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2008年01月03日21:23

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槍平の遭難事故2

午後11時50分ごろ、人の叫び声がした。

その晩、槍平にいたパーティーは、冬期避難小屋に10人ほど、わたしたちのテントの周りに4張りほど、槍平小屋を挟んで向う側に3パーティーだった。
声は、小屋の向う側から聞こえたようだった。
しかしなんのことか分からず、テントに入る。
そのうちにあたりがざわついてきた。
「おーい!大丈夫か!!」
「おーい!!」

そして、大声で誰かが呼びかけた。
「遭難です!動ける人はスコップを持ってきて下さい!!」

わたしたちは急いで登山靴を履いて、スパッツを着け、声のほうに向かった。
小屋の向う側、テントの一つに人が集まっていた。
数人の人が集まって、テントから人を掘り出している。
2名のぐったりとした身体が見えた。
雪崩が起こり、テントが雪でつぶされ、埋まってしまったのだ。
パーティー3名のうち、一人だけが脱出して助けを求めたのだ。
最初に聴いた叫び声がそれだった。

さらにもう一つ、完全に埋まってしまったテントがあるという。
見当をつけて、4〜5人の人が雪の平地を掘り返している。
しかし、どこをどれぐらい掘ればよいのかさっぱり分からない。
わたしもスコップを持って闇雲に掘っていた。
やがて誰かが電波探知機を持って、雪の下にあるかもしれない非常用発信器を探り出した。
反応があったらしい。
ここだ、とばかり棒状の探知機を雪に突き刺した。
みんながその周りに集まり、掘り返しはじめる。
3人パーティーのテント場では、遭難者二人の身体が掘り出されていた。

わたしたちのパーティーに、今回が冬山初めてという初心者がいた。
彼は遠慮して、探知機から少し離れたところでどうしていいか分からず立ちすくんでいた。
すると、雪に穴が開いているのを発見した。
ライトで穴の中を覗いてみると、人の手首がある。
もがくように動いている。
彼は先輩に知らせた。
「あのう、穴があって中に人の手首があって、動いてるんですけど。」
「ばか!早く掘れ!!」

穴の周りを掘ると、雪面に人間の右手首が現れた。
宙を掴むように動いている。
「おーい!大丈夫か!頑張れ!!!」
声をかけながら、さらに掘り進んでいく。
スコップでは身体を傷つけるので、手で掻き出すように雪をどけていく。
やがて胸が現れ、顔が出てきた。
女性だった。
青白い顔をしているが、意識はしっかりしているようだ。
「あと何人いるんだ!どっちだ!どっちにいるんだ!!」
「こっち!こっち!!」
女性は右と左を指した。
女性の右に二人、左に一人埋まっているようだ。
わたしは右側を掘り始めた。
ほどなくまた手首が出てきた。
今度も動いている。
生きているんだ。
声をかけながら掘っていく。
「頑張れ!もう少しだぞ!!」
雪を引っ掻いているうちに手が痛くなってくるが、そんな場合じゃない。
男性の顔が現れた。
ぐったりとしているが、意識はあるようだ。
テントが身体に絡まっているので、ナイフで切る。
助け出された女性は立ち上がって半狂乱になって仲間の名前を呼んでいる。
「○○さーん!!××さーん!!」
女性の左側も掘り出されていた。
男性の身体が現れたが、動いていない。

わたしたちは最後の一人を助け出しにかかった。
胸が現れた。
顔の部分を探り当て掘っていく。
動く気配がない。
意識がない。
複雑に絡まったテントの切れ端をナイフで切って、上半身を掘り出した。
見たところ外傷などはない。
窒息しているようだ。
その場で気道確保をして、人工呼吸と心臓マッサージを試みる。
わたしは心臓マッサージをした。
胸骨への圧迫を繰り返す。
マッサージをしていると心臓が動いているようだが、離すと止まってしまう。
すでに心肺停止のようだ。
だんだん上腕が疲れてきた。
他の人と交代してもらう。

もう一人の左端の遭難者は全身を掘り起こされ、平坦な雪面に引き上げられようとしていた。
わたしはそれを手伝う。
身体を下ろしてみると、右腕がおかしな方向にねじ曲がっている。
肩が外れているか骨折しているようだ。
少し開いた目を見ると、すでに瞳孔が散大している。
しかし、わたしたちは心肺蘇生をやめる気にならなかった。
やめればわたしたちが殺したような気分になってしまう。
わたしは人工呼吸を交代してやり始めた。
気道確保により大きく開いた口に唇を重ね、息を吹き込む。
思ったよりずっと肺活量が必要だ。
肺に空気が入って、胸が盛り上がるようにふくらむ。
唇を離すと、いびきのような音を立てて空気が口から出てくる。
やがて、その空気から嘔吐物のにおいがしてきた。
わたしは吐き気がしてきて、人工呼吸を続けられなくなった。

時間は午前1時を過ぎていた。
その場を取り仕切っていた人が敢然と言った。
「一時間以上経ちました。もう蘇生する見込みはありません。身体を避難小屋に運びましょう。」
わたしは正直、少しほっとした。

先に掘り出されていた3人パーティーの遺体搬送を手伝った。
初老の男性だった。
6〜7人で持ち上げて運ぼうとした。
しかし遺体は重く、雪道は歩きにくい。
少し歩いただけで地面に落としてしまった。
テントシートを遺体の下に敷いて引きずっていくことにした。
雪はまだ降り続いている。

(続く)

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