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2020年04月08日09:30

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詩的現代32号〈詩集・詩書時評(30)〉3/3


田中勲『雨は群星の影を遂って』(能登印刷出版部)の表紙タイトル「雨」を通常の読みで主語とおもい頁を繰ったが、読み通した後で表紙に戻ると、違うかもとおもい始めた。《雨は群星》の「雨」は「群星」を修飾し、動詞の《影を遂って》を修飾する形容詞に変化していると考えた方が相応しいとおもえたからだ。いや実はそれも違っており、書き手の意図は《雨は群星の影》までが主語で、「遂って」の動詞を修飾しているのかもしれない。ひと通り読んで、それほど多彩に用いられた「影」の重要性に改めて気づいたのだ。本書全体の主題は「雨」ではなく「影」だというのはだれでもわかることだろう。冒頭作の詩『爪』の一連目がすでに多様な「影」の正体の入口になっている。《その影は/人の重さを忠実に/支え、なぞり、息づいている》。佳品揃いだが、詩『家』でも「影」は主要な位置にある。《今も謎のまま漂う/不吉な影/永遠に乾かない濡れ衣もあるのか/影どもが集まる/家では今夜も》(部分)。以下、恣意的に引用してみる。《ぼくらの会話は/裏側を抜けだすこともなくて/傷付け合うだけの/影の房か》(『房』より)、《影は、/すきとおったものの/泪、であり/影は、/すきとおらないものの/入れ墨にちかい瑕である(略)影は、/内面から沸き起こる命あるものの/劣情的な怒りに狂おうと/まぶしい光りに/変わることは望まず(略)自らを裏切ることはしない/自ら裏切ることをしらない》(『密書』より)。「影」が「泪」や「入れ墨にちかい瑕」という表現は独自である。表題詩はないが「群星」を含む『影の群星』という詩がある。後半から引くと、《影の群星という/視点を/今更のように主張するつもりもない/影の側に身を置くことを識っている者から見れば/それもありなのだと納得できるだろう(略)影の大国は遠すぎて/夜空に描く星座の物語のそれぞれの内面に潜む/盲目に死の影の本性を宿すも、/すべて影の影、影の群星であるというも/己の生命の影の群星は生涯だれにも見えない》を読むと詩題を含め四か所に《影の群星》があって、詩集タイトルの『群星の影』と本詩題の《影の群星》は一対のものと考えられる。この詩を読むと当初の気持ちが揺らぐ。「雨」が主語で《群星の影》は目的語なのではないかと考え直さねばならなくなった。詩『百年ひと昔』には《脳髄の橋の上/へらへら笑っているのは影ばかり》とあり、これは「影」の仮象形だろう。いや、「影」というもの自体が総て仮象であるともいえる。だから「影の影」や「影の影の影」といくら「影」を重ねても仮象の「影」でありつづけ、光を当てることでたちまち消滅してしまう儚いものの総称のメタファなのかもしれない。ここで目次の頁を見開くと『影の群星』のほか『影の欺瞞』『と、いう影の背馳だから』があり、『それからの物影論』には、〈猿の影〉〈二人の影〉〈影の猿〉〈影の人〉〈命の影〉〈影の命〉〈命の猿の影〉〈命の人の影〉、さらには〈真の影、嘘の影〉もあって、ついには《もともと影は死の側に/足をかけて》《物体の本質の/ほとんどの裏面性をあぶり出す》とまで言及している。まだまだ〈影の入江〉《見しらぬ他人の陣地にしがみつく影》という語句や詩句もある。『あとがきに代えて』には、「久しぶりに幻の光の強烈な影につんのめりながら言葉のやさしい呼吸を綴ったのが本集です」。と記している。そういえば田中には『幻の光の中で』という詩集があった。確かに「影」は「幻の光」なのかもしれないし、「光の中」に「影」があるのかもしれない。田中のマトリックス(母胎)には種子としての「幻」「光」「影」が並列状態にあって排出されるのを待っているのかもしれない。評者は以前から田中の詩を注目して読んできた。北陸の地にあって、結晶体にも似た冷たくも透徹した光を放つ抒情詩を紡ぐ稀有な存在なのだと認識しながら。

松沢桃『ウシュアイア』(砂子屋書房)。本書タイトルの語句は地名で、南極クルーズの玄関口の町の名だ。アルゼンチンの最南端フエゴ島にあるティエラ・デル・フエゴの州都でもある。旅情をモチーフとした旅の詩集かと頁をめくっていたがそうではなかった。それだけではなかったではなく、そうではなかったとは「旅の詩集」の否定である。次の詩によってそのことがわかる。《ぴりぴり きりきり ひりひり/索めるものが ある/細胞のすべてが アンテナ(略)ウシュアイアであうなら 冬/烈風が雪とともに 吹き荒れていよう》(表題詩より)の詩句中、《細胞のすべてが アンテナ》とは書き手の神経が身体外からくるものに敏感になっていることを指し、《ウシュアイアであうなら》《冬》とは最果てにある極限の地でなければ逢うことはできないだろうという書き手の気持ちを含意している。詩を還元したいわけではなく、リアル現実が酸化したものを詩だと考えてもいいが、詩と現実とは切っても切れない関係であることだけは間違いないだろう。その伝でいうならば、『あとがき』での「なぜ、詩を書くのか。/生きるため、死んでいたワタクシをとりもどすため」と「旅の詩集」とでは均衡がとれないことがある。「三回忌を終え、(略)旅のあと、詩作に没頭。空白を埋めるかのように、原稿用紙にむかう。朝も昼も夜もなく、鉛筆が時を刻む」も微分と積分の関係にみえる。このスピード感で昼夜なく書き進めるのは、亡くなって遠ざかってゆくひとに向かって猛然とつき進む残されたものの「パトス」である。そういう目で再読すれば読み手は別の読みを獲得できるだろう。《城壁は 堡塁であり なおかつ/むかしもいまも ロマンを駆り立てる不思議の扉でもある》(『城壁に立つ』より)の「不思議の扉」を開いた先にあるものがなにか、《風はつねに準備がで/きている》(『白昼夢』より)の「準備」とはなにかも別の相貌を帯びてくる。詩『おわりのはじまりの旅』は現在地の確認で、詩『地理に遇う』、《何世紀経ようと 変わるものはなく/海は ひかりの源でもあった/希望や未来という》(二連目)の詩句は旅の到達点であり、書き手の思惟の、時間を凝縮した詩作のとりあえずの終わりを記す句点でもあるだろう。

冨上芳秀『芭蕉の猿の面』(詩遊社)。本書も、冨上節炸裂の小噺みたいな短いストーリー詩だが、落語のマクラのように常套的な思考や観念から噺に入り余人の思考の先まで進む。例えば詩『生命線』だと、気に病んでナイフなどで掌を傷つける発想は奇抜ではないが、この詩では易者に線を書いてもらう。その先に拡がる光景が冨上的なのだ。《飽きてきたので誰か生命線を消してくれる人はいないかと思うのだが、易者は死んでしまったようだ。いや誰もかれも死んでしまった。生きているのは私だけの世界であった》とSF的な世界になってしまう。詩『タマシイと肉体』の発想も沖縄の知識があるならば、《タマシイをなくしました》も驚きはしないが、書き手はそこに留まらない。《汚れてよれよれになったタマシイを探しだし、水道の水で洗いましたが、汚れはすっかりタマシイに沁みついてしまいました。衰えた肉体のどこかに私の薄汚れたタマシイがひっそりと暮らしています》となる。着想もまたおもしろい。詩『アヤメ沼の帽子売り』では女が「電球のスイッチ」を切ったり入れたりすることで「満月」が消えたり出たりするところ。詩『体操服のお姉さん』では《元気で体操をしているのは、体操服のお姉さんとそのまねをしながら健康になっていつまでも死なない老人ばかりになりました》と、現代社会の風刺的で空想的な世界観を描出している。詩『ウシウマ君』も独特だ。《牛の顔をして馬の身体をした》同級生の噺で、先生が《名前を読み上げ》るのを聞いて級友は笑うのだが、そんな風に見えていたのは《私だけ》だった。そんなクラスメイトは《存在したのでしょうか》、いや記憶の中にはっきり残っているのです。表題にある「芭蕉」のことは詩『枯野』で逝去間際の様子と門人たちの動静を短文に的確に纏めており、詩『淀川を遡る芭蕉の遺体』では、想念とも現実とも夢ともつかない朦朧とした意識が芭蕉の遺体と一緒に舟で川を遡ってゆく。詩『鶴の盗難』で芭蕉は鳴滝の山荘で詠んだ『野ざらし紀行』中の「梅白し昨日ふや鶴を盗まれし」をテーマに一篇を為し、詩『月の海から見た芭蕉』では、『奥の細道』中の「荒海や佐渡に横たふ天の川」をテーマに、《終日雨、夜には風雨ともに激しくなったのだから、天の川は見えないのだ》《だが、芭蕉には見えるのだ》《それが詩の世界なのである》と結んでいる。詩『住処としての旅』でも《旅を住みかとする》芭蕉がいて、《虚構の世界》や《異空間の夢を見させることが私たちの人生である》とは、旅芸人と芭蕉と冨上とを繋ぐ一本の糸のことでもあろう。詩『猿が無数に落ちては死んでいく町』に《猿の面》が出てくる。「年々や猿に着せたる猿の面」とは芭蕉の句で、「元日に猿回しがやってきて、猿に猿の面を付けて芸をさせている。自分もまた猿と同じように、進歩もなく、旧年同様の愚をくり返すのだろうか、という意」だと芭蕉会議のブログにある。後の方に表題詩もあった。《私は芭蕉の姿を追い求める旅人である。私は猿に猿の面を着せて平凡な生活をおくる猿回しである》は、本音に近いところでの率直で自虐的な感慨なのだろう。評者は、《推敲》の語源である長安での買島と韓愈の間で交わされた「推す」か「敲く」かのやりとりから始まって、主人公と門内の女との関係にまで空想を膨らませる詩『月下の門』が好かった。中国古典に材をとって短編小説に仕立てた芥川龍之介の世界に通じるものを感じた。芭蕉と私的旅の詩と定住者としての日常生活がテーマであると冨上は書いているが、音韻で鎖のように次の語句に繋ぐことで推進力を得る詩法がベーシックにあり、幻想的エロティシズムなパトスが滲みでる衰退の影を排除している。冨上は言う、《煩悩》は《詩の根源》だと。詩『詩人ではない詩人』ではこうも言う。《私は詩でない詩を書く詩人でない詩人になった》の詩句は、冨上の定住者的リアリズムと詩人的アンチリアリズムに引き裂かれながらもつき進む詩人の姿なのだろう。

樋口武二『雨の部屋』(詩的現代叢書40)。詩は輪郭をもっていない。詩は詩人でも書き手でも、作品の主人公のものでも、だれのものでもない。詩は捉まえたとおもった次の瞬間には逃げだしている風のような影のような神出鬼没の、神か悪魔のような圧倒的な力をもっている。詩は例えば記憶、例えば夢、例えば幻、例えば現。詩は言語で捉えられないが言語でしかアプローチできないものだ。そんな指呼するしかない朧なものをどんなに詳細に記述しても、いや詳細に記述すればするほど、迷路のさらなる奥に踏み迷ったように朧なものはますます朧になってしまう。視座を替ればひとの欲のようなものかもしれない。貪欲な欲は満たされることがなくさらなる欲を呼びこんで際限がない。際限のない記述の道行きには様々な困難が待ち受けている。例えば本書の詩『雨の部屋』の「雨」であり、「雨」の変奏である驟雨や雨音や水音や水の滴り、白い飛沫や雨樋や草や、湿気や糸をひくといった水気の範疇にある語彙やイメージに滲みながらひろがってゆく。だから書き手は、いくつもの待ち受ける困難とその周辺を丹念に記述するのだ。いや待てよ、困難ではなくむしろ手掛かりなのかもしれない。どっちにせよ主体の外にありながら、真っ暗な部屋の壁に幻燈のように写しだされた屋外の景色、そんな近くてはるかに遠い、指呼の距離にある限りなく朧な詩に最接近できる方法なのだと確信するのだ。と、ここまで書いてきてなぜか急に「西遊記」がおもいだされた。であるならば、お供の孫悟空・猪八戒・沙悟浄はアイテムとなりモチーフや語彙に擬すことができ、様々な困難や手掛かりは退治される妖怪の黄風大王・白骨夫人・金角大王・銀角大王・牛魔王といった面々になるのだろう。そういえば作品にもたびたび実体の希薄な妻や女が出てきた。妖怪の白骨夫人は、自分の偽の死体を残して魂のみ逃げさることができる「解屍法」という術を得意とするらしい。そんな女の妖しげなところも、作品自体の朧さと相まって樋口詩のアイテムの必要十分条件となるだろう。経典を求めて旅ゆく三蔵法師の姿はなんと詩人の、いや無から何かを想像する芸術家や創作者に似ていることだろう。またまた脱臼癖のように脱線してしまったが、「西遊記」の道ゆき構造は意外と樋口作品のそれと似ているのかもしれない。違うところがあるとしたら、物語のプロットや道具立てが明白でなく、夢か記憶のなかをゆく感覚を刺激された意識体であるところか。しかし、その道行きであるところの意識体を対象化する外側の意識体もあって、そこにまた外側からの刺激が妻とか女の声とか白い手、長い髪などとして闖入してくる。このように物語というよりも道ゆきの意識体が流動する構造があってそれを包む別の意識と入れ子的に重層構造になっているところなのだろう。
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 これまで三〇回、七年半に亘って書評欄を担当してきた。その間、自己検閲的に頁数を抑えねばという気持ちが働いたが筆が滑るまま頁数を重ねてしまった。それもこれも自由気ままに書くことを黙認していただいた樋口さん、愛敬さんの計らいがあったことはいくら感謝しても足りない。そしていま、ようやく肩の荷を下ろすことができるのも二人の計らいによる。最後に、寄贈いただいた野沢啓の二冊が残された。もちろん今号に書く気持ちだったが、生半可な文章だけは避けねばと後回しするうちに時間切れとなってしまった。また次号回しになってしまったが、慎重なおもいの末だったとどうか笑許いただきたい。号を重ねるほど寄贈詩集が増えて手に余るようになったことも嬉しい悲鳴だった。読んでいただいた方々ともども感謝する、ありがとうございました。

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