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2019年02月13日04:20

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Waldhaus

スイスの隠れ里「森の家」

 スイス南東部のサン・モーリッツ駅から、車を西に走らせる。鏡のような湖面を横目に15分も走ると、針葉樹で覆われた丘の上に、尖塔を持つ城のような建物が見えてくる。屋根には赤地に白十字のスイス国旗が誇らしげに翻っている。保養地シルスマリアのホテル「ヴァルトハウス(森の家)」だ。周囲には白銀の衣装をまとったアルプス山脈がそびえたち、陽光を浴びて輝く。
 このホテルは1908年にヨーゼフ・ギガ―という企業家が創設した。現在も彼の血をひく5代目の家族が経営している。創業時から今日まで途切れることなく同じ家族が経営するホテルは、欧州でも珍しい。
 このホテルの最大の特徴は、欧州では珍しい、丁寧で心のこもった接客態度だ。ウエイターやウエイトレスは礼儀正しく、笑顔を絶やさない。夕食の時には経営者の家族が、全ての客のテーブルを回って、「ようこそおいで下さいました。ごゆっくりお寛ぎ下さい」と挨拶をする。
 経営者と雑談をした時、彼が私の名前と部屋の番号まで記憶していたのには驚いた。客室数が140しかないとはいえ、経営者が努力をしている証拠だ。このホテルは、格安ホテルを探すための検索ウエブサイトには載っていない。このホテルのホームページを通じて予約すると、従業員から丁寧なメールが届く。このホテルは専属の音楽家を雇っており、ラウンジで無料でクラシック音楽の生演奏を聞かせる。今どき専属の音楽家がいるホテルは、欧州でも少ない。多くのホテルですでに死に絶えた伝統が、ここではまだ生きている。
 作家のトーマス・マン、ヘルマン・ヘッセ、映画監督のルキノ・ヴィスコンティらがこのホテルに滞在した。アットホームな接客に魅力を感じるためか、リピーターが多い。ヘッセはある随想の中で「私は12年前から毎年ここに来る」と書いている。あるドイツ人は、20年前から毎年クリスマスをこのホテルで過ごしている。彼の妻は40年前から毎年ここに来るという。つまり子どもの時から来ているわけだ。ニューヨークから来たオランダ人の銀行家は、7年前から毎年ここで家族とともにクリスマスを過ごすと言っていた。
 ホテルがあるエンガディン地方は、スイスで最も山が美しい場所の1つだ。1978年公開の映画「アルプスの少女ハイジ」もこの地域で撮影された。ミュンヘンから電車で8時間とかなり辺鄙な場所だが、年の瀬をここで過ごす欧州人は後を絶たないだろう。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)ホームページ http://www.tkumagai.de
 

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