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2019年07月13日16:56

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Do not work too much.

2017年に書いた原稿です。
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ドイツではなぜ過労自殺が問題になっていないのか?

熊谷 徹(在独ジャーナリスト)

*「働き方改革」への第一歩

今年3月13日に日本経団連と連合は、「働き方改革」へ向けて重要な一歩を踏み出した。この労使合意によると、月45時間を超える残業をできるのは、年間6ヶ月までに限られる。さらに、これまでは労使が特別条項付きの三六協定を結べば、年間残業時間は事実上の青天井だったが、今回の合意により、「年間720時間まで」という上限が初めて設定される。また繁忙期の残業時間も、「月100時間未満」、「2〜6ヶ月平均80時間未満」に制限されることになった。政府も企業が労働基準法に違反した場合の罰則を強化するなど、強制力を強める予定だ。

*G7加盟国で最高の自殺率

今日本では、政府でも民間でも「働き方改革」についての関心が高まっている。そのきっかけは、大手企業で働いていた24歳の女性の過労自殺だった。
2016年10月に、三田労働基準監督署は、「広告代理店・電通の社員だった高橋まつりさんの自殺は、長時間の過重労働が原因だった」として、この自殺を労災と認定した。高橋さんが2015年12月に自殺する直前の1ヶ月(10月9日から11月7日)の残業時間は、約105時間に達していた。
高橋さんはツイッターで何度も、長時間労働の苦しさや上司の厳しい態度に対する不平を訴えていた。わずか24歳の女性が、人生の様々な幸福を味わうことなく、自らの命を絶った。
やりきれないのは、高橋さんの悲惨な死が初めてのケースではないことだ。我が国では何年も前から過労死や過労自殺が社会問題となってきたが、今年まで残業時間を制限するための本格的な対策が取られることはなかった。
厚生労働省の平成28年版過労死等防止対策白書によると、我が国の自殺者数は、1998年以降14年間連続で3万人を超えていた。2010年以降減少しているものの、2015年には約2万4000人が自殺している。2015年の交通事故による死者数(4117人)の5.8倍にのぼる。
この内、遺書などから勤務問題が原因であることが明らかな自殺は、2159件である。さらに、過重な業務によって発症した脳・心臓疾患をめぐる労災請求件数は、2005年以降700〜900件の間で推移している。
さらに深刻なのは心の病だ。業務による心理的な負担によって精神障害を発症したとする勤労者の労災請求件数は、2005年には656件だったが、2015年には131%増加して1515件に達している。
日本は残念ながら、世界有数の自殺大国である。経済協力開発機構(OECD)が住民10万人あたりの自殺者数(自殺率)を比べた統計によると、日本は調査の対象となった32ヶ国中、リトアニア、韓国、ハンガリーに次いで第4位である。G7に属する先進国の中では、自殺率が最も高い。
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住民10万人あたりの自殺者数(2013年)
資料・OECD

リトアニア  31.5人
韓国     28.7人
ハンガリー   19.4人
日本      18.7人
ベルギー    16.7人
ラトビア    16.1人
フィンランド  15.8人
ポーランド   15.3人
エストニア   15.2人
フランス    14.4人
チェコ     14.2人
オーストリア  13.6人
米国      13.1人
スウェーデン  12.3人
スイス     12.2人
オーストラリア 11.1人
スロバキア   10.8人
ノルウェー   10.8人
アイルランド  10.8人
ドイツ     10.8人
オランダ    10.5人
チリ      10.3人
ポルトガル    8.7人
英国       7.5人
スペイン     7.5人
ルクセンブルク  7.3人
コスタリカ    6.9人
ブラジル     5.8人
イスラエル    5.5人
メキシコ     5.2人
トルコ      2.6人
南アフリカ    1.3人
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私が住んでいるドイツの自殺率は10.8人で、日本よりも42%低い。ドイツ連邦統計庁によると、ドイツの2015年の自殺者数は約1万人。日本の半分以下である。2005年の日本の自殺者数は、ドイツの3倍を超えていた。
私は毎年必ず数回日本に出張するが、東京の地下鉄やJRを利用するたびに、「XX線で人身事故」という掲示の多さに驚かされる。多くの日本人にとっては日常茶飯事になっており、珍しくないのかもしれないが、ドイツに住んでいる私には、この頻度は異常に感じられる。この国では、飛び込み自殺のために地下鉄や列車が止まることは滅多にないからだ。
ドイツでは、日本とは異なり過労自殺や過労死が大きな社会問題になっていない。ドイツの自殺者の内、何%が過重労働による過労自殺であるかを示した統計も見つからなかった。
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日独の自殺者数
資料・厚生労働省、ドイツ連邦統計庁

年 日本  (人) ドイツ (人)
2005 32552 10260
2006 32155 9765
2007 33093 9402
2008 32249 9451
2009 32845 9616
2010 31690 10021
2011 30651 10144
2012 27858 9890
2013 27283 10076
2014 25427 10209
2015 24025 10080

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*1日10時間を超える労働は禁止

ドイツで過労自殺や過労死が問題になっていない最大の理由は、労働時間が他の先進国に比べて大幅に短いからである。
ドイツは世界有数の時短大国だ。OECDによると、ドイツの労働者1人あたりの2015年の年間労働時間は、1371時間で、日本(1719時間)よりも約20%短い。彼らが毎年働く時間は、日本人よりも毎年348時間短いことになる。米国に比べても約23%短い。ドイツ人の労働時間は、OECD加盟国の勤労者の平均労働時間よりも、395時間短いのだ。
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労働者1人あたりの年間労働時間(2015年)
資料・OECD
単位 時間

メキシコ   2246
韓国     2113
ギリシャ   2042
ロシア    1978
ポルトガル  1868
米国     1790
OECD平均 1766
イタリア   1725
日本     1719
カナダ    1706
スペイン   1691
英国     1674
スイス    1590
フランス   1482
ドイツ    1371

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ドイツの労働時間が日本よりも大幅に短い最大の理由は、法律による労働時間の規制が厳しいことだ。ドイツの労働時間法は、1日あたり10時間を超える労働を禁止している。1日10時間という上限については例外はあり得ず、「繁忙期だから」とか、「客からの注文が急に増えたから」という言い訳は通用しない。三六協定のような抜け道も存在しない。
労働時間の監視は、事業所監督局(Gewerbeaufsicht)という役所が行う。事業所監督局は、時折抜き打ちで、企業の社員の労働時間の実態を検査する。その結果、企業が社員を組織的に毎日10時間以上働かせていることが判明した場合、事業所監督局は、企業に対して最高1万5000ユーロ(180万円・1ユーロ=120円換算)の罰金を科すことができる。実際に長時間労働のために罰金の支払い命令を受ける企業や病院は、後を絶たない。

*罰金は管理職に払わせる

また事業所監督局が特に悪質なケースについて、経営者を検察庁に告発することもある。裁判所から有罪判決を受けた場合、企業経営者は最長1年間の禁固刑に処せられる可能性がある。事業所監督局から罰金を科された企業は、長時間労働を行わせていた部署の責任者に、ポケットマネーで罰金を支払わせる。このため大半のドイツ企業の管理職は、社員に対しどんなに忙しい時期でも、1日の労働時間が10時間を超えないように、口を酸っぱくして注意する。ある企業では、労働時間が10時間に近づくと、社員のPCの画面に「10時間を超える勤務は法律違反です。直ちに帰宅しなさい」という警告が表示される。繁忙期でもないのに累積残業時間が60時間を超えている社員に対して、上司が残業を減らすように命じることもある。

*年間30日の有給休暇を100%消化

過労自殺が少ないもう1つの理由は、長期休暇を取る権利が認められており、心身のリフレッシュができることだ。
1963年に施行された「連邦休暇法」によると、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を与えなくてならない。だが実際には、今日ではドイツの大半の企業が社員に毎年30日間の有給休暇を認めている。(有給休暇の日数が33日の企業もある)これに加えて、残業時間を1年間に10日間まで代休によって消化することを許している企業も多い。つまり、多くの企業では約40日間の有給休暇が与えられていることになる。
特に注目されるのが、有給休暇の取得率の高さだ。私は27年前からドイツ経済を観察しているが、管理職を除けば、この国のサラリーマンの有給休暇の取得率は100%である。平社員が2〜3週間の休みをまとめて取るのは、常識になっている。自分が不在の間、代わりに仕事を担当してくれる同僚がいさえすれば、いつでも休暇を取ることができる。全員が交代で休暇を取るので、妬みはない。「自分が休むと他の人に悪い」という良心の痛みもない。休暇の間には、自分の連絡先を上司に伝える必要はないし、仕事のメールを読む義務もない。「まとまった休暇を取るのは勤労者の当然の権利」という社会的な合意が出来上がっている。
日本はドイツに比べると、有給休暇の日数が少ないだけでなく、取得率も低い。OECDが、各国の法律で定められた最低有給休暇、法定ではないが大半の企業が認めている有給休暇の日数と、祝日の数を比較した統計がある。大半のドイツ企業が認めている有給休暇(30日)と祝日(12日)を足すと、42日となり世界最高。日本では法律が定める有給休暇(10日)と祝日(16日)を足すと、26日間であり、ドイツに大きく水を開けられている。
日本の特徴は、法律が定める有給休暇の最低日数が10日と非常に少ないことだ。これはドイツ(24日)の半分以下である。しかもドイツでは大半の企業が、法定最低日数(24日)ではなく、30日間という気前の良い日数の有給休暇を与えている。
日本の場合は、継続勤務年数によって有給休暇の日数が増えていくシステムだ。たとえば半年働くと10日間の有給休暇を与えられ、3年半以上働いた人の有給休暇日数は14日、勤続年数が6年半を超えると、20日間の有給休暇を取れる。
ドイツの大半の企業では、半年の試用期間を無事にパスすれば、最初から30日間の有給休暇が与えられる。この面でも、日本のサラリーマンはドイツの勤労者に比べて不利な立場にある。

*日本の有給休暇取得率はドイツの半分

また厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、日本の勤労者の2014年の有給休暇取得率は、平均47.6%。ドイツの半分以下である。この調査によると有給休暇取得率は、1993年の56.1%を頂点として、年々下がる一方だ。日本はGDPでは世界第3位の豊かな国だが、自由時間という尺度で測ると、貧しい国だと思う。
あるドイツ人に「なぜ2週間も休みを取るのか」と尋ねたところ、「最初の1週間は、まだ会社のことを気にしているが、2週間目からは会社のことを忘れて本当にリラックスできる」という答えが返ってきた。つまり2週間以上休暇を取らなければ、本当に心身をリフレッシュするのは難しいというのだ。1年間に30日間の有給休暇を完全に取れるという事実が、勤労者たちに心の余裕を与えている。
最近では、大企業を中心に無給で数ヶ月休む「サバティカル制度」も広がりつつある。あるサラリーマンは、給料の25%削減を受け入れる代わりに、通常の30日の有給休暇に加えて、90日間の有給休暇を与えられた。無給で7ヶ月ものサバティカルを取った者もいる。彼らは、サバティカルが終われば元の職場に戻る権利を保障されている。

*有給休暇と病欠の混同はやめるべきだ

もう1つ日本と大きく異なるのが、ドイツの法律が有給休暇と病欠を厳密に分けていることだ。日本では病気やけがのために会社を休む時には、まず有給休暇を取る。有給休暇を使い果たした後は、病気欠勤扱いとなるが、病欠期間には給料は払われない。
これに対しドイツでは、病気やけがのために会社を休む時には、最初から病欠扱いであり、有給休暇を取るということはあり得ない。しかも「給与支払い継続法」という法律に基づき、病欠期間には最長6週間(30日間)まで、働いている時と同額の給料が支払われる。
6週間が過ぎると、公的健康保険が最高78週間まで「病気手当」を支払う。その額は、病気になる前に受け取っていた給料の70%である。ドイツ連邦政府によると、2014年には約180万人の市民がこの病気手当を受け取った。
私は日本でも、病気になった時に有給休暇を取らなくても良いように、一定期間の病欠についてはドイツのように給料を払うべきだと思う。そうでないと、結局多くの社員たちは「病気になった時のために有給休暇を残しておこう」と考えるので、有給休暇を消化しない。これも、日本の有休休暇消化率が低いことの大きな原因の1つである。

*ドイツの労働生産性は日本よりも55%高い

ここまで書いてくると、読者の皆さんは「これだけ短い労働時間で会社や経済が回るのか」と感じられるだろう。ドイツは世界第4位の経済大国であり、2015年の経常収支はOECD加盟国の中で最大。企業収益や株主向けの配当は年々増加している。2014年以降は財政黒字を実現し、新規国債の発行が不要になっている。2016年12月のドイツの失業率は3.9%で、EU加盟国の中で2番目に低い。ドイツ南部は完全雇用状態であり、人手不足が深刻になっている。
OECDによると、ドイツの労働者1人あたりが、1時間ごとに生み出すGDP、つまり労働生産性は日本を55%上回っているほか、住民1人あたりのGDPも、日本より25%多い。ドイツの労働生産性が高い理由の1つは、労働時間が短いことだ。さらに2009年以降は、国民1人あたりの可処分所得も年々上昇している。
つまりドイツ人は毎日10時間までしか働かず、毎年30日間の有給休暇を完全に消化しながらも、その経済パフォーマンスは絶好調の状態にあるのだ。
もちろん日本とドイツの間には、商習慣や企業文化、顧客の感受性に大きな違いがあるので、ドイツのやり方を100%コピーするのは難しい。たとえば日本の顧客は、担当者が2週間バカンスを取っていたら激怒するだろうが、ドイツでは仕事が人ではなく、会社についているので、顧客は代わりの同僚が自分の問い合わせにきちんと答えてくれれば、満足する。ドイツの顧客は、最初から手厚いサービスは期待していない。これは日独間の文化の違いだ。
このような文化の違いがあるとはいえ、地球上に、我々よりも少ないインプットで高いアウトプットを生んでいる国が存在することは事実だ。私は、全てを真似する必要はなくても、時短先進国ドイツからいくつか学べることはあると思う。それは、日本の労働生産性を改善するだけではなく、高橋まつりさんのような犠牲者が再び現れることを防ぐことにもつながるだろう。

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労働生産性=労働者1人あたりが、1時間ごとに生み出すGDP(2015年)
資料・OECD
単位 ドル

ルクセンブルク      95.1
アイルランド       91.9
ノルウェー        82.4
ベルギー         72.1
デンマーク        69.7
米国           68.3
フランス         67.6
オランダ         67.2
ドイツ          66.6
スイス          65.7
ユーロ圏平均       59.0
イタリア         53.6
スペイン         51.6
カナダ          50.8
OECD平均       50.8
日本           43.1
ポルトガル        36.0
韓国           32.0
メキシコ         20.0
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