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2021年06月15日00:04

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「理論は考察であって規範ではない」『戦争論』カール・フォン・クラウゼヴィッツ

 「戦争は政治の延長にすぎない」 「戦略の失敗は戦術では覆せない」といった現代にも通じる戦争の本質を解明した未完の大著で、日本語訳が最近また出版された。二項対立による弁証法のアプローチがとられているうえに、回りくどい表現が多いため、平たく言えば読みづらい。


●理論とは考察であって規範ではない

 一番心に刺さったのは、理論は考察の対象にはなっても模範解答にはならないというところだった。つまり、理論万能主義への批判であり、自ら戦争論の限界を素直に述べているのである。

 そも同じ因果関係のパターンが繰り返し出現する場合、その現象は理論的な考察の対象になりうる。その分析は正確な知識をもたらし、戦史といった経験的証拠を実証することで、因果関係の理解を深化することができる。これが理論である。

 複雑な現象を弁別し、因果関係を解き明かすことで、戦争分野の至る所に批判的考察の光を当てるのならば、理論の役目は果たしているのである。この意味で理論は、書物によって戦争を学ぼうとする人々のよき案内役となるであろう。

 では、戦場において理論はどのように位置づけられるのか。理論で導かれた原理や原則は役に立つために存在する。役に立つかどうかは、指揮官が自由に判断しなければならない。理論は「判断を助ける道具」と位置づけられるべきで、答えを教授してはくれない。さもなければ相手の「想定外」「掟破り」「定石外」といった打ち手に敗れることになるだろう。


●摩擦と軍事的天才

 本書は当時において革新的な内容であたったが、その中に「摩擦」「軍事的天才」という概念がある。摩擦とは、予測不能な事象(天候、過失、情報漏れなど)であり、机上の戦争と現実の戦争の差を埋める概念である。
 そして、その摩擦を克服するのが「軍事的天才」だとされている。イメージとしては、ナポレオンのような軍事的に卓越した存在であろうか。この軍事的天才は知性と感情を併せ持った「精神力」をもつものと定義された。

 予測不能な現象とそれを克服する精神力を戦争の考察に含めた点が画期的だったのである。


 いまの会計学は因果関係の解明が主流であり、よき学習者への手引きにはなっていると思う。しかしながら、現実の意思決定における判断を助ける道具になっているのかは判然としないし、人の精神力を考慮しているともいえないだろう。研究者として考えさせられる良書だった。 
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