mixiユーザー(id:6002189)

2014年12月26日18:10

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トラウマ

収容所で生き残っても、被害者たちが受けた精神的な傷(トラウマ)は深い。あるユダヤ人は、父親とともにアウシュビッツに拘留された。彼は病気で寝ている父親が枕の下に一切れのパンを隠していることを知っていた。

彼はあまりの空腹に、父親がベッドを離れた隙にパンを盗んで食べようとした。しかしある時病棟に行くと、父は死亡したかガス室に送られて姿はなく、枕の下のパンも消えていた。彼は今なお、父のパンを盗もうとしたことを恥じている。

親子が食料をめぐって争ったという体験は、他の被害者も証言している。ナチスは、人間に人間の心をなくさせるシステムを構築したのだ。

また被害者たちの中には、罪もなく強制収容所に拘留されたにもかかわらず、自分たちが収容所生活によって「穢れた」かのような感情に悩まされる者も多かった。このためある夫婦は、自分たちが収容所に入れられたことを、子どもたちに語ることができなかった。これもトラウマの一種である。

私はエルサレムのホロコースト博物館ヤド・バシェムで、小学校3年生くらいのイスラエル人の女の子が、ユダヤ人迫害の歴史に関する説明文を、必死にノートに書き写しているのを見たことがある。被害者の側では、民族迫害の記憶は、こうして若い世代に受け継がれていく。約70年の歳月が過ぎても、憎しみを和らげるのは、容易なことではない。

いわんや加害者だった国が被害者だった国に対して、「もう過去の問題は沢山だ。未来に目を向けようではないか」と言っても、旧被害国の理解を得ることはできない。

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2014年12月27日 11:04
    法治国家の常識は、前科者を差別しないこと、殺人者の子供にまったく罪はないことです。日本は前科者で殺人者だったことは、認めてかまいません。

    しかし、いつまでも差別を続け、子供世代まで罪をかぶせることを、親として私は絶対に許しません。何で自分たちの世代の罪を子供にまで押しつけようとする人に、加担するんですかね。

mixiユーザー

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