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2020年03月19日06:09

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3月19日

ヒトラーがドイツ国内のインフラ破壊を指令(ネロ指令):1945年のこの日。ネロ指令(Nerobefehl)とは、第二次世界大戦末期の1945年3月19日、ナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーの承認の元、国防軍最高司令部によって発出された「ライヒ領域における破壊作戦に関する命令(Befehl betreffend Zerstörungsmaßnahmen im Reichsgebiet)」の通称。この命令は自国内における「焦土作戦」を命令する物であったため、後世の歴史家などによって、かつてローマを自ら焼いたという伝説があるローマ皇帝ネロになぞらえて「ネロ指令」と呼ばれる。
1945年の時点で東部戦線も西部戦線も戦場はドイツ国内となり、戦争は最終局面を迎えていた。3月19日に発出されたこの命令は、ドイツ国内のインフラストラクチャー、資源、産業施設等について、敵が入手する前の破壊を命じるものであった。すでに戦後を考えていた軍需大臣アルベルト・シュペーアは、産業破壊が戦後復興や国民生活の差し障りになると考え、ヒトラーと面会してその中止を訴え出た。 しかしヒトラーは「戦争に負ければ国民もおしまいだ。(中略)なぜなら我が国民は弱者であることが証明され、未来はより強力な東方国家(ソ連)に属するからだ。いずれにしろ優秀な人間はすでに死んでしまったから、この戦争の後に生き残るのは劣った人間だけだろう。」と述べ、命令を撤回しなかった。しかしシュペーアはヒトラーに内密で命令をサボタージュし、一定程度の産業保護に成功した。
ベルトルト・コンラート・ヘルマン・アルベルト・シュペーア(Berthold Konrad Hermann Albert Speer、1905年3月19日〜1981年9月1日)は、ドイツの建築家、政治家。アルバート・シュペーア、アルベルト・シュペールなどとも表記される。アドルフ・ヒトラーが最も寵愛した建築家として知られる。ヒトラー政権のもとで軍需大臣を務め、終身刑に処されたルドルフ・ヘス、および音楽指揮者アウグスト・クビツェクを除けば戦後を生きたナチ関係者の中で最もヒトラーと親しかった人物として知られる。(出典:今日は何の日、Wikipedia)画像は、アルベルト・シュペーア(1933年)。
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