来月の観艦式を控えた9月のある日のことである。
「妙高さんに、愛宕さん、今日は何のご用でしょうか?イベント攻略の秘訣を教わりに来たわけで?」
庵の主である尼が尋ねる。護衛艦として転生した二人は冗談と言わんばかりに首を振る
「いえ、そうじゃありません。三笠大姉様は今回の式にはこの子たちと共に見学をいたしたいとおっしゃってるので服装の確認をしていただきたいと思ってまいりました」
妙高が答える。
「なるほど、他国の船も参加する手前、その場にふさわしい格好をしなくてはいけませんね。分かりました。チェックさせていただきます」
就役前か子供である摩耶と羽黒が三笠の前に畏まった。三笠が話しかける
「なかなか、いい趣味ですね。誰が仕立ててくれたのですか?」
「ええ、みょうこう姉様が仕立ててくれたの。あのゲームのゆきかぜの夏服を参考にしたそうなの」
「そうですか・・・摩耶さんの格好はあのゲームの夕雲型の夏服ですか?」
転生した摩耶は不満げに言う。
「そうなんだよ。あたしは子供じゃないからあの服装にしてくれと言ったのだけど、姉さんたちがそれは駄目だと言ってね・・・」
「愛宕さん、まやの言ってることは本当でしょうか?」
話を振られた愛宕は頭を下げて答える
「流石に今回の式であのゲームのあの服装は良くないと思われますので私と鳥海が相談の上で却下して夕雲型の服装を参考にしました」
三笠は頷いて摩耶に諭した
「摩耶、非常時には戦うのが任務ですが、第一の仕事は他国と仲良くすることにあります。海軍は一にも二にも礼儀。昔、私が言い聞かせたことは忘れてないでしょうね?」
「それは・・もちろん覚えているよ・・・大姉様の言葉だからね」
大姉様の言葉と聞いて納得した摩耶に三笠が尋ねる。
「摩耶、テーブルマナーの方はどれぐらいこなせますか?」
「大丈夫だよ。もうフォークを鳴らしたりとか、スープを音立てて飲むなんてしてないよ!カシマーヌ先生に随分とやられたんだよ!」
「なるほど、鹿島さんが教えてくれたのですか・・で、はぐろ、あなたの方は?」
「・・・わ、私はぁ・・・」
大姉様に尋ねられて恐縮する羽黒に代わって妙高が答える。
「この子は素直なのでテーブルマナーに関しては問題がありません。まあ強いて言うならもっと自信を持って欲しいのですがね」
「そうですか・・・はぐろ、食事会の時は普段通りに振る舞いなさい。まやはもう少し謙虚にするように」
「はい、分かりました!当日はよろしくお願いしたします!」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
二人の挨拶を受けた三笠は愛宕達に話し始めた
「今日はあの日から75年目ですね。覚えていますか?あの時の事を・・」
「もちろん、米内大臣と大姉様が私達に声をかけてくださったあの日の事を忘れようはずはありません!」
妙高と愛宕は即答する
「あなたは戦う前にやられたのですが恨みはありませんか?」
「その事への恨みは捨てました。あれは運命だったのだと・・最も鳥海達と共に戦えなかったことは無念だったのですが・・それは」
「この前の一件で満足したと言うことですか?」
「・・そ、そうですね」
愛宕はその半年前、何者かが自分たちの意識に介入した出来事を話しにくそうに答えた。
「・・あの子のことは私にも非がありますので、あの子が私に憤りをぶつけるのは仕方ありません。願わくはあの子の魂を救う者が現れてくたらよろしいのですが・・」
「そうですね・・なんとか彼女を救う者が現れてくれたらと思いますよ」
「その者はもうすぐ現れると思いますよ・・時が来ればその者が魔道に墜ちたあの子
を救うでしょう・・・てこのような事を愚痴っても仕様がありませんね。本題に戻りましょう」
本題に戻った三笠は、摩耶達を前にして75年前の事を話した。
75年前のその日、三笠庵の茶室で三笠は海軍大臣と現役大将に復帰した米内光政と相対した。
「つまり、あなたの見るところ・・もはや戦局の打開は不可能と言いたいわけで」
「そうだ・・捷号作戦だの比島決戦だと皆叫んでいるが、誰もこれで戦局が打開できるなんて思ってない。所詮は時間稼ぎだよ!」
現場に復帰して物資も人も何もかも追っつかない現状を改めて知った米内が吐き捨てた。三笠は改めて聞く。
「・・・・陛下は現状を知っておられるのですか?」
「大本営からの報告に納得されなかった陛下は、元帥会議を招集してサイパン島は奪回できないのかとご諮問なされた・・が奪回は不可能と知って落胆なされたよ」
「そうですか・・陛下が覚悟を決められたのなら最早仕方がありません。今すぐ艦娘達を集めて陛下の意志を伝えたいと思います!」
米内は三笠に何と言うつもりなのかと尋ねる。
「私から大和達に『皆、陛下の為に死ね!』と伝えます」
「どうして、そんな薄情な事を君が大和達に言うのだ?」
「死ね!」と言う言葉に驚く米内は三笠をそれだけは言うなと言い聞かせようとした米内に三笠が答える。
「提督、お聞きいたしますが、大和と武蔵を有したまま降伏して兵達は納得しますでしょうか?」
「それは・・無理だ。最強の戦艦として造られたあの二人を生かしたまま降伏しては暴発した兵が革命騒ぎを起こす!革命が起こっては日本国が滅亡する。陛下はそれを心配しておられる!」
大和と武蔵の命をくれと答えた米内に三笠は改めて尋ねる
「提督にとって守るべきモノは我々艦娘よりも、海軍の誇りよりも、社稷ですか?」
「勿論、社稷だ。海軍の誇りを優先させた結果が今の体たらくだ。俺の役割はなるだけ国民が納得する形で戦を終わらせる事だ!三笠さんは陛下のお言葉に従えと長門達に言い聞かせてきたじゃないか?」
黙って米内の言葉を聞いていた三笠はそうでしたねと言わんばかりに頷いた。それを見た米内が答える
「三笠さんにそれをさせる訳にはいかない。大和達に引導を伝えるのは俺がやろう」
「提督、それは・・もし万が一のことがありましては陛下に対しての最大の不忠に!」
激昂した大和達に八つ裂きにされるんじゃないかと心配して止めようとする三笠に米内が答える。
「三笠ダメだ!これは君に力を与えられた俺の役目、君が止めても俺はやる!」
「でも・・・」
「止めても俺はやる!三笠さん、39年前の事を思い出してくれ」
「・・・・」
39年前、お互いが若かった日のことを三笠は思い出した。
あの日本海海戦で完勝を収めた三笠は従兵である電(初代)の引きで冴えない士官だった米内中尉と愛し合った。女になった三笠は喘ぎながら中尉に聞いた
「・・・これが男女の交わりですか?中々に愉しいことにございます!」
「三笠、愉しいか・・俺も愉しい。今まで佐世保や呉で楽しんだ誰よりも良かったぞ!」
『三笠長官は助兵衛な中尉が驚くような女ですよ』と煽られて話半分に会ってみようかと思ったがそれ以上の女として惚れ込んだ米内は答える。
事が終わって満足した三笠は米内中尉に何か私にして欲しいことはありますかと尋ねた。『親父が残した借金を帳消しにしてくれ』と言葉が口に出かけた米内は一つ試し見ようかと思ってこう答えた。
「・・・そうか、なら俺をここに居させてくれないかな?」
長官私室で愛し合った米内に三笠は私の艦長になりたいのですか?と聞いた。米内は首を振って答える。
「・・違う、賊藩盛岡出身の俺を連合艦隊長官にして欲しいんだよ」
「なるほど・・・それは薩長に虐げられた貴方達、東北出身者の復讐ですか?」
「復讐?そうかもな・・・だが、俺を出世させる事が必ずしも悪とは言えないとも思うぜ」
「と言いますと・・・」
「賊藩出身で兵学校の成績不良な俺でも努力次第で出世できたのなら海軍は公平だと思った優秀な少年どもが集まるぜ!君たちも優秀な人間の指揮される事は嫌ではあるまい!」
そういう考えもあるかと納得した三笠は頷いて自分の力を中尉に分けてあげることを約束した。三笠の計いに感謝した米内はこの借りは必ず返すと約束した・・・
「三笠、俺は君にしてもらった恩をここで返したいと思う。大和達だって豊田や及川に一方的に命令されるより俺の口から聞いた方が納得するだろう?」
「確かに豊田や及川ではあの子達を納得させられない・・でしょうね。提督わかりました。だがその場には私も立会わせてもらいます!」
どうしてと聞き返す米内に三笠は『万が一の時は私が貴方の盾になる、貴方は今は死んではいけない』と答えた。納得した米内は敬礼して答えた
「三笠さん、万が一の時はお願いします」
「はい、おまかせくださいませ」
その日の夕刻、大和達戦艦娘、瑞鶴達・残存空母娘、戦隊旗艦を勤めることになる重巡娘と軽巡娘が横須賀に集合した。
「米内提督と三笠元帥に敬礼!」
近日、連合艦隊旗艦の任務を離れて軽巡洋艦として前線に参加する事が決まった大淀の音頭で大和達が敬礼する。三笠と米内はこれに答礼した。答礼を終えた三笠は大和達に伝えた。
「今より提督から貴方達に伝えたい事があります!私から貴方達への言葉としてよく聞くように!』
壇上に立つ米内提督の傍らで控える三笠の真剣な目つきに怯んだ大和達は改めて直立不動になった。今更ながら三笠の気迫に驚いた米内は『俺も覚悟を決めねば』と決意して話し始めた。
「・・皆も知ってると思うが、戦況は我が国に取って大変に不利な状況にある。それはわかってるな?」
「当たり前じゃないですか!サイパンを落とされて以来、内地での整備修理すら叶わないのですよ!」
先の戦いでの機関の不調が完治しないままリンガ泊地に向かう羽目になった榛名が抗議した。急遽整備させら射撃用電探が未調整かつ急遽増備された対空兵装にも自信が持てない艦娘たちも同意して抗議した。
「提督、戦局が困難だということは分かります。機動部隊が戦力にならないのは仕方ありませんが、基地航空隊をあてにできるのでしょうか?」
何とか定数は用意できるよう努力してる(この後のダバオ誤報事件で主力である第一航空艦隊は壊滅するが)と答えた米内だったが
「だが最悪の状況を考えれば航空機の援護もない最悪の状況で貴様達を戦わせるかもしれない。だがそうなったとしても俺はお前達に戦えと命令しなくれはならない!」
「米内提督、それはあんまりだ!航空機の援護なしでに私たちに戦えというのか!」
米内の発言に激昂した長門が答える。
「戦前の演習でも制空権がない状況で戦闘を望むのは自殺行為だという答えが出てる!米内提督は私達に死ねというの!」
と艦娘達は抗議した。俺の発言は怒らせただけかと後悔した米内だったが覚悟を決めた彼は話し続けた。
「そうだ。俺は貴様達の命・・特に大和・武蔵、貴様達二人の命が欲しいのだ!」
名指しされた武蔵はなぜ私と大和姉の命が欲しいのかと尋ねた。米内は武蔵に聞いた
「貴様は自分が最強の戦艦だといまでも信じているのか?」
「もちろんだ、制空権さえあれば、敵のアイオワ型を捻り潰してやるよ!そうだろ大和姉」
「武蔵のおっしゃる通りです。制空権さえあれば、いえ、敵機動部隊に接触することさえできれば連中と刺し違える覚悟にございます」
拳を打ち鳴らした武蔵に続いて大和が答える。大和武蔵に戦意があると感じた米内は二人に聞いた。
「貴様の覚悟と自信の程はわかった。だがな・・貴様らが囚われの身になった時、何が起こるかを考えたことはあるか?」
「そんな事は考えた事もない!」
武蔵が機動部隊は戦力外だとうが水上部隊はまだ戦えると言わんばかりに抗議する。
「じゃあ、俺が答えてやろう!貴様ら二人・・いや、一人を残したまま降伏しては兵達は負けを納得しない。戦いを避け指揮が崩壊したドイツ大洋艦隊がカイザーに抗命して崩壊したドイツはヒトラー達に牛耳られて更なる不幸に陥ろうとしている。この事は三笠さんから聞いたであろう?」
話を振られた三笠はその通りだと頷く、就役時の心得で
『万が一の時は死を受け入れなさい、私はバルチック艦隊がツアーリのために忠義を尽くしたことを素晴らしいと思ってます』
と言い聞かされた大和と武蔵は沈黙する。吹っ切れた表情になった米内は皆に言った。
「俺の本心を伝える
『マリアナ沖で多勢は決した。後は終戦を願う陛下のご意思を通る形で終わらせるかだ』
その為に
『俺は貴様達の命が欲しい』
俺は陛下をお護りしなくてはならないのだ!」
傍らで控えていた三笠は皆に言い聞かせるように米内の覚悟に応えた
「大和、武蔵、米内提督は死を覚悟して事に当たられているのでございます。帝がご健在なら例え敗れても国は再建できると私は確信しております」
最早運命は変えられない。かと言って囚われの身になっては先に逝った者達に申し訳が立たないという現実を突きつけられた大和たちは押し黙った。米内は尚も言う
「俺の言うことが許せないのであれば、俺を好きにしろ、俺はテロリストに殺されるなら貴様達に八つ裂きになった方がマシだと思う。どうした誰でもいいぞ、不満がある者は出てこい!」
武蔵が出てきた。三笠が立ち上がって止めようとしたが米内は止めろと言った。米内の前に立った武蔵は膝まづいた
「ここにいる者達、いや全員を代表して、この武蔵、陛下への忠義の証としてこの命を捧げたいと思います。我らの覚悟の程をお受け取りを・・」
米内の手にキスすした武蔵は続いて三笠に一礼した。これで皆の決意が固まったのだろう。大淀が皆の前に立って米内と三笠に対して誓った
「最早、何も申すまでもありません。皆が死することで陛下の意思が通るのなら後悔する事はありませぬ。提督、陛下のことは任せました!」
「ああ、任せとけ、俺は最期まで陛下を護る!」
答礼した米内は約束した。
「その後はどうなったのかな?」
その場には立ち会わなかった摩耶が尋ねる。三笠が答えた
「その後は激励会があって皆に酒と甘い物を振舞いました」
「私は覚えているの・・あの時の虎屋の羊羹が美味しかったよ」
残りは慰問だと振舞われたことを思い出した、はぐろが答える。そうだっけと思い出せなかった、まやは答える
「はぐろ達は頑張ったみたいだけど結局は大姉様が考えていた結果になったんだね?」
「え・・・ええ、そうなりましたね。生き残った大和に再度死ぬことを求めました」
「大和は何て言ったの?」
「大和は『死ぬのは今更恐れません。でもせめて砲撃戦をして終わりたい!』と言いました」
「なるほどね。彼女は大和の無念を受け取ってあんなことをしたわけだ!」
「かもしれませんね」
あの事を思い出す度に居た堪れない気持ちになる三笠が答えた。妙高があの子のことについて話すのが辛いのなら今は話さない方がよろしいのではと助け船を出す
「そうですね・・鳳翔の訴えがあったとは言え、それを許したのは私ですしね」
第一遊撃部隊が出撃した22日未明、老いた身でありながら大和達の為に水凍りとお百度を踏む三笠の覚悟に立ち会った鳳翔の訴えで彼女の人格をあの子に移植させたのが全ての間違いだと悔いる三笠は答えた。
「大丈夫、きっと摩耶達が現役であるうちにあの子の魂を救う者は出てきます。それを待ちましょう!それより大姉様、あのゲームのイベントの攻略のコツを教えてくださいよ」
湿っぽくなる妙高の回答にホッとした三笠は攻略のコツについて答える
「相変わらずですね。大姉様は今回も早解きですか?」
「ええ、アイオワ達より早かったですね。就役前ヴィクトリー師匠に戦史をよく学べと仕込まれましたから体はともかく頭は貴方達に負けませんよ!」
「恐れ入ります。大姉様」
「ありがとうございます。観艦式を仕切る加賀によろしくお伝えください!」
明治帝から拝領し、長門や大和に託し、大淀から返された後は降伏の証しとしてアメリカに託したことがあったが最終的には自分の手元に戻ってきた『菊一文字の太刀』を将帥として託した加賀に宜しくと伝えられた妙高は、まやと、はぐろに挨拶させて帰って言った
「大姉様、来月は宜しくだよ!」
「大姉様、来月は宜しくお願いします!」
「こちらこそお願いしますね。妙高や愛宕のいう事をよく聞きなさいよ〜」
「「はーい」」
寝る前の習慣として仏間に入った三笠は「あの子」に対して呟いた。
「信濃さん、貴女に死を強要し死後の救済も否定した私を許さないでしょうね。私も『日本国の存続の為に戦え』と命ずることを辞めませんのでお互い様でしょうか・・だが貴女を救う者は必ず現れます。それを紀伊半島沖で待つように」
信濃の後生を祈る三笠であった
(了)
ログインしてコメントを確認・投稿する