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2019年10月22日13:18

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金菱清「亡き人への手紙」から考えざるを得なかったこと」(編著・藤田直哉『ららほら』)

「ららほら」は「ささいなうそ」のこと。室井光広「〈冬の大三角形〉座で正しく不安を学ぶ」にも引き込まれてしまった。希望のなさをみぞおちにさぐり、「みる」ための濃い闇を求めていく手。さわり、やつし、たたり、おこり、そのようなものといつか昔そうだったように遊ぼうとする心、怖がる私。昔は私のすぐ隣にあり、むらがありいえがあり、私はいたりいなかったりする。

とても語りにくく、できればなかったことにしたいこと。置き去りになってしまった、外れてしまったここから抜け出せなくなるかもしれないこと。そしてこの周縁こそ、ここから見える風景こそ、掘っていけば深く歴史につながっているとどこかで感じていること。ほかでもない私の存在が大きな何かとても悪いことに関係するのではないかと思うこと。私の生きて抱えるべきもっとも大きな不安の、私は当時者などになれない。「当時者という強さではなく、当時者のもつ錯綜から」と書かれる。そう、私はそこまで大人ではなく、きっとひとりでは語れない。亡き人のために、亡き人に伝える私であるために綴られる手紙のなかで、何年、何十年かけて語られうる言葉があり、それが語られるとして、それでもその言葉はここには残ることがない。その人のために生まれて消えるべき言葉が、あるかたちのまま残ってしまうことは大きな間違いを招く。人が「寄り添う」というときに何に寄り添っているのだろう、「分かる」とき、何が分かっているというのだろう。



編著・藤田直哉『ららほら』(響文社)
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