有している「良心」のようなもの
それだけは犯すべきでは無いものがあることも
我々は直感的に知っている筈である。
実に気の毒な事に、政治家は
生活は極めてドメスティックを強要されながら
知見は国際的に広げて行かねばならず、
それでいて「正しい」判断を求められる

決して間違った事を言ったわけではなかったが
失脚した政治家は多々ある。
だが、未曽有の危機であればあるほど
ミスリードは世間の叱責の対象になってしまうのである。
未曽有の危機、と聞いて我々は先ず思い出すのは、
2011年3/11に発生した東日本大震災である。

僕は関西人であり、
この地震の時は名古屋に在住していて、
1995年の阪神大震災は被災している。
自宅の水道は数週間止まっていたし、ガスは数か月。
その他インフラも含めて、日常生活が取り戻せたのは半年近く経ってからであり
当時は大学生だったが、
政府の対応の遅さや、関東人の無知無関心が苛立ちの対象であった。
暫くして、芸予地震、福岡県西部沖地震と立て続けに大型の地震が起きたが
被災死亡者が少なかったため、世間の関心度は低かったように思う。
それにも大いに憤った。
「東京のやつらは、自分たちが無事なら関心が無いのか」
だが、幾ら被害が小さかったとはいえ
それはたまたまであり、もし市街地や危険施設を直撃したら
「大変な事になる」という警鐘にはなり得たはずである。
それは既に神戸や大阪で見た光景が示していた事であり、
日本全体の充分な教訓になり得る事件だった

福岡の地震に至っては死亡者こそ少なかったものの、
1,000人規模の負傷者を出し、街の再開発が急がれる切っ掛けにもなった
(但し2020年現在でまだ実現していないけど)

それと比べれば、2011年の地震は、あれは「地震ではない」
「(地震による)津波災害と人災」である。
そして、直接のダメージの大半は福島や宮城の人が受けたものなのであって
首都圏の人が実際に苦しんだのは、
無防備な施設の崩壊と
福島や宮城から吸い取っていた生活物資やエネルギーの枯渇によるもの
なのであって
計画停電や放射能汚染や物資不足は
東北に付け回していた自分たちの負債が手許に回って来ただけである。

一応、擁護しておくと
特に東京の人は揺れに対して免疫があって
地震は「日常茶飯事」と捉えていて軽く考えてしまうきらいがあり
その分、「いつもの地震だろ」と軽く見て防災を怠っていた分
首都圏に居るのに被災者となる人も多かった

話は変わるが
僕は以前より「首都圏一極集中化」の危険性について警告を発してきた
その理由の一つが水源と電力不足である。
もっと言えば食料もヒートアイランド対策も不足しているが
それは首都圏だけでなく全国の都市部で起きる現象であって、
「水源も電力も足りないのに、どんどん人口が流入して増え続けている」
という首都圏は、既に人口という点ではオーバーフローしているのである。
その足りない分を電力は他地域にある発電所や
近隣県の水源から水を購入して賄って居るだけであり
具体的な対策を講じているわけではない点については、
強く抗議したい気持ちである

いや実は、具体的に抗議していたのは過去の話であり、
最近はトーンダウンしている
表現は過去形が正しいだろうか

この行動が具体化していたのは2000年頃に遡る。
俄かに盛り上がっていた
「東濃地区首都移転構想」という政治活動に参画していたのである。
この活動は認知度も上がらず、
また担ぎ出した政治活動家も上手く機能せず、
程なくして「維新」の“都構想”の動きが出てくる頃には
完全にかき消されることになった。
しかし、土地も水源も電力も、
物流の便も何もかも整っているのに
殆ど利用されない岐阜県東部の東濃地区は
日本列島のちょうど中間地点であって
強いて言うならばどの空港からも遠い事が難点であったが、
新空港建設すら可能な広大な土地がある。
この時の利点の一つに、首都など大都市の危機においても
独立して行政機関だけは維持されるだろう、と
そう謳ったのは実に「その通り」だった筈である。
あらゆる利権に偏らない絶好の地勢であって、
否定される理由は見つからない。素晴らしいアイデアなのである
しかし理念先行型のこの構想に対して世間の反応は冷たかった。

というよりは
殆どの人が何某かの利権に与って生活しているのであり、
そこに反する行動には与しえなかった、と言うべきだろうか

この話は、現在の首都圏における五輪開催の話にも当てはまる。
五輪利権にぶら下がる人たちは首都圏には余りにも多く、
中止だ延期だに賛成する人は少ない
厳密に言えば、そう感じても声に出せる人は少ない、と言うべきだろうか
延期または中止を受け入れることは莫大な投資を見限る事になり、
自らが組み立てた営業計画を否定する事にも繋がるのだ。

実際に、衛生上の理由で抱えるリスクは承知していても、
「そんな事をいちいち懸念していては、商売なんかできない」
と自ら判断し棄て置いてきたにも拘らずである。

こうなると本音と建前の乖離は顕著になり、誰も本心で会話が出来なくなる。
商売がお釈迦になるのは認めたくないし、我慢ならない事実であろう
それを直視しない事で
「ひょっとしたら、知らない内に事態が好転するかも」
或いは、新型コロナなら
「感染者が劇的に減っているかも」と
希望的観測を加えて、リスク予防すら行わないようになるのである。

現在の
「若年者は感染しない」
「日本では重症化する確率は低い」
「マスクは予防効果がある」
など科学的根拠を欠いた認識が蔓延するのはそれが理由である。

若年者も高齢者も感染は同じくするものの、
発病に至るのは免疫力が低い人から順になのであって
年齢と比例しているわけではない。
ただ、高齢者の方が免疫力が低下している人の比率が高いだけだ
重症化している人の確率が、外国と比べて低い数字が出ているのは
日本が民度がやや高く、病院に殺到しない事もあるが、
病気は真っ先に病院で伝染される事を
経験則上、多くの人が認識しているからである。
だから、特効薬や治療薬が確立していない現状に於て
「検査で陽性かどうかを判定する」しか出来ない病院に
(予備軍を含めた)患者が殺到することは
まだ起きていないだけである。

そしてマスクの最大の効果は
「感染者が咳き込んでも周りに伝染すリスクを低減させる」事
であって
他人の唾や体液の飛沫を直接口や鼻で吸いこむ事だけは避けられるが
それよりは清潔なハンカチを使用したり、
手洗いをしたり、スプレー除菌する方がよっぽど効果はある筈だ
もっとも混みあったバスや電車では、
知らない人の顔も息も近くなるので
直接被害から身を守る事も大事にはなってくるのだが、
そういった「意味」を直接深く考える事をやめて
ひたすら
「この辺で手を打とうか」と
妥協線として「マスクの使用」を行っているのだとしたら
殆ど無意味な事をしていると言って良いだろう。
それでも「しないよりはした方が良い」というのなら
普段からの使用をお勧めする。
毎年のように流行を見せているインフルエンザの方が
現時点で死亡リスクは高く、
夏にも冬にも流行しているので最近では問わないのが相場である。

こんな混沌とした状況の中、
ベストな着陸点を総理大臣の安倍が模索しているわけだが
どう考えても中止、上手く行って「大幅に順延」という所だろう

理由は明白で、海外ではこれから流行が更に拡大するのであって
幾ら日本国内が無事であっても
世界のアスリートたちは練習も出来なければ来日もかなわないのだ
仮に順延するとしても、その日程を出す事は非常に困難であり
それはすなわち、

武漢の市民が大挙して新国立競技場に観戦に訪れるのを、
マスク無しで「おもてなし」出来る日がいつなのかを設定しろ、

と言っているのと同義である。

僕は福岡在住だから「嫌だね」とはっきり言わせてもらうが
都民はそれを声を大にして言えるだろうか
こんな自分勝手で理不尽で利益誘導だけで開催しています、と言葉にこそしないが
はっきりと示しているイベントは他にはない。

既に販売したチケットも
全額とは言わないが、開催しないのならちゃんと返金しろよ
それすらしないのであるから
こちらから頼んでお金を払ってまで見に行きたくもないと言うものである

個人の権利を侵害する事を極端に嫌う、欧米人たちの民主主義精神の高さが
今度は仇となって国際大会の開催意義を根底から問う事になるのである。



■五輪延期なら経済損失3兆円の試算も=スポンサー企業は失望
(時事通信社 - 03月23日 15:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6019035
 国際オリンピック委員会(IOC)は、新型コロナウイルスによる感染拡大を受け、東京五輪・パラリンピックについて延期を含めて検討すると発表した。来年以降に延期となれば、経済損失は3兆円以上との民間試算もあり、日本経済全体に痛手となるのは避けられない。スポンサー企業の間では失望と困惑が広がりそうだ。

 東京五輪の経済効果には、競技場整備などによるインフラ投資と、開催年に観戦のため訪れる訪日外国人旅行者(インバウンド)特需などがある。第一生命経済研究所の永浜利広・首席エコノミストは、ほぼ完了したインフラ整備などにより昨年までに13.8兆円の経済効果が生まれたと試算した。

 延期で影響が出るのは、インバウンド特需だ。永浜氏によれば、2020年の日本全体の経済損失は3.2兆円に上るという。

 東京五輪のスポンサー企業は約80社に上り、トヨタ自動車やパナソニックなど国内外の大手企業が名を連ねている。五輪はサッカーワールドカップと並ぶ世界の二大スポーツイベント。世界に自社商品を売り込む絶好の機会と位置付けて関連イベントや広告、CMなどに資金を投じてきただけに、失望感は大きい。

 ある企業の関係者は延期について「どこまで延期されるかで(広告関係費などの)支出増加額が変わる」といった不安を抱え、IOCの決定を見守っている。

 一方、経済界には開催直前での中止や無観客での開催強行を懸念する声があった。延期については、「経済にマイナスではあるが、無観客で開催するよりは1年延期の方が良い」(大手金融首脳)などの意見もある。 


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