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2016年01月14日00:17

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永山則夫の告白（ＥＴＶ特集・１００時間に及ぶインタビュー・テープより）

永山則夫死刑囚のＥＴＶ特集を見ました。百本ものカセットテープに記録された彼の肉声による告白の内容は、あの四件の凶悪な殺人事件が彼の凄まじい成育環境、徹底的な人間不信、猜疑心、被害妄想によってもたらされたものであることを物語っていると思います。彼の犯罪の凶悪性が彼の生い立ちを振り返ると、すとんと理解出来る気がするのです。もしもあんな劣悪なる環境に育ったら、誰であれ、犯罪者にならずに済んだかどうか判らない。あんな地獄のような半生を過ごしてきた人がいたこと自体信じられない気がします。が、しかし、実際にいたのです。
最初にお断りしておきますが、これから記す永山と永山の母、ヨシの告白内容は、原文のままではありません。文章的におかしいと思われる文は判り易く書き変えてあります。

永山則夫の生い立ちを語るには、まず永山の母の生い立ちのことを語らなければなりません。
永山の母、ヨシは北海道の利尻島に生まれ樺太に育ちました。ヨシの母親は蟹の缶詰工場で働く女工でした。その影響か、ヨシも学校へは行かず工場に勤める女工らの子供の子守りをさせられていました。やがてヨシは母親の再婚相手から夜ごとひどい暴行を受けるようになります。彼はひどい酒乱でした。母親からも暴行を受け、「お前は死ね」と幾度となく言われたと言います。母親自身も、その男からひどい暴行を受けたのでしょう。こんな生活に絶望し、ヨシを連れて無理心中しようとします。川へ飛び込もうとしたのです。幸いこれは未遂に終わりましたが、ヨシが１０歳の時、母はまた新しい男を見つけ、青森へ渡ってしまいます。ヨシは樺太に置き去りにされたのです。二年後、ソ連領サハリン北部を放浪していたところを保護され、母親のところへ送り返されます。愛のない家庭で幼年期、そして思春期を過ごしたヨシは、人を愛せない女性でした。そのために人間的な温もりのある家庭を築けなかった。親としての責任ある役割を果たせなかったのです。
ヨシの夫、つまり永山の父は林檎の栽培技師でしたが、博打に狂って家に寄りつかない。たまに戻ると、家の金を持ち逃げして出てゆく。全く働かない。夫婦仲は完全に破綻していた。永山家は北海道の網走にあって一家１１人の大所帯でしたが、母は行商に出たきり戻らない。よって永山は父の顔はおろか母の顔も知らずに育ちます。１９歳年上の姉セツが母代りでした。永山はこのセツ姉さんだけが優しかったと言います。高校生の兄（長男）は女性を妊娠させて子を産ませ、その子供は永山家が引き取って育てていました。
しかし、永山が４歳になった頃、セツはある男性の子を身ごもり、彼に堕胎を強要され、そのために精神を病んでしまいました。そして家のことをまったくやらなくなり、精神病院に入院させられます。永山の母代りをしていたセツの存在が一家の支えだったのに、そのセツが精神に破綻を来たした後、一家は崩壊します。その時母はどうしたか。あろうことか娘二人と孫娘一人だけ連れて青森の板柳町へ帰ってしまったのです。折しも季節は真冬。厳寒の網走に置き去りにされたのは１４歳の三女、１２歳の次男、９歳の三男、そして５歳の四男則夫。父親の行方はもうわからない。母親には捨てられた。この後、収入のない４人のきょうだいたちが一体どうやって暮らしたか。
「こんだけ大きくなったから大丈夫だと思った」
母ヨシはこんなことをうそぶきますが、あとに残された４人の生活は、それは悲惨なものでした。港に落ちていた魚を拾って食べたり、港のごみ箱をあさったり。つまり乞食同然の生活を強いられた。
「あれは網走公園かどっかかな、ごみ箱の中の折詰かな、羊羹みたいなの拾ってさ。食ったのかな。とにかく始終腹すかせてて。近所の人に棒で殴られたりなんかして、よく小突きまわされて泣いて、兄貴の誰かが、「おれら捨てられたんだ」って泣いてたよ」
子供たち４人はこの過酷極まりない一冬を過ごした後、役場の世話で青森の板柳町へ送られます。この板柳での生活もつらいものでした。母は行商に出たきり帰らない。長男、次女、三女は中学を出た後逃げるように家を出て行った。つまり中学に上がったばかりの次男が一番の年長者。永山はこの兄から毎日のようにひどい暴行を受けるようになります。永山は当時６歳。
「みぞおち、よく殴られて気絶したんだ。ここ、一番効くからね。二発ぐらいやられたら気絶してたね。ボクシングのバコバコ言う奴あるでしょ。あれみたいに顔バコバコ殴られてね。鼻血流すとたいがいそこで止めるんだ。鼻血出ない時は気絶するまで殴られたり蹴られたりした」
次男は成績優秀だったけれど、家庭が貧困なために修学旅行にも行けませんでした。進学も叶わず、その鬱憤を永山に暴力をふるうことで晴らしていました。時たま帰ってくる母も、永山が泣いていると、理由も聞かず彼を叱りつけ、殴ったり蹴ったりしたそうです。夫を連想させる永山の仕草や姿ふるまい。永山が父親似だったこと。ただそれだけのために、母親から理由のない暴力を受けたのでした。
小学五年生の頃、セツ姉さんが病院を退院して永山の許に帰ってきます。やさしいセツ姉さん。永山はそれまで休みがちだった学校にも通い出しました。
「セツ姉さんが教えてくれるから、宿題も全部やれたもんね。自慢できたよ。そういう理由もあって学校にも休まず行くようになった」
ところがある日、セツ姉さんが家で、近所の男とセックスしている場面を見てしまいます。信頼していた姉に裏切られた気持ちだったかも知れません。その後セツは妊娠し、一時は子を産もうと決心します。しかしお腹の子が７ヶ月になった頃、家に戻った母に反対され、堕胎を強要されます。死んだ胎児を病院から運び、永山家の墓地の一角に埋めさせられたのは、他ならぬ１１歳の永山でした。永山家の墓地には墓石がなく、彼は母に言われて家にあった漬物石を墓石の代わりに置きました。
「石運ばされてね。嫌だったよ。その頃から俺の頭もおかしくなってきて、セツ姉さんの顔見るのも嫌だった」
セツは再び精神を病み、再入院します。
その頃、網走以来行方不明になっていた父がひょっこり永山家に顔を見せますが、兄たちは父を木刀で殴り、叩き出します。
翌日永山は、町の映画館の前で父に声をかけられました。
「入り口で看板見てたら、後ろから「則夫」って肩を叩かれてね。「１００円やろうか」とか言われて俺、怖くなって逃げて、電柱のとこから隠れて見てたら、その後親父、板柳の駅の方へ行ってしまって、１分もしないうちに列車に乗って行っちゃったよ」
永山の目には、父は母が言うほど悪い男には見えなかったと言います。
その後永山が中学へ上がった頃、父が死んだという報せが届きます。岐阜県で行き倒れ、ポケットには１０円しか入っていなかったそうです。
「その頃だよね。何で俺生まれてきたんだろうって思ってね。何度も死のうと思ったよ。天井から縄をぶら下げてね。いつ死のうかそればかり考えてた」
その後永山は幾度も自殺未遂を繰り返します。姉セツの一連の出来事と、父の死は、永山の心に生涯癒えない深い傷を残したのでした。
兄２人が集団就職で家を出てゆくと、今度は永山自身が幼い妹に暴力をふるうようになります。暴力を振るわれて育った子は、人との接し方が判らず、暴力でしか自分の気持ちを表現できない。親から子へ、子から孫へ連綿と続く、救い難い暴力の連鎖。永山もその例に洩れず、木刀で妹を繰り返し打ちのめした。永山の集団就職が近づいていましたが、彼はその準備も出来ず、ある時町の呉服店に忍び込みＹシャツを盗みます。母は彼を疎ましく思い、早く出て行け、出て行けと、そのことばかり考えていた。昭和４０年３月、永山が青森を発つ日、家族は誰も見送りに来ませんでした。

永山が最初に勤めたのは渋谷駅前のある果物店でした。誰よりも早く出勤し、店の掃除をし、果物の包装もてきぱきとこなす真面目な少年でした。その勤務態度が評価され、３ヶ月後には新しい支店の担当に抜擢されます。
「お客は俳優とか有名な人や、エリートっぽい高級な感じの人が多かったよ。岩下志麻っているでしょ。あの人が買いに来たときね、黒いメガネかけて笑ってるんだ。その頃は俺の働きぶりが認められてね、ちょっと天狗になっちゃったんだよね」
ところが半年が経った頃、店の人が板柳を訪ね、呉服店でＹシャツを万引きした話を知られてしまいます。
「ガーンてぶん殴られたみたいに感じた。これは駄目だと思ったね」
荷物を残したまま社員寮を出た彼は、それからの３年半の間に２０回近くあちこちの職場を転々とします。しかし何処へ行っても同じで、他人への猜疑心に苛まれ、嫌になれば投げ出してしまう。
「みんな俺が来ると、黙っちゃうんだよね。あ、俺のこと噂してたのかな、とか思うよね。嫌でたまんなかったね」
行く先々でこういう場面にあうたびに永山は人間不信の気持ちを募らせてゆきます。
その頃彼は定時制高校に通っていました。真面目さが買われて学級委員長を務めていたそうです。けれど、彼は周りの人間に対してこんな事を考えていた。自分にそういう責任の重い役割を課して、自分を退学させる方向へ、辞めたくなるように仕向けていると思い込んでいました。思えば彼は人に優しくされた経験がほとんどない。脳波を調べたら、はっきりと異常が見てとれました。深刻なＰＴＳＤに陥っていたのです。
その頃、永山の兄（次男）が上京してきて、池袋で暮らしはじめます。永山はお金だけ持って転がりこむと、兄はアパートに泊めてくれたそうです。兄はバイトで稼いだ金でパチンコ三昧の暮らしをしていました。この頃は兄も暴力はふるわなかったと言います。しかし宿なしの彼を兄は次第に疎んずるようになります。
「冷たくされたんだよね。急にね、うちはホテルじゃないんだって、いい加減にしろって。もう来ないでくれって言われたね」
最後の働き口は横浜港での日雇い人夫の仕事でした。２日も続けて働けば足腰が立たなくなるような過酷な仕事でした。
「とにかく休めるとこ、叱られずに休めるとこ探してたんだ。大勝館に行ったり、深夜喫茶に行ったりしちゃうわけなんだ。防空壕みたいな穴が桜木町の辺りにいっぱいあってね。新聞紙敷いて寝てたね」
「とにかく独り。どんどん独りになっちゃったんだな。夜になるとさびしくてね。親父みたいに死にたくなくて、怖くて、俺もいつかは野垂れ死にだって」
精神鑑定をした石川医師によれば、永山の自殺未遂は１８回に及びました。日本から逃げ出そうと外国船に忍び込んだ時も船中で自殺を図りました。
「船員にエビみたいにぐるぐる巻きに縛られてね。暴れると思われたのかな」
送り返された彼は、少年鑑別所に入れられました。そこで彼を待っていたのはリンチの嵐でした。便所の水を飲まされ、耳の中から血が出るほど殴られました。
「全員にやられたんだ。あと一時間やられてたら死んでたかも知れないな」
出所したけれど、もう何処へも行くあてのない彼は、二度と戻らぬつもりでいた板柳に戻りました。しかし、そんな彼を待ちうけていたのは母の罵声でした。
「俺はもう何もかも嫌になってたんだ。もう少しお袋が静かにしてくれてたらよかったのに」
昭和４３年１０月、永山はアメリカ軍横須賀基地に侵入します。アメリカ兵に撃たれて死んでもいい、そんな捨てばちな気持ちでした。その時、忍び込んだ兵士の家で手のひらほどの小さな拳銃を見つけます。
「見つけた時はうれしかった。宝物みたいに見えた。これ持ってたら強くなれる気がした」
その数日後、彼は最初の殺人を犯します。
その日一日、永山は懐に拳銃を忍ばせたまま東京の繁華街をさまよい歩きます。何も食べず腹をすかせた彼は、夜、東京プリンスホテルの敷地に這入ります。そのとき不審者と見とがめたガードマンに永山は取り押さえられます。
「その時ね、俺転んじゃってね、拳銃を落としちゃったんだ。慌てたね。で、相手の顔が帽子で見えないんだ。直感的に警官だと思ったのね」
彼は咄嗟に引き金を引きます。撃たれた２７歳のガードマンは搬送先の病院で死亡。
その３日後の１０月１４日京都。深夜、野宿しようと神社にいたところを、見廻りの男性に見つかり警察に連れて行かれそうになって発砲。被害者は６９歳の男性。死亡。
その後東京に戻った彼は池袋の次男を訪ね、人を殺してきたことを告白します。
「兄貴は自首しろって言ったんだよね。俺は北海道で死にたいって、俺泣いてね」
その一週間後の１０月２７日、函館。永山はタクシー運転手に発砲。売上金９０００円を盗みました。被害者は３１歳の男性。死亡。１１月５日。名古屋。再びタクシー運転手に発砲。売上金７４００円を盗みます。被害者は２２歳の男性。死亡。
その後永山は逃亡を続け、翌年４月７日逮捕。
東京拘置所で、彼は石川医師から母が自ら記した生い立ちの記のノートを手渡されます。母も自分と同じようなひどい目に遭いながら生きてきたことを知った永山は、それを読んでぽつりと呟いたといいます。
「お袋の手記を知ってたら、事件なんか起こさなかったよ」。彼の瞳は潤んでいたそうです。

永山則夫に対する精神鑑定書はこう結論づけられています。
決定的因子
劣悪な成育環境と母、姉らの生き別れ等による深刻な「外傷的情動体験」と放浪時の睡眠障害、孤立状態、無知が複雑に交錯し、増強しあった結果である。

一審はこの鑑定書を重視せず、死刑。二審は鑑定書を重視し、無期懲役。最高裁は精神鑑定書の存在にすら触れず、一審を支持。死刑が確定します。最高裁裁判長の見解としては、これほどの重大犯罪の被告の犯行時の精神状態が、正常でなかったとしても、彼に情状酌量の余地を与えては、これがのちのちの凶悪犯罪の判決の前例となって、今後起こりうる卑劣な犯罪を裁くにあたって、厳しい判決を下す場合に差し障りが生ずることを恐れたものと思われます。
永山は逮捕後、獄中で勉学を続け、遂には作家デビューします。そして、被害者遺族には印税を送り続け、函館と京都の遺族はそれを受け取ることを了承しました。そして二審が始まる頃、彼は獄中で結婚します。その妻の助けを得て、片仮名しか読めない母に手紙を送りはじめます。もちろんすべて片仮名書きで。永山は誰からも相手にされなかった母親と、セツ姉さんに仕送りを続けました。セツの死は平成４年。母は翌年老人ホームで亡くなりました。８３歳でした。
平成９年８月１日、永山の絞首刑が執行されました。遺灰は遺言通り、網走の海に撒かれました。
永山の独房から死後見つかったものがあります。それは石川医師による精神鑑定書でした。ところどころセロテープによる補修がされており、これはと思ったらしき箇所には赤線が引かれてありました。そして傷まないようにビニールのカバーがされてありました。幾度も、幾度も繰り返し読んだことが窺われました。

永山則夫は後半生において少しずつ人間性を取り戻していったように思われてなりません。人間らしい生き方が出来なかった人物が人間性を取り戻してゆく過程は、それだけで一篇の人間ドラマとなります。被害者の遺族は何も報われていないと思われるかも知れませんが、永山がどれだけ劣悪な環境に育ってきたか、どれだけ周囲の人間たちに打ちのめされて来たか、それを思うと、ぼくの胸にも熱いものが込みあげてきます。実際永山と同じ成育環境に置かれて、正気を保ち続けられる人間が、世に何人いるかぼくには甚だ疑問に感じます。

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