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2021年05月09日01:02

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Corona

2020年4月に書いた記事です。

「第二次世界大戦後・最大の試練」コロナ危機に揺れる欧州

 今年3月以降、欧州のメディア・論壇は新型コロナウイルスの爆発的な拡大に関するニュース一色である。新聞では連日第一面だけではなく紙面の大半がこのニュースに割かれ、テレビ局は毎日コロナ危機についての特別番組を放映している。

コロナ・パンデミックで中国に次ぐ第二の「震源地」となった欧州は、多数の死者と経済への打撃によって窮地に追い込まれている。その対応には、政府の日頃のリスク管理、財政状態によって大きな違いが表われている。さらに今回の危機は、災害時にも個人情報や市民の権利を守らなければならない民主主義社会と、国家が市民権を簡単に制限できる全体主義社会の間で、危機に対するレジリエンス(抵抗性、回復力)の違いがあることも浮き彫りにした。

*医師がどの患者の命を救うかの選択を迫られる

 欧州疾病予防管理センター(ECDC)によると、4月7日の時点で欧州の感染者数は約61万人、死者数は約5万1000人に達している。
 
 欧州の感染者の大半はイタリア、スペイン、ドイツ、フランスに集中している。これらの4ヶ国で約44万人が感染している他、死者数は約4万人となっている。この数は、欧州全体の死者数の約79%にあたる。

 イタリアの感染者数は4月6日の時点で約13万3000人、死者数は約1万7000人に達している。特に同国北部では、重症者の数に比べて医師、看護師、集中治療室(ICU)や人工呼吸器が不足している。イタリアでは3月の最後の週に、毎日約600〜900人もの死者が出た。

 ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)は3月22日付電子版に、クレモーナの病院のF・マンジャトルディ医師に電話でインタビューした。ICUでの夜勤に向かう途中の車内で電話に答えたマンジャトルディ氏は「呼吸困難に陥った患者数が多いのに、人工呼吸器が足りない。医師や看護師の間でも感染者が増えているので、十分に患者の手当てができない。まるで戦場だ」と語った。

 同氏は「高齢者や心臓病、糖尿病などの基礎疾患を持つ患者は、回復する見込みが低いので、後回しにせざるを得ない」と告白した。医師が、限られた医療キャパシティーを回復の見込みがある患者に回すいわゆるトリアージュである。
 マンジャトルディ氏は「本来医師は、全ての患者を助けなくてはならない。だが現在の状況下では、我々は選択をせざるを得ない。我々は医師の倫理規定に反する状態で仕事をしており、絶望的な心境だ」と述べ、感染爆発が起きた地域の医師たちの苦悩を吐露した。
 
*スポーツ・イベントで感染爆発か

 なぜイタリアでは被害が特に深刻なのだろうか。一つの理由は、医療関係者や政府が新型コロナウイルスの拡大に気づくのが遅れたことである。ベルガモやクレモーナなどロンバルディア州の町では、すでに1月に重い肺炎を起こす患者が現われていたが、医療関係者たちは季節性のインフルエンザと思って患者の手当てを行ったため、病院を中心に感染が拡大した。
 もう一つの理由は、大規模なスポーツ・イベントだ。悲劇の中心は、ロンバルディア州ベルガモ県の首都ベルガモ市だ。
 ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」の3月23日電子版は、「死を呼んだスポーツの熱狂」という記事の中で、「2月19日にミラノのサン・シーロ競技場で行われたイタリアのアタランタ・ベルガモ対スペインのFCバレンシアのサッカーの試合によって、感染者が激増した可能性がある」と指摘している。
 同紙によると問題の試合は、欧州チャンピオン・リーグの決勝トーナメントの一回戦だ。ベルガモ市の人口は約12万人だが、ほぼ3分の1に相当する約4万6000人がバスや列車でミラノの競技場へ向かった。この試合は、ベルガモのサッカーファンにとって歴史的な意味を持っていた。同市のチームがチャンピオン・リーグに進出したのは初めてだったからである。一方バレンシアからは約2500人のファンがミラノにやって来た。
 市の中心部と競技場を結ぶ地下鉄は、立錐の余地もないほど混雑した。ベルガモは4対1でバレンシアを下し、熱狂したファンたちは歓声を上げ、抱擁し合い、ミラノの街に繰り出して深夜までバーで勝利を祝った。
 このイベントは、防疫という観点から見ると、未知の病原体を拡大させる最悪の事態となった。翌週から、試合を観戦したファンやサッカー選手、試合を取材した記者らの間で次々に発症者が現われた。3月24日の時点でベルガモ県の感染者数は約7000人に達し、死者数は1000人を超えた。この時点で同県は、新型コロナウイルスによる死者数がイタリアで最も多い地域だった。
 ドイツ・バイエルン州の地方紙「ミュンヒナー・メルク―ア」の3月27日付電子版によると、同日までの1週間にベルガモ市では、新型肺炎のために313人が死亡した。これは、過去10年間の1週間の平均死者数45人の約7倍にあたる。
 イタリアの多くの報道関係者も、この試合が感染爆発の引き金となったと見ている。同国のスポーツ紙「コリエーレ・デロ・スポルト」は、3月19日付の電子版で、この試合を「パルティータ・ゼロ(英語でゲーム・ゼロの意味)」つまり、「感染爆発の起爆剤となった試合」と呼んだ。
 ローマのラ・サピエンツァ大学の感染学者F・フォーケ氏は同紙とのインタビューで「この試合が、感染者を急増させたという証拠は、まだない。だが一般的に、何千人もの観衆が数センチの距離で座って、選手に声援を送りながらサッカーを観戦した場合、ウイルスの急激な拡大につながる可能性がある」と語った。

*「世界大戦のようだ」

 イタリアのスポーツ紙「ガゼッタ・デロ・スポルト」紙は3月29日付電子版でアタランタ・ベルガモチームのA・ペルカッシ会長の「これは信じがたい悲劇だ。我々は一世代のほぼ全員を失いつつある。ウイルスは若者をも襲っている。我々は目に見えない敵と戦っている。これは世界大戦のようだ」という言葉を引用している。彼のチームでも8人が、新型肺炎の犠牲となった。
 イタリア政府は、ロンバルディア州の病院で人工呼吸器のあるICUが大幅に不足しているため、ドイツに救援を要請。同国はICU設備を搭載した空軍機MedEvacで、4月3日までに重症者約50人をイタリアからドイツの病院に搬送している。ロシアや中国、キューバなども医師団や医療物資を北イタリアに送っている。ロンバルディア州では、自国だけでは重症者に十分対応できない「医療崩壊」が起きてしまった。
 イタリア政府は3月10日に全土を封鎖し市民に対して不要不急の外出を禁止したほか、3月21日夜に「食品製造業、製薬会社、電力会社など生活に不可欠な業種を除く全ての企業の営業、工場の操業を禁止する」という方針を打ち出した。大半の企業、商店、レストランや喫茶店、バーは閉鎖され、ふだんは市民や観光客で賑わうローマやベニスはゴーストタウンになった。

*なぜドイツの死亡率は低いのか

 ECDCによると、ドイツの4月6日の時点での感染者数は、9万9225人。スペイン、イタリアに次いで欧州で3番目に多い。
 ただしイタリアとの大きな違いは、感染者数に対する死者数、つまり死亡率の低さだ。4月7日の時点でのドイツでの死者数は1607人。つまり死亡率は1.61%。これはイタリア(12.47%)やスペイン(9.67%)よりもはるかに低い数字だ。
 ベルリン・シャリテ病院の感染学者C・ドロステン教授らによると、その最大の理由は、ドイツの検査数が極めて多いことだ。
 FAZは4月1日付紙面で「ドイツ検査医協会のA・ボブロフスキー会長によると、現在ドイツの200の検査機関は1日あたり5万〜6万件のPCR検査を行っている。ドイツ政府が模範にしているのは、韓国だ」と報じた。韓国は多数の市民を検査して感染経路を特定することによって、3月2日からの31日までの29日間に、1日あたりの新規感染者の数を476人から125人に減らすことに成功した。FAZは「メルケル政権は1日あたりの検査数を20万件に増やす必要があると考えている。しかしボブロフスキー会長は検査キットや担当者の数を増強して、毎日20万人を検査できる態勢が整うまでには、半年かかると見ている」と伝えた。
 外国から見ていると、日本のコロナ対応には理解に苦しむ点がいくつかあった。たとえば日本のPCR検査数は、2月の段階では韓国やドイツに比べてはるかに少なかった。その背景には、「軽症者が病院に押し寄せて医療体制に過重な負担がかかることを避けるために、検査数を増やさない」という方針があったとされる。ある呼吸器科医も「呼吸困難になっている患者の胸部レントゲン写真を撮ったところ肺の中が真っ白で、新型コロナウイルスに感染していることがほぼ明らかだったのに、保健所にPCR検査を拒否された」と証言している。患者に症状が出ており、専門医が検査を求めているのに保健所が拒むというのは、不可解だ。我が国のメディアは、何がこのような状況を生んだのかを、徹底的に解明する必要がある。

*人口10万人あたりのICU数に格差

 公共放送局ARDのニュース番組ターゲスシャウ(3月12日付電子版)によると、コロナ危機が深刻化する前から、ドイツには人工呼吸器を備えたICUが約2万5000床あった。これは他の欧州諸国の人工呼吸器の数を大幅に上回る。ドイツがイタリア北部、フランス東部など苦境に追い込まれた地域の病院から重症者を空軍機で搬送させて、受け入れているのは、そのためだ。
 ドイツ政府は3月中旬にリューベックのメーカーに人工呼吸器1万個を発注するなどして、ICU数を5万床に増やそうと努力している。さらに見本市会場やホテルなどを病院に改造する作業も進めている。
 ちなみに4月1日に日本集中治療医学会が発表した声明によると、ドイツの人口10万人あたりのICU数は29〜30床で、イタリアの12床を大幅に上回っている。これもドイツの死亡率の低さの原因の1つだ。ちなみに日本の10万人あたりのICU数は5床で、イタリアの半分以下だという。
 また、80歳以上の高齢者や腎臓病、糖尿病などの基礎疾患がある市民は、COVID−19によって死亡する危険が高い。ターゲスシャウの4月1日付電子版によると、ドイツの感染者の約76%が60歳未満で、高齢者の間の感染者は比較的少なかった。さらに個人主義が強いドイツではイタリアと異なり、年老いた祖父母が娘や息子夫婦と同居している家庭は少ない。イタリアでは、子どもが同居している高齢の親に感染させ、親が死亡した例が報告されている。ドイツでは「核家族化」がイタリアより進んでいることも、死亡者が比較的少ない理由の一つだ。

*史上初の「接触・外出制限令」を施行

 さてドイツ社会の危機感を一気に高めたのは、A・メルケル首相が3月11日に行った発言だった。バイエルン放送局の同日付ウエブサイトによると、首相は「中長期的にドイツ市民の60〜70%が新型コロナウイルスに感染する可能性がある。しかしそれがどれくらいの期間に起こるかは、わからない」と述べた。
 これは、事実上の「非常事態宣言」だった。この日以降政府は、市民の行動と接触を減らすための措置を矢継ぎ早に打ち出す。メルケル首相は、「感染者の増加速度を遅らせ、高齢者や基礎疾患を持つ市民を守るために、外出を自粛してほしい」と市民に訴えた。感染者数が急増してオーバーシューティングが起きてイタリアやスペインのような事態が起きるのを防ぐためには、感染者の増加を示すカーブをできるだけ平らにする必要がある。
 さらにメルケル政権は自粛だけでは足りないと判断し、3月23日に史上初の接触制限令を宣言した。同じ世帯に住む家族や仕事で必要な場合を除き、公共の場で3人以上の市民が集うことを禁止した。屋外でも他人との間で最低1.5メートルの距離を取らなくてはならない。テイクアウトを除く飲食店や理髪店の営業を禁じた。オペラ劇場、コンサートホール、スポーツ・ジムも閉ざされ、教会のミサも禁じられている。
 違反者には厳しい罰則が科される。たとえばノルトライン・ヴェストファーレン州では、家族でない3人以上の市民が、公共の場で集っていた場合、1人あたり200ユーロ(2万4000円・1ユーロ=120円換算)の罰金を取られる。違反行為を繰り返した場合、罰金の最高額は2万5000ユーロ(300万円)に達する。
 特に感染者が多いバイエルン州政府のM・ゼーダ―首相は、一足早く3月21日から外出制限令を施行した。食料の購入や、通院、テレワークができない仕事、健康維持のために独りで行う散歩、ジョギングなどを除く外出は禁止され、スーパーマーケットや薬局、銀行などを除く商店は閉鎖された。
 私が住むミュンヘンでは、警察のパトカーが住宅地などを巡回している。違反者がいないかどうかを確認するためだ。拡声器から「不要不急の外出はしないで下さい」という録音メッセージが流れている。先日ある公園の森の中の細い道を散歩していたら、警察のパトカーが巡回していて、驚いた。町の中心部にあるマリエン広場付近の繁華街では、全ての商店、飲食店がシャッターを降ろし、人影が消えた。
 1945年5月に欧州大戦の戦火が止んで以来、ドイツでこれほど市民の行動の自由と私権が制限されるのは、初めてだ。
 ドイツのニュース週刊誌フォークスの4月1日付電子版によると、接触・外出制限令が施行される以前には、ドイツでは2日毎に感染者数が2倍に増えていた。しかし3月23日に制限令の施行から8日経った3月31日には、感染者数の倍増にかかる日数が、6日に伸びた。メルケル政権は、人工呼吸器が不足する事態を回避するには、感染者の倍増にかかる日数を10日以上に増やす必要があるとしている。

*トリアージュに関する提言を発表

 ベルリンの地方紙「B・Z」は3月29日付電子版でロベルト・コッホ研究所のL・ヴィーラ―所長の「ドイツでも、重症者数が急増し、集中治療室のキャパシティーの限界を超えて、イタリアのような事態が起こる可能性は排除できない」というコメントを引用している。ヴィーラ―所長は、「ドイツはまだ新型肺炎の流行期の初めにある。我々はこのパンデミックが少なくとも2年は続くと考えている。ドイツの人口の60〜70%が感染するまでには数年かかるだろう」という見解を明らかにした。
 またコロナ危機は医学倫理の観点からも重要な問題を提起する。FAZは3月28日付電子版で、「医学者、宗教関係者、法律関係者から成る倫理評議会は、『政府は、どの患者の生命を救うべきかについての判断の責任を、医師だけに負わせてはならない』と指摘した。また、緩和医療学会など7つの医学団体は、重症者数が治療キャパシティーを超えた場合のための提言書を発表。これらの団体は、大災害時のトリアージュの原則を踏襲すること、キャパシティーの投入は、治療を行うことで回復が期待できるかどうかを基準にして行うこと、年齢だけで決定しないこと、決定は医師が独りで行うのではなく、複数で行うよう提言した」と報じている。ドイツ人は非常事態に行き当たりばったりに対処するのではなく、事前に規則や枠組みを作ることを重視する。こうした提言にも、ドイツの医学界がイタリアのような破局的事態を想定していることが表れている。

*経済にも深刻なダメージ

 さてコロナ危機の経済への打撃も深刻だ。大手自動車メーカーを始めとしてドイツの製造業界では生産停止状態が続いている。各国が国境を閉鎖しているため、サプライチェーンは切断されたままだ。フライト数の激減により、ルフトハンザは国家支援の要請を検討している。
 小売業界のダメージも大きい。FAZは、3月16日付の電子版にドイツ小売業協会(HDE)のS・ゲント会長とのインタビューを掲載。ゲント会長は「食料品を除くと、コロナ危機のために小売店業界が1日ごとに失う売上高は、11億5000万ユーロ(1380億円)に達する。この状態が3週間続いたら、倒産が続出する。8週間続いたら、小売業界はもはや耐えられない」と述べている。4月1日には、全国でデパートを経営するガレリア・カールシュタット・グループが経営難に陥り債権者からの保護を申請した。
 経済学者の間では、コロナ危機がドイツ経済の成長率をどの程度引き下げるかについて、意見が分かれている。ニュース週刊誌シュピーゲルは3月30日付電子版で、政府の経済専門家評議会に属する経済学者たちの予測を発表。同誌は「経済学者たちは、コロナ危機は戦争と違って社会のインフラを破壊したり、労働力を最前線に送ったりすることはないので、ドイツ経済を長期的に弱体化させる危険は低いという、楽観的な見方を示した」と報じた。評議会は経済シャットダウンが今年夏までに終わる場合には、今年のドイツの国内総生産(GDP)は2.8%減少し、翌年には3.7%増加すると予想。また夏が過ぎても状況が正常化しない場合には、GDPが5.4%減少し、翌年には4.9%増えるという。

 はるかに悲観的な予測もある。ドイツの経済日刊紙ハンデルスブラットは、3月23日付の電子版で「ミュンヘンのIfo経済研究所は、コロナ不況がドイツ経済に甚大な影響を及ぼすと予想している」という見出しの記事を掲載した。同研究所は「経済活動の封鎖が3ヶ月続いた場合、ドイツの2020年のGDPは10〜20.6%減り、経済損害は3540〜7290億ユーロ(42兆4800億〜87兆4800億円)に及ぶ。失業者数は180万人増加する」と予測している。

*戦後最大の経済支援プログラム

 このため3月25日に連邦議会は、景気後退の衝撃を緩和するために、戦後最大規模の経済支援法案を可決した。ドイツは2014年以来財政黒字を記録し「無借金経営」を続けてきたが、今年は1560億ユーロ(18兆7200億円)の国債を発行し、多額の資金供給によって企業や市民を支援する。
 ドイツ政府の行動の素早さには、私も驚かされた。たとえばバイエルン州政府は、3月30日から、仕事ができなくなったフリーランサーや中小企業経営者に対し、次の額の休業補償金(3ヶ月分)を支払い始めた。

従業員数
5人以下  9000ユーロ(108万円)
10人以下  1万5000ユーロ(180万円)
50人以下  3万ユーロ(360万円)
250人以下 5万ユーロ(600万円)

 私の知人の音楽家は、2月以降収入がゼロになった。コロナ危機の影響で全てのコンサートが中止になったからである。彼が土曜日に州政府のウエブサイトで援助金を申請したところ、月曜日には銀行口座に振り込まれた。一世帯にマスクを2枚送るよりも、実質を伴う救援措置だ。無収入になったために家賃を滞納している市民の賃貸契約を、家主が一方的に解除することも禁止される。
 コロナ危機がこれまでの不況と異なる点は、健康被害と経済への打撃へのダブルパンチであるということだ。健康被害を減らすために企業活動にブレーキをかけると不況が悪化し、経済活動を再開すると、感染者増加のリスクが高まるという二律背反である。
 すでに経済界からは、メルケル政権に対して「一刻も早く経済シャットダウンからの出口戦略を示してほしい」という要望が強まっている。企業経営者を支持基盤とする野党からは、「メルケル首相は感染学者の主張を鵜呑みにするばかりで、経済界の立場を軽視している」という不満の声も出ている。
 こうした意見に対し、ノルトライン・ヴェストファーレン州のA・ラシェット首相は「経済活動を維持するために、人間の命が失われてもかまわないと考えるのは、不謹慎だ」と強く反発している。

*中国ほど厳しい措置を取れない欧州

 もう一つ私が強く感じるのは、欧州と中国の違いだ。中国在住の知人によると、彼が住む町では、今年3月の時点でレストランに入る客は入り口で必ず検温され、熱が37.3度以上あると入店できなかった。客は武漢市に行ったことがあるかどうかを尋ねられ、嘘をつくと罰せられる。レストラン側が客に携帯電話の提出を求めて行動記録をチェックし、過去2週間に広州市内だけにいたかどうかを調べるケースもあった。感染している疑いのある客を入店させると、レストランも当局に処罰される可能性があるからだ。
 地下鉄に乗る時も検温された。乗客は地下鉄の車両のバーコードを携帯電話で読み取らなくてはならない。このようにして政府は、市民がいつどの車両に乗っていたかを把握する。後に感染者が出た時には、政府が同じ車両に乗っていた市民に連絡してウイルス検査を命じる。
 個人の自由や権利を重視する欧州では、中国並みに厳格なデジタル監視、強制措置を行うことは困難だ。私が住んでいるバイエルン州には外出制限令は出ているが、独りで行うジョギングや散歩、サイクリングは禁止されていない。レストランの入店時や地下鉄の乗車時の検温も行われていない。EUは世界で最も厳しい個人情報保護法を施行しているので、レストランなどが客の携帯電話の位置情報をチェックすることは不可能だ。
 中国やシンガポール、韓国の厳しい防疫に関する話を聞くたびに、「欧州のやり方は緩い」と痛感する。ドイツ政府は携帯電話のブルートゥース機能を使い、自分が近づいた人が感染者だったとわかった場合、自動的にその事実を連絡し検査に行くように促すアプリを現在開発している。このアプリではデータが匿名化されるので個人情報は保護されるが、アプリの使用や自分が感染した事実の登録は任意であり、強制力に欠ける。欧州でのウイルス封じ込めは、中国や韓国よりも難航するかもしれない。

*コロナ危機が内包する民主主義への脅威

 コロナ危機を利用して、議会制民主主義を空洞化しようとする動きもある。ドイツの週刊新聞ツァイトは、3月31日付電子版で、「ハンガリー議会は、V・オルバン首相が提出した、コロナ危機に対応するための緊急事態法案を議会で可決した。政府は、議会のチェックを受けずに政策を運営し、批判的なメディアを沈黙させることができるようになった。議員たちは立法権を剥奪されたも同然だ。嘘の情報を流した者には、最高5年の禁固刑が科される。この法律は、コロナ危機後も継続されると見られており、ハンガリーは独裁体制への道を進んでいる」と報じた。コロナ危機は民主主義に対する潜在的な脅威を内包している。

 パンデミックが深刻化する中、人権や自由の制約を最小限にしながら、市民の健康と生命を守り、1929年の世界恐慌のような事態を回避するという難題に、欧州諸国はどのような解決策を打ち出すだろうか。トンネルの出口は、まだ見えない。
 
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