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2019年08月18日01:02

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ドラマ「絶対正義」の最終回

2019年03月24日のツイート

ドラマ「絶対正義」の最終回ひどかった。どうしてこうなったのか?それは原作のオチに安直にドラマオリジナルを付け足したから。バッドエンドで綺麗にまとまってるのを、そこから無理やりハッピーエンドになるようにオリジナルを付け足した。それまで引っ張ってきた原作の面白さがすべて台無しになった。

こういうのというのは原作を使ったアニメやドラマの悪いクセというやつで、「この面白い原作に、さらに自分の考えた面白いものを付け足してやれば、もっと面白くなるじゃん!」という完全に安易な素人考えで、話を作るプロのやることとは到底思えないことを平気でやるのだ。

付け足されたそれはまさに、絵に描いたような「蛇足」となって、死んだのに実は生きていたことにされた(きれいにまとまった話がこれでぶち壊しになった)そのキャラはメアリー・スーのようでもあり、もう見ていられないので飛ばし飛ばし見てしまった。最後の最後にスカッとジャパンもくっついていた。

ただでさえオチをぶち壊された終わり方に、この内輪ネタで面白がっている様子を見せられる寒さ。しかも私はスカッとジャパンが大嫌い。プロの技で作り上げられた原作の最後に素人作品が付け足されていじくり回された。それはまるで絵の描けない素人に落書きされた名画のようにみじめな姿となっていた。

最終回で終わった作品(戦いはこれからだ!で終わるのでもなく、バッドエンドであってもキッチリ綺麗に終わった)に、その後の展開を描いた下手な同人作品が付け足されてオフィシャルにされたような感じ。まさに「そういうオチにするなら最初からそのつもりで書かないとダメ」ということなのだ。

それはやれるはずである。そこは原作小説をわざわざドラマ用の脚本に書き直しているわけだから。しかし完成品をいじれる腕がなかった。完成したものをあとからいじるのは能力がなければ無理なのだ。それは制作者には分かったようである。これはいじれない…と。だから単純に話の後を付け足した。

単純に、バッドエンドだからお茶の間向きにハッピーエンドにしたい。バッドエンドと見せかけて話は続いてハッピーエンドに持って行きたい。それが意図だろう。しかし筋の通った完成された話に付け足しでそれをするのは無理なのだ。

これが最初から筋の通っていない行き当たりばったりならなんとでも付け足せるわけだ。つまらない作品がつまらない作品になるだけのことだ。しかし筋の通った面白い作品に行き当たりばったりのノリで付け足すと、面白い作品がつまらない作品になるのだ。「行き当たりばったり脳」にはこれが分からない。

世の連載漫画、連続アニメ、連続ドラマ、連続ストーリーというのはたいてい行き当たりばったりなのだ。筋の通った連続ストーリーは世の中のごく一部の作品しかない。筋が通っていることが要求される一話完結ストーリー、完結された一本の映画、一冊の小説、なんかとは逆の様相となっている。

行き当たりばったり脳には、筋が通っているというのはどういうことなのか、これがイメージすらできない。「世の中なんてすべて行き当たりばったりだよ」と思っている。行き当たりばったりの世の中に、美しく筋を通すのが創作ストーリーなのだ。

そういうものが作れるかどうかが素人とプロの違いだ。世の中素人に毛の生えたような作家ばかりだが、それで成り立つのは「素人が素人に感情移入する」というのがあるからだ。感情移入さえあればウケる。それで、屁理屈のようだがプロ(?)として成り立つのだ。

作家は、読者・視聴者・観客と一緒になって行き当たりばったりの運命を面白がっているだけではダメ。やはり「運命を司る神」として仕事をしないといけない。作家には神としての能力が必要なのだ。神の能力、神の仕事とは? と考えればこれは大変なことをしないといけないと想像できるはずだ。


とりあえずこのことを今ここで全部説明はしないが、イメージはできた、ヒントにはなった、なんとなくそういうことか、と思ってもらえたと思うのでこの辺で。
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