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2019年03月24日13:47

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その16】

【創作まとめ】 
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【前回】
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seen26

「これは…………何があったっていうの!?」
 オロビア村六丁目にあるヴェルシュバイン宅にてお肉の代金を支払って戻ってきたリューネの前には、衝撃的な光景が広がっていた。
 寸胴を囲むように倒れているキスティアとトッティ。他にも炊き出しを聞き付けて集まったと思われる村の人達も同様に倒れていた。
 リューネは倒れている村人の一人に近づき顔を除き込むと、そこには苦悶の表情ではなく、恍惚とした至福の笑顔があった。
「もう食べられないお」
 至福の笑顔で気絶している男の口から、定番の寝言がこぼれ落ちた。食べきれないほどの量の食事を満腹まで食べる夢が、果たして本当に至福の夢なのか甚だ疑問ではあるが、尋常ではないことだけは理解した。
 手練れの冒険者であるキスティアとトッティが、手も足も出せずに倒されている。
 こんな事が可能な人物は一人しか居ない。
「何があったのか、説明してもらえますか?」
 倒れた人々の中心部にて瞼を伏せ天を仰ぐ姿勢で、いまだ黙するカノンに問いかけた。
 闇雲に戦うのではなく、人々の生活を支え、生き延びる手伝いをすることが助ける戦いだと教えてくれた少女。その少女がこの惨状を引き起こした張本人かもしれない。
 リューネは彼女に二度も敗北を喫しているが、返答次第では三度目の戦闘も已む無しと考える。
「みなさんには幸福の夢を見ていただきました」
 哀しげな色を灯らせた声でカノンは囁いた。
「こうするしか…………なかったの」
 リューネに視線を向け、そっと呟く。
「私はまた…………間に合わなかった」
「いったい何に間に合わなかったっていうの?」
「…………一緒にいたというのに…………料理の味付けを止めるにはこうするしかなかった」
「いやもっと他の手段があるでしょ!」
 再び天を仰ぎ語るカノンに、リューネは手の甲でつっこんだ。
「周りの状況見なさいよ。大惨事じゃない! もっと他に最善の手があったでしょ」
 リューネは寸胴の近くで倒れているキスティアとトッティを抱き起こし、広場を囲む柵にもたれかけさせて並べた。
「だいたい味付けを止めるってそんなに悪い味なんですか?」
 寸胴に近寄り、調理台にあったオタマで中身をかき混ぜる。
 底からぼこりと大きな泡が沸き上がり寸胴の中で弾ける。すると辺りに強烈な臭気が漂わせ目と喉を刺激した。
「うぇっ、何これ。目に染みる!」
 寸胴を覗き込んでいたリューネは、顔に臭気をまともにくらい、涙目になりながら身体を仰け反らせた。
「だから言ったでしょ? 間に合わなかったって」
 やれやれと首を振るカノン。そしてリューネに冷たい視線を送る。
「それがあなたの部下が作った、老若男女誰もが絶賛する国民食よ」
「ちがう…………こんなのが…………こんなのがカレーなわけないッ!」
 カノンの言葉にわななき、後退るリューネは、現実を受け止めきれないといった様子で首を振る。
「認めなさい。これがあなたの選んだ現実よ」
「そんな…………私が間違っていたと言うの?」
「そうね。少なくとも、レシピも知らない料理を作ろうと考えるのは間違いね」
 呆れ顔のカノンは、左腕を幻響器ヴァイオリニオンの弦を摘まみ弾く。
 プィンッと高めの音が鳴り、それとリンクするようにキスティアやトッティをはじめとする倒れていた人達が、ビクンと身体を痙攣させてから目を覚ます。
「オレはいったい…………って何だこの匂い。くっせ!」
 目を覚ましたキスティアは、周囲に漂う臭いに鼻を摘まみ手を振って空気を拡散させようとする。しかし臭気は広場全体を覆っているため、臭いが晴れることはなかった。
「うう……ボクには、この臭いはキツいです」
 狩猟民族であるエルフは、風に混じった獲物の臭いを嗅ぎ分け追跡するため、人間よりも嗅覚が優れている。
 しかし今はそれが仇となり、トッティの精神を蝕む。
「うう、気持ち悪い」
「誰だ、毒を撒いたやつは」
 村人達も気分がすぐれず、思い思いに悪態をつく。
 避難準備に忙しい村人を手助けするための炊き出しが、一転して周囲を混沌の渦に巻き込む大量破壊兵器となる。
「こんなはずではなかったのに……」
 その様子にリューネは項垂れる。
 社長から冒険会社部隊を指揮する総隊長に指名されたが、オロビア砦に来てから全ての判断が裏目に出てしまっている。
 自分を信じてくれた社長、そして一緒に着いてきてくれた仲間に申し訳ないという想いがこみ上げてくる。
「私は……何がしたいんだ!」
 自分の無能さに失望して吐き捨てる。社長と仲間の期待を裏切ってしまった自分が許せないと。
 そんなリューネの心情を汲み取ったかのように、空が翳り辺り一面を暗く包み込む。
「私は…………私は…………」

 グルァオオオオオオオンッ!

 心臓を鷲掴みにするような叫びが全身を打ち付け竦ませる。
 冒険者の勘が告げる。非常事態だと。
 リューネは竦む身体に渇を入れ、声のした上空を仰ぎ見る。
「…………あれは!?」
 弧を描きながら村の上空を旋回する影。広場を翳らせたのは雲ではない。上空を滑空する巨大な獣が原因だと瞬時に悟る。
「竜…………です」
 トッティの口から獣の影に対する畏怖が溢れ落ちた。
「全員逃げろおおおおおおおおおッ!」
 リューネはありったけの声を張り上げる。
 竜が村に攻めて来るのは想定外だった。偵察隊を送り、状況を見極め作戦を練ってから攻める予定だった。
 しかし脅威はリューネの思惑を軽く乗り越え、眼前に迫っていた。
「グルァガァァァァァッ!」
 竜の叫びに、何の訓練も受けていない村人は、本能に従って身を竦ませ丸く縮こまってしまった。
 竜は獲物の足が止まったことを確認すると、翼をはばたかせ一気に急降下してきた。
「グルルァッ」
 大地が揺れたと錯覚するほどの衝撃を響かせて着地すると、大剣を敷き詰めたような凶悪な顎門(あぎと)を開き、村人を丸飲みにするべく噛み付く。
「リヒターブルグさんを離しなさいッ!」
 竜に咥えられた村人の名前を叫び、カノンはヴァイオリニオンの弦を弾き衝撃波を飛ばし、その一撃は竜の顔面に当たり四散する。本来の使い方とは違う聖音術では、対人には効果があっても、竜のような巨大な存在には通用しなかった。
「リューネさん、キスティアさん、トッティさん、不本意ではありますが、村人の皆さんが逃げるまで時間稼ぎをしましょうッ!」
 カノンは知っていた。自分の使う聖音術は戦いに不向きな術であることを。体内のアニマに作用する聖音術には、純粋な攻撃力が欠けていると。
 だからカノンは今まで避難者を元気付けたり、勇気づけたり、安心して眠れるように心を鎮めたり、そういった手助けをしてきた。
 だが竜が村に攻めてきた以上、向き不向きを論じている場合ではない。カノンも冒険者である以上、せめて村人が逃げるまでの時間くらいは稼がねばならない。
 しかし竜と戦うために来た冒険会社の面々は、カノンの予想を裏切る返事だった。
「無理だ。オレ達の武器はメンテに出してて、今は丸腰なんだよ」
「なっ……」
 リヒターブルグという村人を一瞬で丸飲みにした暴君を前に、キスティアは震えていた。見れば彼女の隣に立つトッティも同様に身を震わせていた。
 いかに勇猛な冒険者と言えども、丸腰ではモンスターに挑むことは出来ない。
 助っ人は必要だが、無闇に突っ込ませて無駄死にさせる訳にはいかない。
「あなた達も逃げなさい。ここは私一人で食い止めますッ!」
 カノンは二人を庇うように、竜との間に立つ。
「無茶だッ!」
「無茶でも…………今戦えるのは私だけなんです。なら…………やるしかないじゃないですかッ!」
「でも……」
 追いすがるように言葉をかけるキスティアとトッティに対し、背中越しに言葉を続ける。
「聖音術の攻撃は相手を選ぶことが出来ません。一人の方が誰も巻き込まずに済みますので、全力が出せるんですよ」
 強がりで身を奮わせ、カノンは左肘を突き出し拳を顎下に添え構える。
 視線は竜を捉えたまま星奏剣スターライトの峰を、幻響器ヴァイオリニオンに対し十字に交える。
「カノンさん一人に背負わせられるわけないでしょ」
 村人の誘導から戻ってきたリューネが、調理台の包丁を手に取りカノンの前に躍り出る。
「聖音術も万能じゃない。私が盾となり援護する」
「リューネ、武器も持たずに無謀だ!」
 右手に持った包丁を、眼前で水平に構え峰に左手を添える。
 剣と短剣の修練は、鳳凰騎士団に入団した時に受けたきりだ。使いなれない得物でどこまで耐えられるかは解らないが、カノン一人に全てを押し付けて逃げるなど出来ない。
 キスティアの言葉を受けても、リューネの決意は揺るがなかった。
「武器は無くても全身鎧(フルプレート)に身を包んでるのよ。お前たちより時間稼ぎくらい出来るわ」
 竜はリヒターブルグだった肉塊を喉を鳴らして飲み込むと、余裕のある動きでリューネ達を値踏みするように睨み付けてきた。
「さあ、行きなさい。そして一人でも多くの村人を救ってくださいッ!」
 カノンの号令でキスティアとトッティは駆け出す。
 その瞳は無力に濡れ、決意を灯していた。
「必ず戻る!」
「それまで死ぬんじゃないです!」
 背中を守る二人を信じ、振り向くことなく全力で離脱する。
 今するべきことは二人の心配ではなく、一刻も早く武器を手に入れ戻ることだと信じて。
 竜は離脱する二人に目を向けるが、さしたる興味を示すことなく眼前のリューネとカノンに視線を戻す。
「さて。残ったものの、どう凌ごうかしら」
「お互い損な性分ですね」
「まったくよ」
 リューネは手にした包丁を強く握りしめる。竜に対する武器としては心もとないが、レヴェネラが言っていた『手入れの行き届いているいい包丁』を信じて戦うしかない。
 とはいえ、慣れない武器で自ら切り込むのは無謀でしかない。いくら『いい包丁』と言っても所詮は包丁、まともに攻撃して竜に通用するとは思えない。
 出来ることはただ一つ。竜の攻撃を避けて避けて避けまくる。仲間を信じて時間を稼ぐだけである。
「さあ、どこからでもかかってきなさいッ!」
「グルオアアアアッ!」
 リューネの啖呵に呼応するように、竜の咆哮が全身を打つ。
「いや、やっぱりあんまり来ないでください」
「手のひら返し早ッ!」


seen27

 太陽が南の空を通り過ぎ、西へと傾き始めるお昼過ぎ。この時間帯になると冒険者ギルドは活気づき始める。
 朝から依頼に駆り出された冒険者が、一仕事終えた報告と、報酬の受け取りを兼ねてやってくる。ギルドもこの時間に合わせ、午前中に新しく持ち込まれた依頼を、この時間帯に合わせて掲示板に貼り出す。報告を終えた冒険者がその依頼を物色し、受け取ったばかりの報酬を一階の食堂で酒へと消費していく。一日の疲れを酒で洗い流し、新たに受けた依頼について仲間と話し合う。
 つまり聴き込み調査をするには、打ってつけの時間帯だということになる。
 ブックマンはアルトリアとルキナを連れて、ギルドの扉をくぐると、冒険者達から不遜な視線を向けられる。いつものことである。
 中央都市カザリアにおいて、ブックマンの評判は見事なまで二つに分かれる。
 数多の冒険者を雇用し、適材適所の配置で依頼を速やかに解決する、優秀な経営者。
 そして高額依頼を大量に受け、人海戦術で即座に解決してしまう独裁者。
 前者が依頼主をはじめとする各協力施設の評価であり、後者は冒険会社に所属していないソロ冒険者からの評価である。
 ここカザリアでは、冒険者をするなら冒険会社に入社すべし、と言われる程に勢力を伸ばしていた。それゆえに、他の冒険者からは疎んじられている。
「私は新しい情報がないか、職員に聴いてきます」
「解った。頼むよ」
 ルキナの言葉にブックマンは頷くと、彼女はギルド受付のある二階へと消えていった。
 ブックマンは彼女の姿が見えなくなると、手近なテーブルでくつろいでいる冒険者に声をかけた。
「少し話を聞きたいんだ」
 酒をひっかけ態度が大きくなっている冒険者は、ブックマンをじろりと睨み吐き捨てるように言い放つ。
「はっ、俺達がお前の話を聞くと思うか?」
「…………」
「こっちはお前らのせいで、旨い依頼は全部持ってかれてんだ。協力なんてしてやるもんかよ」
 予想通りの小者な態度に、ブックマンは表情には出さず心の中で失笑する。
 感情を色で見分けられるブックマンのジャッジメント・アイの前では、虚勢など無意味である。彼等から滲み出る感情は、怒りではなく妬み。
 効率良く稼ぎ、数多の女冒険者を統べるブックマンが羨ましくて仕方ないのだ。
 それを虚勢で覆い、負け犬のように吠えることしか出来ない冒険者を、感情を消した目で見つめる。
 自分の能力の無さを棚上げし、たいした鍛練もせずに他者を妬み安酒に溺れる。これでは一流になれるはずもない。
 そもそもアルトリアのような一流の冒険者は、こんな場末の食堂で安酒を飲んだりはしない。
 つまりここに居る冒険者は、駆け出しに毛が生えた程度のチンピラ紛いの小者だけなのだ。
 だが、それがいい。その日暮らしの気ままな冒険者らしくて、ブックマンは好感を持っていた。
 ブックマンはテーブルを離れ、店の奥に進んでいく。並べられたテーブルの間を泳ぐようにすいすい抜けて、厨房を覗き込む。
「グレゴリさんは居るかい?」
「あーん?」
 厨房の奥からエプロン姿の大柄な男が姿を現す。
「おお、社長じゃねえか」
「やあグレゴリさん。いきなりで悪いんだけど、少しお願いがあるんだ」
「ホントいきなりだな」
 挨拶もそぞろにブックマンは手短に頼みを説明する。
 その言葉を聞いてグレゴリは驚いた顔をするが、すぐに気前のいい笑顔に戻った。
「おいおいマジかよ。これだからアンタは憎めないんだよ」
 ガハハと豪快に笑いブックマンの背中をバンバン叩く。
 そして厨房の扉を通り抜けてフロアに出ると、グレゴリは大声を張り上げた。
「野郎ども、今夜の代金は全部ここに居るブックマンの奢りだ! 遠慮せずどんどん飲んで食え!」
「おおおおおおッ!」
 こちらの懐事情を気にしない豪快な言葉に、冒険者達は歓声を上げる。
「さあ、お前らもとっとと注文を取ってこい!」
 グレゴリに発破をかけられたウエイトレスが蜘蛛の子を散らすように、各テーブルへ駆けていく。
「これは手付金です。残りは明日、弊社に請求書をお届けください」
 ブックマンの後ろに控えていたアルトリアが、グレゴリに札束の詰まった包みを手渡した。
 その間にブックマンは先程のテーブルへ戻り、冒険者に声をかける。
「聞きたいことがあるんだ」
「お、おう、ブックマンの旦那か。その、さっきは悪かったな」
 冒険者はばつが悪そうな顔で頬を掻いて、へらへらと愛想笑いを浮かべていた。
「いや、気にしないでくれ。キミの言うことももっともだ。今夜は好きなだけ飲み食いしてくれ」
「へへっ、すまないな」
 冒険者は照れながら人差し指で鼻の下を擦る。
「もちろん、僕の質問に対して有益な情報をくれたら、別途謝礼は弾ませてもらうよ」
「本当か!? 俺に答えられることなら、何でも聞いてくれ!」
 冒険者は身を乗り出して目を輝かせる。
 これだから冒険者はいい。権力に縛られない自由人を装ってはいるが、実際は明日の命も保証されないその日暮らしのチンピラ崩れ。気ままに生きているようで、誰よりも金に縛られている小者ばかり。
(実に扱いやすい)
 ブックマンは蔑む感情を覆い隠すように親愛の笑みを貼り付け、冒険者と言葉を交わす。
「冒険者狩りが出たんだ」
「冒険者狩りだと?」
 冒険者狩りとは、その名の通り冒険者の命を狙う存在の総称である。殺しの依頼を受けて冒険者を狙う者も居れば、ただの腕試しで挑む者も居る。
 戦い慣れた冒険者を狙う冒険者狩りは、例外なく凄腕で、冒険者にとって野放しに出来る話ではない。
「うちも昨日、二人殺られた」
「マジかよ?」
「このままではうちのメンツにも関わる。何か情報はないか?」
 もちろん冒険者狩りの話はブックマンがでっち上げた嘘である。情報を集めるにしても、まずは相手の興味を刺激して気を引く必要がある。
「いや、冒険者狩りが出たなんて、今聴いたばかりだからな」
 冒険者は困り顔で首を振る。謝礼が貰えないことが残念でならないようだ。
 ブックマンも嘘の話で有益な情報が手に入るとは思っておらず、すかさず次のカードを切る。
「どうやら情報屋を名乗る男がターゲットの冒険者を街外れへ誘導し、冒険者狩りと協力して襲うようなんだ」
「おいおい、この街にどれだけの情報屋が居ると思ってんだよ」
 アレストリア大陸中央に位置する中立国ミスバリエ、その首都でもあるカザリアには様々な情報が集まってくる。
 国内だけではなく、各国の情報まで流れてくるので、それぞれのジャンルに特化した情報屋も少なくはない。
 ましてや情報屋にとって、自身の情報の流出は死活問題になりかねない。そのため情報屋の間では、客への紹介以外の目的で情報屋の情報は売らないという協定を結んでいる。
 つまり、情報の売り買い以外の目的で情報屋の情報を集めるのは不可能に近い。
「昨日、この二人がギルド職員以外の誰かと話していた姿を見ていないかい?」
 ブックマンはリンゼとカリファの似顔絵を見せた。
 本当の目的は、ここに集約される。
 リンゼとカリファの二人が、ゼアルなる情報屋と接触していた事実を裏付ける証言を得るために、ブックマンは情報を操作していた。
「うーん。あまり見ない顔だし、覚えてねえな」
 冒険者は似顔絵をまじまじと眺めるが、言葉通りなのかお手上げといった風に首を竦める。
「そうかい。協力ありがとう」
 そう告げるとテーブルに手をついて立ち上がり、席を離れる。立ち去った後、ブックマンが手をついた場所には銀貨が一枚置かれていた。
 そもそも、ブックマンはスズキ・ケンタの残留思念によって事の真相を知っている。なのに何故、大枚をはたいてまで情報を集めているのか。
 それは証拠、もしくは証言を集めるために他ならない。
 ブックマンがいかに真実とともにゼアルとリドの名を告発したところで、スズキ・ケンタの残留思念を見ることは誰も出来ない。
 証拠も何もない状況では、何を語っても妄言としてしか扱われない。
 ゼアルとリドの罪を暴き、正しく償わせるには、誰が見ても理解出来る証拠を集めなければならない。
 だからリンゼとカリファに接触した情報屋の目撃証言を探しているのだ。
 あわよくばゼアルの名前を聴いた者、顔を覚えていて似顔絵を起こせる者が見つかればベストである。顔と名前が出れば、それをもとにゼアルとリドの接触情報も集められる。
 ここでスズキ・ケンタの話題を出さないのは、目撃者が軽度であれロスト・リバウンドを引き起こし、目撃情報が消えることを懸念しているためである。
 ブックマンは先程と同じように、テーブルを回っては冒険者に話を聴いて回る。
 五つ目のテーブルを回った時、事態はようやく進展を見せた。
「ああ、知ってるぜ。山賊団捕縛の依頼を受けてた嬢ちゃん達だろ? 俺も受けようか迷ってたから覚えてるよ」
「本当かい?」
「ああ。嬢ちゃん達が受注を済ませたら、急に接触してたから気になって様子を見てたんだよ」
 そこからはトントン拍子で話が進んだ。依頼に興味を持っていただけあって、その冒険者はゼアルの名前と顔を覚えていたのだ。
 ルキナを二階から呼び戻し、冒険者の証言を元にゼアルの似顔絵を描いてもらう。
 ルキナは犯罪検証学の研究をしているだけあって、証言から似顔絵を描く技術に精通していた。リンゼとカリファの似顔絵も彼女が描いたものである。
 今度はゼアルの似顔絵を元に情報を集める。もちろん、リドとの関係を裏付けるためである。
 スズキ・ケンタの残留思念から得た情報では、二人の関係が曖昧だったのだ。
 ゼアルとリド、この二人が一緒に行動していたのはケンタ達を殺害した時のみで、他に接点が見当たらなかったのだ。だから二人が常に行動を共にする仲間なのか、それともこの事件だけの協力関係なのかがはっきりしない。
 しばらく聴き込みを続けてみたが、残念ながら二人の関係を決定付ける情報は得られなかった。
 欲しい情報がなかなか手に入らないことに歯痒さを感じていると、荒くれ風の冒険者から興味深い情報が舞い込んできた。
「この男なら覚えてるよ。この食堂で妖精族の女の子と話してた男だろ? 妖精なんて初めて見たから、よーく覚えてるよ」
 スズキ・ケンタの残留思念には無い情報だった。どんなに記憶を整理しても、残留思念が見せたイメージには妖精など映っていなかった。
 ブックマンは思わぬ新情報に、身を乗り出して話を続けた。
「その妖精との会話内容は覚えているか?」
「さすがに会話内容まではわからねえよ。この喧騒だぜ?」
 周りを見てみろと言わんばかりに、荒くれ風の冒険者は手を広げてみせる。
 ブックマンの奢り宣言で舞い上がっていることを差し引いても、食堂内は連日酒飲み冒険者達で賑わっていた。
「たしかにこの喧騒では隣のテーブルでの会話内容も聞き取れないね」
「あ、でもビールを飲んで『ぷはー』ってオヤジ臭いリアクションをとってたのだけは覚えてるぜ」
「あまり妖精への夢を壊さないでくれ」
「お、おう」
 どうでもいい情報にギロリと一睨みすると、荒くれ風の冒険者は首を縮めてジョッキの酒を煽った。
「貴重な情報をありがとう」
 ブックマンは謝礼の銀貨を三枚、テーブルに置いて立ち上がった。
「そう言えば、今朝の聴き込みでも妖精の話題が出てましたね。まさか、こんな所で繋がるとは思いませんでした」
「そうだね。僕も驚いたよ」
 ルキナの言う通り、今朝二人でギルド職員に聴き込み調査をした時に、妖精の話題は出て、二人で会ってみたいと話していたのをよく覚えている。
「その妖精、ゼアルと名乗る情報屋と何か関係があるのだろうか」
「それは……なんとも言えませんね」
 二人の関係を決定付ける証拠が何も無い以上、真実は解らない。だけど……
「願わくば可憐な妖精には、人殺しの悪党と無関係でいてほしいと思うけどね」
「それには同感です」
 ブックマンとルキナは笑い合う。
 その様子を、アルトリアは拗ねた子供のように頬をぷくりと膨らませ上目使いに睨み付けていた。
「やはり私も朝からついていくべきでした」
 しかしそれは後の祭り、アルトリアは直近の思出話に加われず、負け犬の如く恨めしそうに呟くことしか出来なかった。
 その後も三人は冒険者達に聴き込みを続けたが、有益な情報は得られなかった。


その17へ続く↓
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