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2020年03月18日05:43

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3月18日

アメリカの親日家・ギューリック博士が日本に贈呈した「青い目の人形」が日本に到着:昭和2年のこの日。青い目の人形(American Blue-eyed Dolls)は、昭和2年に、アメリカ合衆国から日本に両国間の親善を目的として贈られた人形(Friendship Dolls:友情人形またはAmbassador Dolls:人形使節)の日本における通称。
昭和2年3月、日米の対立を懸念し、その緊張を文化的にやわらげようと、アメリカ人宣教師のシドニー・ギューリック博士(1860年〜1945年)が「国際親善、人と人との理解は大人になってからでは遅い」と子供の世代からの国際交流を重視すべく「世界の平和は子供から」をスローガンとして掲げ、人形を通じての日本との親善活動がおこなわれた。近代の日本財界の重鎮である渋沢栄一(1840年〜1931年)も日米関係の悪化を憂慮しながら、ギューリックの提唱に共感し、この事業の仲介を担った。 この「人形計画」に対し、冷笑的な向きもあったが、「生来子どもの心に偏見はなく、友情にあふれているもの、子ども世代から親善と理解を育てたい」の理念を掲げ、全米にこの運動を呼び掛けた。やがてアメリカから日本との親善活動の一環として、1926年10月〜12月に全米より集められ、1927年3月3日に間に合う様に日本郵船等5社(他に大阪商船(現・商船三井)、Dollar Steamship Company(現・アメリカンプレジデントラインズ)、Kawasaki Roosevelt Line(現・川崎汽船)、China Mutual Steam Navigation Company(現・ブルー・ファンネル・ライン))の前橋丸、アングル丸など12隻に分乗し日本の子供に12,739体の「青い目の人形」が、遅れて鳥羽丸で各州代表の人形48体とミス・アメリカ及びワシントンDCが贈られた。
(出典:今日は何の日、Wikipedia)画像は、Gulick(1919年撮影)。
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